農家の実情と掛け持ち登録への誘惑。
私はほかの話題の合間を見て、堤に農業や農家の生活についてさりげなく聞き出そうとしていた。なにより、朝の弱い私に勤まるのか。
「農家さんって、朝早いから大変でしょう?」
「いやいや、うちは野菜は作ってないから、朝はそんなに早起きしていないよ。俺も前の晩、飲んだりしたら、けっこう次の日起きれなかったりするし。まあ、一般的な生活サイクルだよ」
それを聞いて、ちょっと安心した。
「へぇ、早起きは野菜農家だけなの? じゃあ、堤さんとこは何を作ってるの?」
「主には、小麦と米。新米が穫れたら、相談所のおばちゃんたちにも配ってるんだよね。よかったら、みんなにもあげるよ」
それは、ありがたくいただくことにした。
そして、こういうところが、仲人おばさんたちにもかわいがられるポイントで、世話も焼いてもらえるんだろうなと思った。さっきから、私も彼の濃いめの顔立ちから繰り出される人なつこい笑顔にやられっ放しだ。
「でも、土日とか関係ないんでしょう? 毎日毎日、休みなくって大変じゃない?」
「確かに、収穫の時とかはね。その代わり、収穫が済んだら毎日休みだからね。好きなスケジュールで好きなところに遊びに行ったりできるから、それはけっこう気に入ってるんだよね。自分へのご褒美で、海外にも毎年行ってる」
意外な答えに面食らって、「へぇ、余裕がないようで、あるんだねぇ」なんて変なことを言ってしまった。失礼だったかな!?
案の定、「余裕って、時間の? お金の?」と訊かれてしまった。「いや、もちろん、時間の」と答えると、「まあね」との返事。
「でも、お金は余裕ないかなぁ。五千万くらい借金あるからね」
これには一同、「五千万!?」と目を丸くした。
すると、堤は笑いながら「いやいや、農機具って高いから」と言った。
「それに、年収は億単位であるわけなので」
——私にはついて行けない世界だった。
が、人物的にはとても好ましい。
表情、しぐさなど見た目にも、理屈抜きで惹かれていく自分を止められなかった。見極めると思って来たけれど、現実的な対応を迫られる結婚というステージと、目の前のオトコとの恋愛というステージがあまりにかけ離れて見えて、ますます途方に暮れることになってしまった。
こんなシビアなケースでも、恋愛のステージに上がれば、その先の結婚のステージに自然と上がっていけるようになるのだろうか。
そんなこと、今の私には簡単に見極められるわけがなかった。まったく初めての種類の相手なのだ。
彼の言動に釘付けになりながら、そんなことを考えていると、理恵子がこそこそと声をかけて来た。
「真奈絵さん、本気で結婚したい?」
何か別の含みがあるのかと思うほどストレートな質問だった。
「本気でって?」
「いや、ほら、単に恋愛相手を探してる人もいたりするから」
そういうことなら、私は本気だ。今からこんなふうにわざわざ恋愛相手を探して、そこからまた切った張ったやってる暇はない。
「そういうことなら、本気中の本気だよ」
私が冗談半分に力を込めて答えると、理恵子は真剣な顔をして半身分、私に近寄ってから言った。
「あのね、相談所としてはあっちの方が絶対いいから、今度紹介してあげる。都合のいい日にいっしょに行こう」
理恵子の突然の申し出に戸惑いながら、「あ、うん。ありがとう」と答えたものの、手を出すほどにお金もかかってくるのが問題だった。
「でも、入会金とか高いんじゃない? 私、あまり出せないんだよね」
「それほどでもないよ。その代わり、成婚料はちょっと高い。でも、その分、真剣に相手を紹介してくれて、真剣に世話してくれるの。成婚料は、男性に払ってもらってもいいだろうし……絶対おすすめだから!」
どうしてそんなに私に? と思って訊くと、「この前、すごく親身に慰めたりしてくれて、うれしかったから。もうお友だちだと思っているの」と照れくさそうに笑った。
農業青年 堤へのアプローチに、即座に踏み切れそうもない私は、次の休みの日に理恵子といっしょに「結ぶ会」という相談所に行くことにした。
そこで、ほかのご縁があればいいし、もし結局そっちでもダメだったとなっても、あらゆる可能性を検討した結果としてやっぱり堤がいいと思えたなら、私ももっと積極的に彼へアプローチできるようになるかもしれない。
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