もしかして、落ちこぼれ?

 結ぶ会から帰ると、私は所長の話を思い出せる限り詳細に婚活ノートに記した。自分の役に立てるためというよりも、今後、婚活関連の記事を書くような仕事があったら、ネタとして生かそうという気持ちの方が強かった。


 理恵子にも結果報告とお礼ということでメールで連絡した。すると、結ぶ会の方からも、お詫びの電話が来ていたという。私に会いたいと言うので、彼女が街に出てくる日にランチをすることにした。


 ファッションビルの地下のレストランで、理恵子に会った。

「私ね、健康診断を受けたんだ」

 結ぶ会への紹介が実らなかったことを再度私に謝ったあと、唐突に言う。


「健康診断? 会社の?」

「ううん、結婚前の」


 私は驚いた。

「なんで? そんなの聞いたことないよ!?」

「あそこは、そういうの厳しいのよ。でも、妊娠可能ってお墨付きもらったから、これで私も安心した」と、理恵子はうれしそうに言った。


 私は、内心で呆れるとともに、軽い憤りを感じた。理恵子にではなく、相談所に。いや、男性に? 婚活というものに?


 私が甘いのかもしれない。結婚がそういうものだと、どうしても思いたくない。確かに昔は、世継ぎや跡取りを産めることが今より大切に考えられていたかもしれない。でも、今は昔じゃないのだ。愛する人とともに人生を歩む。それだけのために結婚したっていいじゃないか。


 結婚へ向けてウキウキの理恵子は、お相手の男性と撮った写真を見せてくれた。「かっこいい」と言っていたが、私のタイプじゃなかった。ましてや、ごくごく普通に見えた。


 外見的には、私には何の引っかかりも感じられないオトコをこんなに好きになれるってことは、理恵子と彼の二人だけの間に成立する相性なんだろう。それはそれで、本当にうらやましかった。私も見つけたかった。条件やら希望やらを越えた、そういうものを。



 藤井さんとのデートの日がやってきた。これはNo.5として、のちに記すことになる。


 私の方が先に結ぶ会の事務所に着いていた。

 少し遅れてきた藤井さんは、眼鏡をかけて、小太りで、小学生がスキーの時にかぶるようなポンポン付きのニットの帽子をかぶっていた。服装は、毛玉だらけの厚手のニットジャケットにくたびれたコーデュロイのパンツ、さらに、泥だらけのスニーカーを履いていた。


「あら、素敵な帽子ね」

 そう言ったのは、所長だった。それを聞いて、私は自分が萎えていくのを感じた。


 おしゃれどころか、服装に気遣いのかけらも見られないこのオトコを、所長が褒めたのだ。女性にはあんなに厳しく見た目の大切さを説いていた所長が、オトコにはそんなに緩い対応なの?


 それとも、藤井さんだからだろうか。

 このオトコは、こんな感じで婚活の最前線からリタイアしていった、落ちこぼれということ!?


 そんなだから彼が私にあてがわれた、とは思いたくなかったけれど、すでに大切なはずのがほぼドン底に落ちた状態で、私は藤井さんの車で食事をしに行くことになった。


 連れて行かれた所は、おしゃれなイタリアンだった。二人ともスパゲティを頼み、お決まりの初対面の会話で、相手の探り合いをする。


 藤井さんは、将来的には父親の不動産業を継ぐつもりらしいが、今はアルバイト的な感覚で家業を手伝っているというふうだった。

「気楽なもんですよ。それで何不自由なく、楽しくやってます」

「塾で子供たちに勉強を教えてるって聞きましたけど、そちらの方は……」

「あぁ、ボランティアでね。お金もらっちゃうと縛りも出てくるんで」

 万事にゆるゆるな感じが、なぜか私を少しだけイラッとさせた。


 ズルズルとすするようにスパゲティを食べながら、終始、のんびりとした調子で仕事や趣味について話す藤井さん。自分をよく見せようという発想すらないようで、私はプラスポイントを一つも見つけられずにいた。

 食べてる途中で紙ナプキンを手に取ると、それを二つに裂いて、藤井さんはその片方で眼鏡のレンズを拭いた。私は、自分の大好きな俳優が同じことをするところを想像してみた。


 許せる。好きな人なら許せる、のだけど。


「もう藤井さんは積極的に活動してないんだって所長がおっしゃってましたけど、諦めたってことですか?」


 諦めてないようには見えなかったけど、一応訊いてみた。


「なかなか縁がなくてね。まあ、親父が昔なじみだからって勝手に所長に押し付けたようなもんだから。僕も、見つかればいいけど、見つからなきゃないで、どうでもいいなって思っててね。すぐじゃなくても、全然かまわないし」


 オトコは呑気でいいなぁ。婦人科の検査まで受けた理恵子を思い出して、私は半ば無意識に言った。


「男の人はいいですよね……」


 その時だった。

 藤井さんはスパゲティを咀嚼するのをやめて、一瞬、ポカンと私の顔を見た。その半開きの唇の端から、トマトソースのオレンジ色の油が一筋、音もなくツーッと流れ出してきたのだ。


——終わった。


 私はそれを、教えもしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る