第9話 彼氏彼女の事情

 人混みを避けて辿り着いたのは

アンティークな喫茶店だった。室内はガランとしており、強い日差しを拒むようなオマケ程度の灯り取りが天井近くの壁にあつらえられている。

「ココ、いいでしょ?」と少年はウチに微笑みを投げかける。

と、間断なく「・・・2名ね」

とカウンターの奥まった暗がりへ声を通す。


「おや、1人じゃないとは珍しいこともあるもんだね」

「たまにはね」

「オタクの癖にいっちょ前にデートかい」

からかう口調で奥から店の主人と思われる

婆さんが暗闇から姿を現す。

デート…聞き慣れない単語に思わず頬が熱を帯びる。

「おんやぁ、なんじゃい、時代錯誤な薄汚いローブなんぞ着て。地味なおなごじゃのこんなのがええんか?顔なんかフードで隠れとるがな。不気味じゃのう」怪訝な表情を向けられる。

「そうじゃないんだよ」と少年は堰を切ったように言葉を継ぐ。

「フードで隠れてるんじゃなくて、【隠し】てるの。今若い女の子の間じゃあちょっとした流行りなんだから。でも服屋の前で遠目に値札を見て悩んでるところ見るとその姿で似せるのが精一杯なんだなあって思っちゃって」


…どうやら、何か勘違いしているらしい。


「ふんッ、つまりはなんだい。気にかかったからナンパしてみたんだろ、え?」

少ない情報から前後の経緯を汲み取ったらしい。

「ありゃ、バレちゃったか」と惜しげもなく

あっけらかんとした口調で少年は答える。

「ま…アンタみたいに一日中、汗水垂らして工場で働いてなんかいると女の子にも縁にも恵まれないしね。バアさん安心したよ」

溜め息を1つ深くつくと、老婆は珈琲カップを2つカウンターにカチャッと音を残して去っていった。


 「気を利かしてくれたみたいだね」

と独り言のように言い、珈琲を勧められた。

一口すすってみる。

「おい…しい」

「でしょう?お気に入りの店なんだ」

途端、ちがうちがうと思い

「なんでウチをココに連れてきたんだ?」

疑問を投げる。

「わぁ、凄い澄んだ声してるんだ」

言われて気づいた。ウチから話かけるのが

初めてだということを。

「いい声ですねえ。澄んだ中にシッカリした意思がある声」

声質を誉められるとは思わなかったので

次第に顔が火照ってくる。

「いや、まあ」と視線を反らし気味に

「そんな格好はジェネチャイナではちょとどころか殆ど見かけないから」


と少年は言外に含みを持たせた言い方でためらいがちに語を区切った。

スタイルの事を言ってるのではなく、何故そんな着古した服なのかということなのだろう。


 確かに、ジェネチャイナは一昔と違って

先進諸国の仲間入りを果たし、低所得層と中級層の隔ては今は薄いとはよく聞く。

こんな継ぎ接ぎだらけのローブ姿で街を闊歩している人間などまずいない。

そう考えてる折、ふと視界が開けた。

ウチとしたことが何故かこの出会った男に

油断していた。

「あっ、ヤッパリ。鼻から上が見えなかったけど予想した通…それ以上の顔立ちだ。でも同じチャイナなのになんでそんな着古した服でいるの?」

とっさにフードを手繰り寄せる。

「ま、いいや。過去なんて」頓着しない雰囲気はどこか浮世離れしていた。

必要以上に詮索されないのは有り難いけれど

何故か愁いを帯びた表情だった。

「あんまり珈琲一杯で長居するのも顔見知りでも悪いし…そうだッ!僕の家に行こうよ!ッ。驚くこともあるかもしれないし」

急な提案に!する。しかし今まで細目がちの瞼が見開くのに応えるように胸の中の一部がその動作に反してギュッと締めつけてきた。

「うん」と首肯していた。








 






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