独身貴族はやめられない!?

「で? サクラやってる暇に、自分もお相手探したりはしないわけ?」と香織さんが矛先を中川さんに向ける。


「いやぁ。ここまで来たら、もういいわさ。最近、一人でいるのも楽でいいなって思えてきちゃってさ。稼いだ金は自由に使えるし、休みの日は好きなだけ寝て、夜も好きな時間に寝てさ。ごはんだって、店に美味しいものいっぱい売ってるし、掃除とか洗濯も慣れちゃったら嫌いじゃないし。結婚する意味が、もうわかんなくなってるね」


 気持ちはわからなくはない。むしろ、わかり過ぎる面もある。

 でも、到達した結論が、私とは違う。結婚の本当の意味は、突き詰めれば家事や生活を越えたところにあるのではないか。中川さんは、気ままな人生の行く先をさびしいものとは思わないのだろうか。


 そんな私の無言の問いに挑むように、なおもたたみかける。

「俺、ドライブ好きだけど、それも一人で行くのが好きなんだよね。隣に誰かいると、気、使っちゃって疲れるんだよね」


「子供ほしいとか、思わないんですか?」と、私は決めの質問をした。

「う〜ん。いたら楽しいのかもしれないけど、絶対ほしいって気持ちもないかな。その前に、もう結婚自体がメンドくさくなってるから」と中川さんは笑った。


「それは、本当に好きになれる人とまだ出会ってないってことじゃないの?」と香織さんが真面目な口調で言う。

「そうですよ。そういう人が現れたら、きっといっしょにいたいって思えるんじゃないですか?」と、私は内心ムキになって言った。まるで、中川さんに結婚の意義を認めさせたいかのように。


「それは否定しないけどね」と中川さんは言った。


 その後も中川さんは、独身貴族の生態をおもしろおかしく話してくれた。それはそれで興味深くもあり、話のうまい中川さんには好感を持ったくらいだったが、やっぱりこの年代まで独り身だったオトコって、もうそんなに結婚にガツガツしてないんだなぁ、と私は心細くなってしまった。


 帰りは中川さんが車で送ってくれた。香織さんが助手席に座り、私は一人後部座席に座った。後ろから見てると、二人はすっかり同級生に戻って、ほとんど二人だけで楽しそうにしゃべっている。車に積んであるガムを香織さんが手に取って何か言うと、「食べる?」と勧めた。香織さんが断ると、中川さんは振り返って私に勧めるということもしなかった。


 なんだかなぁ。私は疎外感を覚えた。この二人、けっこういい感じじゃん。そうよ、この二人が結婚すればいいんじゃない?


 その夜、香織さんからメールが来た。

「今日はごめんね。私たちの偶然の再会に引き込んじゃったね。真奈絵ちゃん、誰か声かけたい人いたんじゃないの?」


 カップルにならなくても、気になる人にパーティ後に声をかけて、よかったらそのままどこかへ行くというケースもなくはない。場外ラウンドという感じで。


「今日はいませんでしたよ。それより、香織さん、中川さんはどうなんですか? いい人そうだし、なんかお似合いでしたよ?」

「いやいや、お互いそれはないわ。それより、真奈絵ちゃんが彼を気に入ったなら、私から伝えてあげるよ?」


 一瞬、もう一度三人でなら会ってみてもいいかと思わないでもなかったけれど、二人があまりに仲よさそうにしていた光景や、中川さんの独身万歳な話を思い出すと、ためらわれた。あそこまで言ってる人を、振り向かせる魅力が私にあると思えない。それに、知り合いをはさんでるというのも、やりづらいし。


「いえいえ、ダイジョブでーす。また、機会があったらパーティ行きましょうね」

「いやー、私はもうしばらくいいわ」


 泣き笑いの絵文字を返して、私はメールを閉じた。

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