人の振り見て……。
食事のあと、藤井さんは自分が管理している物件を私に見せたいと言う。
早く帰りたい気持ちを抑えて、ほとんど所長への義理立てだけで私は申し出を受けた。
ちょっとしたドライブのような形で何カ所か連れ回される間、ついでなので、一人暮らし用の物件を探す時のポイントなどをアドバイスしてもらおうと考えた。
結ぶ会のようなところでの婚活ならば、親元に暮らしていた方がいいのかもしれないけれど、荒れ狂う大海で自力で何とかしようという時には、一人暮らしの方が何かと都合がいいような気がして、何となく実家を出ることを考えていたのだ。
藤井さんは、通る道々に建つ住宅を例に取りながら、そこはさすがに専門家と唸らされるような細かいアドバイスをしてくれた。例えば、出窓はおしゃれだけど、賃貸物件の適当な建て方だと結露しやすいからやめた方がいいなど。
藤井さんの自社物件は、メゾネットタイプの部屋がそれぞれ戸建てのように独立して建ててあり、それを長屋のように並べて配置してある感じのものだった。
「空いてれば、ぜひ入ってもらいたいですけど、人気があってなかなか空かないんですよ」と言う。
あまり見たことのないスタイルだったので、「どのへんが人気のポイントなんですか?」と訊いてみると、「やっぱり土のそばで暮らしたいじゃないですか。ここは全戸が一階という考え方だから、子供さんなんかがいるお宅にはそれがいいみたいですね」とのことだった。
一軒家に住んだ経験がほとんどない私には、あまりピンと来なかった。
物件も見せてもらって、やっと家まで送ってくれるという話になった。
道すがら建ち並ぶ家々を眺めながら、やっぱり自分の城は結婚しないと持てないんだろうななどとボンヤリ考えていると、藤井さんが言った。
「次、どうします? 僕はこんなまどろっこしいことやめて、早く自分の部屋で会う関係になりたいですけどね」
私はボンヤリしていたので何か聞き間違いをしたのかと思って、「え? 何ですか?」と聞き直したつもりだった。すると彼は、こともなげに言い放った。
「男と女なんて、極端な話、寝てみてどうかでしょう?」
そんなことを言うタイプだと思ってなかったせいもあって、まさに不意打ちを喰らったように私は目の前がクラクラした。
と同時に、No.3くんを思い出した。荒海には、そんなヤツばっかなのか!? まるで深海の珍魚だ。生態が、見た目だけじゃわからない。
寝てみてどうかじゃない。少なくとも、この人とは寝てみたくない。
そう思ったら、答えは自ずと出た。
家の前までは行かず、脇道の入り口で降ろしてもらった。
「また連絡しますね。所長にも言っておきます」と言われ、「はい」と返事をしたものの、もう会う気はなかった。
翌日、私も結ぶ会へ電話をした。サービスで紹介してくれたことへのお礼を言うと、「お電話いただけてよかったです。藤井さんに電話しても出なかったらしくて、所長も気にしてたんですよ」と女性スタッフが言った。
「それで、いかがでしたか?」とあらためて問われると、それまで言うかどうか迷っていた昨日の顛末をぶちまけてしまいたい衝動が湧き上がってきた。
藤井さんの言動を正直に伝え、「せっかく紹介していただいて大変申し訳ないのですが、これ以上はお会いしないでおこうと思うんです」と答えた。
「あらまぁ、それは。トンだことですみません」と、女性スタッフは恐縮したようだった。いずれにしても、これで結ぶ会とは終わりなんだと私は思った。
夕方、所長から電話が来た。
「そんな人だって知らなくて、失礼な人をご紹介してしまって本当にごめんなさい。何てこと言ったの! って怒っておきましたから」と言われたのだけど、自分が入会拒否をされたところからスタートして、この結末というのは、なんだか腑に落ちなかった。
「ファイルNo.5。不動産屋の跡取り息子。
・結ぶ会の特別な紹介。
・身なりに気づかわない、あけすけ、傍若無人な感じ。
・初デートのあと部屋で会いたい旨ほのめかされて、お断り。
【考察】
・よくも悪くも周りから甘やかされてるふうで、価値観が合わないだろうと思った。
・こういう出会い方の場合、第一印象が悪いと改善するのが難しい。悪いところばかり目についてしまう。
・見た目で良し悪しを判断したくないけど、確かに第一印象は大事。」
所長のありがたいお話に当初は反発も感じたりしたのに、気づけば私も婚活ノートにこんなことを書き記していた。
いろんな意味で、完敗だった。
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