第4話 影の世界へ消える
高層ビルの夜景を背に佇む高松さんの巨体と向き合いながら、俺は言葉の糸口を探っていた。
「実は俺……、この仕事で最後にしようと思ってるんすよね」
すると、高松さんは嬉しそうに、両腕で俺の肩をがっしり掴んだ。
「なんだ、お前もか! 実はわしもなんだ。お前を最後の男にして、もう同性愛から足を洗おうと思っていたのさ」
「いやいや、めっちゃ重いじゃないですか。それなら尚更他のスタッフ頼んだ方がいいですよ、俺挨拶だけで何もできないですから」
「何故だ。お前を抱いちゃいかんのか?」
「そういうことっす。すいません、諸事情で」
「わしだって男としては悪くないと思うぞ? どうだ、この筋肉!」
高松さんはガウンを脱いで、マッスルポーズを作ってみせた。
アメリカのプロレスラーにでもなれそうなボリュームの、お椀型で形のいい大胸筋がもりもりと盛り上がり厚切れ肉みたいだ。
「いやいや、そんなアピールされても無理なもんは無理!」
「そうか……」
高松さんはしょげてしまった感じで、ツイードのスーツを着はじめた。
(お、意外とあっさり引き下がってくれた! 結構いい人なのかもしれないな)
黒のワイシャツに、趣味のいい赤いネクタイをきゅっと締めながら言った。
「なら最後のデートをしよう。これから遊園地に行かないか?」
※ ※ ※ ※ ※
側近やボディーガードもいたはずだが、高松さんはそれらを追い払い、彼の車で夜の阪神高速を走り、生駒山地の方へ向かった。二人っきりの空間で何を話していいのか分からなかったし、特に話すべきこともなかったので目的地に着くまでの間、お互い黙ったままだった。
山の頂上の駐車場で降車すると、なんと驚くべきことにこんな深夜にも関わらずこぢんまりとした遊園地があった。
回転木馬やメリーゴーランドが闇の中できらきらと瞬いていて、夢の中の空間みたいだ。高松さんは、売店の男からソフトクリームを二つ買い、一つを俺に手渡してくれた。
「赤澤君はホモじゃなのか?」
「少し前までは、そういうことも認められなかったんです。でも今はホモでもいいと思っています」
「好きな男がいるのか?」
「はい。でもその人をどうこうしたら、いくら高松さんでも許しませんよ」
「はっはっは、そりゃいいな。ぜひきみに殺してもらいたいもんだね」
高松さんはソフトクリームを舐めがなら、遠い目をした。
「わしは、同性愛の世界に絶望したんだ。心の底から惚れ込んだ男も昔はいたさ。でもタイプの男がいたら、すぐにセックスする、お互いをオナホールにして消費し合う。そんなことの繰り返しだ。呪いの世界だよ。赤澤君はその世界でずっと生きていく覚悟ができているのか?」
「それは間違ってますよ」
「なに?」
「少なくともソフトクリームをペロペロしながら言うことじゃありません」
「なあ、きみさえよかったらわしと遠いところへ行って永遠を見つけよう。こんな絶望に満ちた世界にサヨナラするんだ。影の世界へ行って一緒に幸せになろう。きみの本当の名前を教えてくれないか?」
もう我慢ならなかった。俺は自分のソフトクリームを高松さんの顔にぶちまけて、トラクターのタイヤみたいに硬い土手っ腹に全力で拳を入れた。腕が衝撃に耐えかねて、ダメージを負ったがひるんだ高松さんの顔面を追撃で殴る。
「気色悪いんだよ、ジジイ! てめえの勝手を押し付けんな!」
高松さんはうっと呻いたが、そのとき物陰から二メートル超えの熊みたいな真っ黒い影が出てきた。サラギだった。サラギは丸太みたいに極太い腕で、俺は後頭部を叩きのめされた。脳震盪を起こして、目の前が真っ赤になり、視界がぐらぐら揺れる。
「糞が、ポシャるなと言っただろうが」
俺は、ついに目の前が真っ暗になりジャリっとした硬いアスファルトに顔面を擦り付けながら意識を失った。
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