第2話 ゴリゴリ大男と危険なお仕事

 俺が梅本先生に対して後ろ暗い理由。

 1999年のはじめにもう一つの仕事の面接に行った日のことだ。俺は大阪某所のマンションで熊みたいな髭をしたゴリゴリ大男の店長と向かい合っていた。

 面接先の店舗はマンションのワンフロア丸ごと占有した造りで、中にはベッドだけが置かれた狭い個室が6部屋もあり、漫画本がぎっしり詰まった本棚がある従業員用の待機室まで完備されている。ちょっと変に思うだろう?でも個室も待機室も必要不可欠な設備なのである。

「相田君はそうだな、ラグビーOBってことにしよう。名前も赤澤だ、いいな?」

「これは土建灼けなんすけど、やっぱそういうのって大事なんですか?」

「理屈っぽい野郎だな。つべこべ言わず俺の言う通りにしてりゃいいんだよ」

 ゴリゴリ大男の店長はギロッと俺を睨んだ。

 店長はサラギという名で、二メートルはありそうバルキーヤクザだ。

 腕なんか細身な女性の腰ほどはある。

「竿もケツも使えるようにしておけよ」

 そう、ここはウリセンである。男が男に夢をお届けするお仕事でなのである。

 

 土掘りの仕事でついた筋肉はこの仕事では大いに役に立ったし、ラーメン屋に勤めるようになってからも、ウリセンの仕事は辞めなかった。

 俺は自らの肉体的喪失に価値を感じられなかった。子どもが遺せないなら、どうなったっていいじゃないか? 行くところまで行ってみて、最後に何が見つかるのか見てみたかった。生きることに意義を見出せなかった俺は、世紀末に緩慢な自殺を図っていたのである。



 激辛ラーメンを食べ終わった梅本先生はようやくTシャツを着た。男同士だったらなんともないと思ってるんだろうか、この人は……

「先生って部活でもこんな感じだったんですか? えーとラグビーでしたっけ」

「なんだ、野球だぞ俺は。筋肉は男のコミュニケーションだ! 部員を豪腕選手に育て上げることが俺の生き甲斐だからな」

 そう言うと、梅本先生はマッスルポーズで力こぶをつくってみせた。

「ほれ、触ってみろ」

「いやいや、いいですよ。先生、酔ってるんですか?」

「酔ってない!断じて!」

 確かに顔色は正常だが、足元には麦焼酎が転がっている。もしかしたらラーメンはシメのつもりで頼んだものだったのかもしれない。

「相田も良い選手になると思うんだけどな。重量型だし、走るのも速いしな。野球はせんのか?」

「そうですね、俺は……」


 そのとき俺の携帯電話が鳴った。サラギさんからだった。

『おい、指名だ赤澤。0時から宿泊で。ホテルまで車をよこすから今すぐ事務所に来い』

 今日は出勤日に丸をつけてなかった筈だ。でも行かなければならない。

「はい、でもなんで?」

『特別な客だ。高松さんといって九州の元締めだ。誠心誠意尽くせ。ポシャったらどうなるか分かってるな?』

「はい。大丈夫です」


 電話を切り身支度をする俺を見て、梅本先生は怪訝な顔をしていた。

「先生、さよなら」

 帽子をかぶり直して、扉から出て行こうとしたとき梅本先生は俺の腕を掴んだ。

「待て!今の電話何だ!ヤバいものじゃないのか。行かせないぞ」

「すいません。今日のことは忘れてください。ありがとうございました」

 電話の声、丸聴こえだったんだ。違う意味でぶっ殺されるかもしれない。男子校時代、あんなに厳しく生徒指導してくれたのに、ホモになったなんて知られたら。


「男好きなのか?」

「よく分からないんです。本当は自分はどっちなのか」

「どっちだっていいんだ。俺はお前のこと、守りたいと思うぞ」

 ふいに先生の太い腕が俺を抱き締めて、分厚い筋肉がめちゃくちゃ硬かった。俺は急に近くなった男の匂いに飲まれそうになったが、必死に自分を抑えて押し返した。

 めちゃくちゃキスしたいが、そんなことしたら先生を巻き込んでしまう。

「辞めちまえ、そんな仕事」梅本先生は顔を真っ赤にして吐き捨てた。

「どうなるか分からないんですか? 殺されますよ」

「なら余計だ。お前破滅したいのか」


 先生の瞳が俺の目を覗き込んだ。暗いものしかなかった夜の海に、一片の光が差したような気がした。俺はサラギさんにぶっ殺されたかったのかもしれない。なにもかも終わりにしてほしかったのかもしれない。でも梅本先生と一緒にいたら、そんな腐ったナルシズムみたいな感情が馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 胸の中にこれまで体験したことのない暖かな泉のような感情が込み上げてきた。俺、この人のこと好きかもしれないな。他人のことはじめてこんな風に思った。


 でも、どうしよう?

 俺も殺されないで、梅本先生にも害が及ばない手はあるのだろうか?









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