掴みは見た目。
「初めまして、北沢です」
「あ、どうも、藤井です」
「あの、突然そういうことになりまして……」
「えぇ、聞きました。いつがいいですか? 僕は合わせられますんで」
私は次の日曜日の、ランチを外した午後の時間を提案した。
「わかりました。待ち合わせ場所は、結ぶ会でいいですよね?」と訊かれたので、所長に確認を取ってから「はい、ここでいいそうです」と答えた。
電話を切って携帯をお返しすると、所長は満面の笑みで「よかったわ。これがうまく行けば、さらにうれしいけど」と言った。女性スタッフは、ファイルを持って部屋を出ていった。
「なんか、いいんですか。こんなによくしてもらってしまって」と私が恐縮していると、所長は真剣な顔に戻って言った。
「いいのよ。逆に、申し出を受け入れてくれてよかったわ。それよりね、さっそくだけど、北沢さん、今でも十分魅力的だけど、お化粧をちゃんとしたら、もっとよく見えるわよ。来週のデートは、そうしてみてね」
「はぁ、わかりました」と、多少承服しかねる気持ちもありつつ、しぶしぶ頷いた。
「よく『見た目より中身』って言うでしょ。でもね、こういうところでは別なのよ。選び、選ばれる場で、見た目を軽視しないでね。ぱっと見で性格はわからないから、みんなまずは見た目の印象から、だから。婚活の場では一度よくないイメージを持たれたら、それでほとんどお終まいね」
「お化粧をバッチリしてないと、そんなに印象悪いですか?」と、ふだんから薄くしか化粧をしない私は、ムッとしたくなるのを抑えて訊いた。濃い化粧が嫌いなオトコもいるだろうに。
「バッチリというかね、少しでも自分がよく見えるように、ということなの。濃くて下品に見えるお化粧じゃ、もちろんダメよ」
それなら多少、理解はできる。所長が続ける。
「まず絶対に、欠点はカバーしてね。この前も、北沢さんと同じくらいの年の女性が来て、やっぱり責任持てないからって入会はお断りしたんだけれど、もうね、目の下に細かーいシワがいっぱいあるの」
そう言って、所長は両手の人差し指を小鼻の横あたりの頬にあてて見せた。
「年よりずっと老けて見えちゃうのよ。あそこまでいくとお化粧でカバーするのも大変だろうけど、婚活したいなら、そういうところにせめて危機感は持ってほしいわけなの。その方も、本当なら、そうなる前に何とかケアすべきだったということね。なのに、何の努力もしないで『お願いします』と言われても、こちらもなかなかね」
辛らつな言葉に、他人事ながら居心地が悪くなってくる。まるで自分が怒られてるように感じながら、私は神妙に拝聴するしかなかった。
「とにかくね、性格直すのは大変だけど、見た目は努力で何とかできる部分なんだから、そこを使わない手はないですよ。惚れるってことは理屈じゃないの。いい印象を持たれて、絶対に損はないでしょう? それに、男の人は案外、単純よ。むしろ、見た目で騙すくらいの気持ちでいないと」
やはりこの人も、この道で伊達に相談所を主宰してるわけではなさそうだ。そこまで言われると、自分がそんな厳しい婚活をやり切れる自信がなくなりそうになる一方で、ツワモノが生き残るというわかりやすい原理に頷かざるを得ない気分にもなる。
「わかりました。がんばってみます」と答えるのが精一杯だった。
今度こそお暇するつもりで私はお礼を言って、立ち上がった。所長は玄関まで送ってくれながら言った。
「イヤな話をたくさんしてごめんなさいね。でもね、縁結びをする者としては、現実をきちんと伝えるというのも大切なことだと思っているの。婚活は、きれいごとだと思わない方がいいわよ。理想を追い過ぎる人ほど、うまく行かなかったりするものなのよ。そういう人には、自由恋愛の名のもとに、がんばってねと言うしかないわね」
そうか、ここは本当に「お見合い斡旋所」のような所ということか。
「ちなみに、所長はお見合い結婚なんですか?」と、私は興味津々で訊いた。
「ん? 私? 恋愛結婚よ、おかげさまで」
「あぁ、いいですね」と、私は力なく笑った。
まさに玄関を出ようと最後の会釈をしたところで、所長が言った。
「その色、私すごく好きだわ」
こぎれいなワンピースでもない、普段着にちょっと毛が生えたくらいのカーディガンを褒めてくれたようだ。精一杯のお世辞だろうか。
「桜色って言うのかしらね、北沢さんに似合ってるわ」
このカーディガンを着て来いということだろうか。大いなるプレッシャーを感じながら、私は結ぶ会をあとにした。
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