第5話 伸びた髪を切ってもらう
次に気がつくと、山寺の火葬場の脇に倒れていた。太陽に晒された傷口から膿が出て虫が集っている。灼熱の光の下にいたので熱射病のせいでもがくような苦しさがあり、意識が朦朧としている中で無精髭でごま塩頭を短く刈り込んだ僧の姿がゆらめいていた。彼の後ろには真夏の墓が無数にあり、死神の世界に来てしまったのだと思った。
「おや、死んどるんかな」
彼は雑に俺の腕を掴み、抱きかかえた。
俺の意識はそのまま落ちてしまった。
※ ※ ※ ※ ※
「気が付いたか」
俺の顔をがっちりした体格をした犬顔でごま塩頭の老僧が覗き込んでいた。
古畳に染み込んだ汗の匂いと、老僧の加齢臭がひどく鼻をついた。
「あんたなあ、四ヶ月もの間眠っとったんやで」
「俺、死ななかったんですね。助けていただいてありがとうございます。ここはどこですか?」
「ここは和歌山の墓地寺や。何があったか知らんけど、やくざな手口やからな。下界にはしばらく行かん方がいい」
囲炉裏がおかれた土間を通って、表へ出ると外は冷たい風が吹き、霜も降りていてすっかり季節は冬になっていた。
「じいさん、でも俺約束していたことがあるんです。ぐずぐずしていたらその人に裏切ったと思われるかもしれません。準備ができたらすぐ行きます」
「そうか。なら勝手にしろ。しかし鏡は見た方がええで」
脱衣所で己の姿を見てみると、髪は肩までざんばらに伸びており、髭はフルフェイスの浮浪者の見かけそのままになっていた。
「髪は俺が切ってやるよ。剃刀は貸してやるからお前がしろ」
老僧のゴツゴツした手で髪を整えてもらっている間、俺はぼんやりとこの世のことを考えていた。世界はなんて優しいのだろう。
出発するときに老僧からセーターまでもらい、俺は山を降りていった。
「お世話になったことは忘れません。ありがとうございます。また会いましょう」
「別にええで。一期一会でええがな」
峠を走る車をヒッチハイクして駅まで送ってもらい、大阪まで私鉄電車を使って北上した。梅本先生はこの四ヶ月どうしていただろうか。
夏の日にキスをしたが、たった一晩のことだ。先生と俺が確かなものを築いていく、ほんの前段階。絆ができあがるその前に、俺は四ヶ月も消えてしまっていたのだ。
大阪環状線に乗り換えてJR野田駅までの各駅停車が地獄のようにながく感じた。
野田駅に着いたのは夜の11時だ。
長屋があったところまで走っていくと、そこはマンション建設のため更地になっていた。立ち入り禁止の黄色の柵が絶望的に行くてを遮っていた。
梅本先生はどこへ行ってしまったのだろう。無事なのか、そうじゃないのか
最悪のケースがいくつも頭に過ぎる。
梅本先生の存在は俺の人生から消えてしまった。
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