第3話 夏の匂いがする部屋
男子校時代は先生のことが苦手だった。
絶対ラグビーのプロップでもしてただろっていうような馬鹿デカい体だし、
ゴリゴリの体育会系気質の生徒指導なので、遅刻常習犯や素行の悪い生徒の頭を容赦無くバリカンで丸坊主にしてくるような先生だ。
押し付けがましくて、暑苦しくて、鬱陶しいことこの上なかった。
週の半分は遅刻して、生活態度もだらしない生徒だった俺も幾度となく梅本先生にこの制裁を加えられものだ。だから卒業するときは解放感でいっぱいだった。
さらば、梅本! これでやっと離れられる!
それが五年後に、こうやって先生の部屋にいるのだから不思議なものだ。
あの後、俺たちは先生の敷布団の上で、しばらく一緒にいた。
服を着たまま抱き締めあって、お互いの体温の高さを確かめ合っていた。
「なんか、こうしてると変な気持ちになってくるな」
先生は、衝動と超えちゃいけない一線とで
ギリギリにせめぎ合っていたんだと思う。
強く抱き締められると、俺も抱き返したけど、
そのまま服を脱いだりキスをするのは俺にも抵抗があった。
強く求めれば求めるほど、このあと客のところに行かないといけないという事実にぶつかってしまう。その問題を解決しない限り、先生とそういう行為をしてはいけないと思った。
「先生、いい考えがあります」
「なんだ、言ってみろ」
「今から店に電話を掛けます。高松さんに直接会って許してもらいます」
「お前、それでいいのか? そんなもんなのかよ」
「違います。俺も先生のこと、守りたいんです。もう先生以外の人と会いたくない。だからこれから行って、見逃してもらいます」
梅本先生は手を止めて、眉間に皺を寄せた。
「いまからそいつとやるのか?」
「そういうのナシでやってやりますよ! そんで全部足を洗います」
裏路地に面した窓にかかる風鈴がチリンと鳴った。夏の匂いのする風が吹き込んできて、汗をかいていた先生と俺の肌をそっと冷やした。
この部屋にずっと居たい。だから、俺は先生のために戦う。せっかく見つけた大切な人を二度と失いたくないんだ。
「待ってるぞ。お前を信じてる」
立ち上がって、最後にキスをした。
引き締まった唇は大人の男の味がして、アルコールの匂いがまだ舌に残っていた。
「先生、ありがとう。行ってきます」
俺は部屋の外に出ると、サラギに電話を掛けた。
「最後の仕事をします。客の部屋を教えてください」
ホテルは中之島の三つ星ホテルだった。
野田からタクシーに乗って指定の場所まで辿り着くまでの間、
タクシーの車窓から流れ過ぎていく瞬く街灯をずっと眺めていた。
これから自分が放つ嘘の言葉には、反吐が出そうになる。
だが、俺はプロなのだ。最後の仕事を完璧にやってやる。
30階のスイートルームに高松は部屋を取っていた。
俺がベルを鳴らすと、ロマンスグレーでマリオみたいな
カマボコ髭を生やした60代くらいの男がガウン姿で出てきた。
年も年なのに、100キロはありそうな巨漢で、そのほとんどが筋肉で構成されているようなガチムチの爺さんだ。
「どうも、シークレットサービスの赤澤っす! お待ちどうさん」
高松は俺を、ジロッと睨んだ。
「ラーメン屋を呼んだ覚えはないぞ、舐めてるのか?」。
「勿論、俺はただのウリセンじゃありません。ラーメン屋は仮の姿です」
「ふん、まあいい。お前がありきたりな男だったら、わざわざ指名せんさ。赤澤君!」
俺は高松の広い背中にそのまま続き、部屋に入った。
扉は閉ざされ、鍵が掛けられた。
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