結婚が先か、恋愛が先か。
店員が水を置き、注文を取って去っていくと、No.1くんは意を決したように口を開いた。
「ご趣味は何ですか?」
さっき、仲人おばさんが私の趣味を映画鑑賞とか読書とか言ってくれていたのに、聞いてなかったのか、忘れてしまったのか、はたまたこういう場合の「マニュアル通り」の会話をしようとしているのか。
ほんのほんの小さな引っ掛かりだった。きっと、「先ほど『映画鑑賞』が趣味と聞いたけど」と会話を始めてくれたら、何の問題もなかった。
が、先は長い。初っ端からこんなことでつまずいているわけにもいかない。実際、そんなにテンションが下がったわけでもなく、ただほんのちょっと、気になっただけ。
「趣味と言うか……映画見たり、本読んだりするのが好きかな」
私が答えると、それについては何も反応して来なかった。
「僕はこれと言って趣味と呼べるものはないんですけど、休みの日はちょっと遠いコンビニまで買い物がてらぶらぶら散歩したり、たまには自転車で川っぷちを走ったりしてます」
穏やかな話し方で、率直だ。
「アウトドア?派?? という感じですかね」
適当な返しを思いつかず、違うだろうとわかっていながら訊いた。
「いえ、そんな大層なもんではないです」
確かに、そうだ。それから、自転車の改造の専門的な話を少し、楽しそうにしてきたが、私にはチンプンカンプンで、愛想笑いを返すしかできなかった。
彼のコーヒー、私の紅茶が運ばれてきた。彼は砂糖とミルクを両方入れてスプーンでかき混ぜる。私はフレンチプレスからカップに紅茶を注いだ。添えられたレモンも浮かべた。その間、口をきかず、次に何を話せばいいだろうと思案していた。すると、私がカップを口に運んだタイミングで、彼が言った。
「結婚したら、仕事はどうするつもりですか?」
いきなり? とむせそうになりながら、でもこういう場ではこういう質問が当たり前なのだろうなとも思った。お見合いは目的がハッキリしている。今日この瞬間から恋に落ちたのならば、結婚後の仕事がどうだろうと関係ない。が、そうでないならば、条件のすり合わせが大事になってくる。まずは希望や条件。そして、その次に「好きになれるかどうか」。もっとドライに行くならば、「結婚相手として受け入れられるかどうか」なのだ。もちろん、そのあとから恋愛が始まってもいいわけだけど。
こんなわかったようなことを偉そうに自分に言い聞かせながら、心のどこかで「こういうのって、やっぱり性に合わないなぁ」と思っている自分もいる。しかし、自ら乗り出した婚活の道。いまさら、そんな大前提を否定しても始まらない。
「できれば仕事は続けたいと思ってるんですけど。奥さんには家にいてほしいタイプですか?」と言葉にトゲが出ないように訊いた。
「うちは母親が専業主婦だったので、共働きの家庭がどういうものかよくわからないんですよね。そうなった時に、男の自分がどうしたらいいのかとか……」
なんとも正直な人だ。ここは大事なところ。ガツンと言っておいた方がいい。
「こう考えたらどうでしょうね。それぞれ今まで通り仕事をしてる。でも、家に帰って来たら、パートナーがいるって感じ。仕事が終わる前に連絡取り合って、どっちが先に帰れるかで、その日の晩ごはんをどっちが作るかって決めて……。掃除は気づいた方がやる。洗濯はそれぞれが自分のをやる。そんな感じ?」
よくも、スラスラと言えたものだ。漠然とは思っていたことだったが、言葉にしたのは初めてだった。自分でもちょっと驚いたが、向かいの彼もポカンとした顔をしている。私はまたしても愛想笑いを返すしかなかった。
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