婚活市場の現実
まさかの宣告。
善は急げじゃないけれど、婚活は急げとばかりに、次の日曜日に私は理恵子といっしょに「結ぶ会」の扉を叩いた。
この日の理恵子は、鼻歌でも歌い出すのではないかというくらい上機嫌だった。淡い色のワンピースに身を包み、しっかりとお化粧をして、ヒールのある靴を履いている。先日の飲み会とは別人だった。
「今日、すごく素敵だね」と、道すがらに私もわざわざ口に出して褒めたほど好感度が高いいでたちだ。
「ふふ。これね、結ぶ会のアドバイスどおりにしてるの。あそこはけっこう厳しくて、最初は全部ダメ出しされて落ち込んだのよ。服からお化粧から全部」
「へぇ、そういう相談所があるのは知ってたけど、結ぶ会もそうなんだ?」
「そう。びっくりしたけど、今は、会の言うことに従って間違いはなかったって思ってるの。私なんて、『まず、痩せなさい』って言われたんだよ」と理恵子は可笑しそうに笑った。
「でも、今日はお見合いじゃないのに?」
「うん。あそこに行く時は、やっぱりこうじゃないと怒られちゃうから。素材の欠点は衣装でカバーってわけ。そういう気遣いを常にしてることが大事なんだって。お見合いじゃない日も、誰が見てるかわからないんだから、って」
一瞬、面倒だなと思ったものの、理恵子の幸せそうなオーラにあてられたせいか、そういう厳しさ、真剣さも必要なのかもしれないと、妙に納得している自分もいた。
「もうちょっと、おしゃれしてくるべきだったか」と悔やんでも、もう遅かったわけだが。
結ぶ会に到着すると、理恵子は私を紹介してくれてから、交際中でゴールイン間近のお相手との今後のスケジュールなどを確認し、何か書類を受け取って先に帰っていった。
「理恵子さんのご紹介ということで、お越しいただいてありがとうございます」
中年にさしかかるくらいの年ごろの女性が、ていねいに応対してくれた。お茶まで出してもらって、「結ぶ会」の特徴やシステムの説明を受ける。ここでは、誰かの紹介ということは身元が信用できるということらしく、そうやって新規会員が入ることを歓迎しているような口ぶりだった。
入会金も、いま入っている自治体主宰のところより、数万円高いだけだった。それでも痛い出費には変わりないのだけれど、背に腹はかえられない。すでにこの段階で、私は入る気満々になっていた。
初来所にあたっての一通りの儀式のようなものが終わると、理恵子からの紹介ということもあって、所長があいさつに来るので待っていてほしいと言われた。ほかの会員の応対をしている最中らしい。
待っている間、先ほどのスタッフが残していった男性会員のファイルを眺める。
紹介での入会を歓迎するというだけあって、会員の身元も人物もしっかり確認済みの太鼓判ということなのだろう。ファイルの体裁が高級感があることも手伝って、どの男性も雰囲気だけはパリッとして見える。
そういえば、ファイルに貼る写真も、この相談所内でしっかり写したものを使うと言っていた。本人のもともとの見た目がどうあれ、写真の撮り方でこんなに違った雰囲気を演出できるのだと感心する。まさに、その最たるものがお見合い写真ということなのだろう。
そんなことを思いながら、見るともなくパラパラとページを繰っていると、やっと所長らしき中年の女性がやって来た。
「お話は伺ってます。理恵子さんのご紹介の北沢真奈絵さんですね」
にこやかに言いながら、名刺をくれた。いかにもこういう仕事に向いてそうな、社交的でやり手といった感じの貫禄を漂わせている。
それだけで、もう私の期待は最高に盛り上がっていた。
「もう一度、いろいろ確認させてくださいね」と、本番の面接が始まるまでは。
まず、年齢や家族構成の確認。
最初のたったそれだけで、まさかの宣告がなされるとは思ってもみなかった。
所長は穏やかにこう言ったのだ。
「ごめんなさいね。北沢さんに会員になっていただくのは、遠慮させていただきます」
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