思いがけないサービス?
こうなると、逆に可笑しくなってくる。開き直って、とことん聞き出してやろう。
「ほかにも何か、ポイントってあるんですかね?」
所長は「そうねぇ」とちょっと考えるふうにしてから言った。
「男性側は、片親の女性を敬遠するかしらね。まったく、古い感覚よね」
私も唖然とした。お育ちが悪いとでも言うのだろうか。
「でもね、親御さん同伴で来てる場合は、実際にお会いして『この親子なら片親の家庭でも大丈夫』ってわかれば、それで決まることもありますよ。つい最近も、そういうカップルが成立したわね」
もういいだろう。十分わかった。そして、早く「ここじゃない所」へ脱出して、私でも普通のオンナとして歩ける世界の空気を吸いたいと思った。
「長い時間、ありがとうございました。お話、参考になりました」と言って、私が帰り支度をしかけると、所長は「ちょっと待って」と小走りで部屋を出ていった。
手に荷物を持ったまま、浮かせた腰を椅子に戻して待っていると、最初に応対してくれた女性といっしょに所長が戻ってきた。
「あのね、北沢さん、やっぱりどうしてもこのままお帰りいただくのも心苦しいのでね、サービスでお一人だけお引き合わせします。理恵子さんのご紹介ということもあるから、特別にということで。だから、入会していただく必要はないですからね。そのかわり、お一人だけということで、ご勘弁ください」
思いがけない申し出だった。私は今日何度めかのポカンとした顔をしていただろう。
そんな私を見て、所長はさらに言った。
「もちろんね、お互いの希望に添う方ということで、誰でもというわけにはいかないんだけど」
そこまで言うと、いっしょに入ってきた女性を促して、さっきとは別の会員ファイルを開かせた。
「このファイルはね、ちょっとだけ年季の入った会員さんを綴じてあるの」と説明すると、二人はしばし無言でページをめくっていく。
それって、売れ残りファイルってこと? と思いながら、内心苦笑していると「やっぱり同年代がいいでしょう?」と訊かれた。
「そうですね、同い年前後の方がいいです」と答えた。
ついに、ページが尽きた。
「う〜ん、同年代の男性も、みんな年下希望なんですよねぇ」と女性スタッフが言った。
「そうね、逆に男性は年齢が上がるほど、自分よりずっと下の方を希望されるようになるのよね」と同意し、所長は私に向き直った。
「さっきも言ったけど、やっぱり『子供』の問題なんです。不愉快に思うかもしれないけど、希望は希望ですから、こちらからとやかくは言えないの」
所長がファイルをあらためて自分のひざに載せて、もう一度一ページ目からめくり出すと、女性スタッフが突然言った。
「藤井さんは、どうですか?」
まるで、その言葉に弾かれたように、一瞬、体をぴくりとさせて、所長は「あぁ!」と大きな声を出した。
「そうそう、そうだわ。藤井さんね!」
二人の様子は、どれほどのグッドアイデアがひらめいたのだろうと期待させるに十分だった。
「藤井さんという古株の会員さんがいてね、もう活動はしないっておっしゃるので、このファイルにはないんだけど、お父様と私が古い知り合いで、いい人がいれば頼む、って言われているの」と私に向かって説明を始める所長。
ここで言う古株とは、売れ残りとは違うのだろうか? しかも、もう婚活を諦めてるということ?
「お父様は中堅の不動産業の方で、賃貸の自社物件を管理する仕事を一人息子である藤井さんがされてるの。塾で子供さんたちに勉強を教えるようなアルバイトもしてて、なかなかおもしろい人よ」
ならば、なぜ売れ残っているのかしら??
そんな私の疑問をよそに、いや、私の意向を聞くこともなく、所長は携帯電話を取り出すと、「顔見せなくなって、もう二年くらいになる?」と女性スタッフに訊いた。
「そうですね、それくらいになりますね」
「今は、どうしてるかしらね。電話、出てくれるといいけど」と言いながら、番号を探してるようだ。
「ここまで来たら、なるようになれ、だわ」と思った私は、黙って動向を見ていた。
電話の操作をし終わると、所長は「彼もいい人なんだけどねぇ」と言いながら、電話を耳に当てた。少しすると、「あ、もしもし? よかったわ、出てくれて」と用件を話し出した。
こんな突然の話に、相手の藤井さんとやらもすぐに乗ってくれたらしく、いきなり「直接、会う日取りを決めてくれる?」と所長から携帯電話を渡された。
目まぐるしい展開に戸惑いながら、私は電話を耳に当てた。
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