人間の村へとやってきました 後編
わたしは鞄の中から薬草の束を取り出した。いくつかの種類ごとに紐で結んでおいたもので、乾燥させてある。
ギーセンはテーブルの上に置いていったそれらを丹念に見聞していく。
「この人、薬草について詳しんでしょうかねぇ?」
こそこそっとティティがわたしに話しかけてきた。声色はかなり疑っている。
「ちょっと、失礼よ」
わたしは一応ティティをたしなめておくが、内心こっそり同意しておく。
まあわたしもちょっと思ったし。
なんか、前世で漫画本を某ブッ〇オ〇に売りに行ったときのことを思い出して、少し苦笑する。この待たされる感じ、胸が妙にざわついてあまり好きじゃない。
ちなみに今世ではお嬢様に生まれたから中古ショップにものを持ち込むなんて行為はこれが初めて。あ、でもバッドエンドから逃げ出すために宝石とか準備していたんだっけ。結局双子に拉致られて持ってこられなかったけど。
わたしが取り留めもないことを考えている間もギーセンの品定めは続いていて、わたしは暇になったので店内を見て回ることにした。
わたしよりもだいぶ前に待つことに飽きていたティティはすでに店内を自由に見て回っている。
王都のおしゃれブティックならわたしも行ったことがあるけれど、そこと比べるのはよくないよね。うん、わかってるって。店内は雑多に物が積まれていて、これどこまでさわってみてよいものか、というくらいに物が多い。生活用品から農具に使いそうなもの、それから瓶に入った薬草(だよね……?)や角灯、隅には人形もあった。
「おお……夜、目が合ったら呪われそうですね」
「ティティったら」
小さな声でそんなことを言ってくるティティだが、内心十分にあり得そうなくらい人形はいい感じに年代を感じさせてくれる。ガラスの目がちょっと、怖い。
「終わったよ、値付け」
「ひゃっ……」
人形を眺めていた時にふいに声を掛けられたわたしはつい小さく悲鳴を上げてしまった。
わたしは取り繕うようにすました顔をしてギーセンの待つテーブルへと戻った。
「うん、これとこれが……」
そのあとはギーセンが示す値段を聞いて、相場も良く分からないわたしは彼の言ったとおりの値段で薬草を売り払うことにした。値段の内訳を聞いていって「じゃあこれとこっちの根っこが比較的需要があるのね」とか「他にも値段が付きやすい物はあるの?」とか色々と聞いていく。
「このあたりにくる行商人は限られているからな。わしが町へ売りに行くこともある。魔法使い相手の商人が仕入れに来るのは年に二回だ。次やってくるのは夏の終わりごろかね」
「このあたりに住んでいる魔法使いはいるのかしら」
「魔法警備隊の詰め所があるのはアルマンという村だ。ここから馬で半日、といったところかね。そこならもう少し開けている」
「そうなの。ありがとう」
わたしはお礼を言って話を切り上げた。
ギーセンは必要以上に話さない人のようで、わたしが扉を開けて外へ出ようとしたとき「毎度あり」とトーンの変わらない声を掛けてきた。
もっと色々と詮索されるかと思ったけれど、案外あっさり解放されて拍子抜けした。森にすむ若い女なんて、訳ありだって喧伝しているようなものなのに。しかもフードを目深にかぶっているし。
「面白い体験でしたぁ。薬草とか魔法に仕える品物を売る体験って初めてですぅ」
ティティは後ろを向きながらきゃっきゃとした声を出す。
人間の村を実体を伴って歩いていることが楽しいみたい。まさに観光客って感じ。
「わたしもそれについては初めての体験よ。あとは、このお金の物価的価値がどのくらいあるかってことよね」
「物価的価値ですか……?」
ティティはこてんと首を横に倒した。
わたしは微苦笑をして頷いた。今日手に入れたお金は銀貨にして十三枚。森の精霊に教えてもらった、人の世界でそれなりに価値のある薬草を採取して乾燥させて売りに行ったからそこそこの値が付いたと思う。
「まあわたしとしてはこんな田舎の商店で現金をそれなりに持っていること自体驚いたけど」
なんとなく山間の村だから物々交換が主流かも、って思っていたんだけど。ちゃんと貨幣経済が回っているみたい。一見の客に手形取引なんて持ち掛けないだろうし、たとえ持ち掛けられても困っちゃうけど。これから商人になる予定なんてないしね。
「このお金はどのくらいの価値があるんですかぁ?」
ティティはわたしが手のひらに乗せた銀貨を一枚手に取ってかざした。
「わたしも、そこまで一般市民の暮らしに詳しいわけではないけれど……」
前世の記憶が蘇ったわたしは、バッドエンド回避として死んだふりをすると決意したときにこの世界での一般市民の金銭感覚についても調べた。
とはいえずっと魔法学校に在籍をしていたし、周りは当然お金持ちばかり。おしのびで街に出かけたときに商店を覗いたり、街の人と世間話をしてさりげなく家賃などの話題を混ぜてみる程度のことしかできなかったけれど。
「一人暮らしというという設定で、これだけあれば下町の家賃半年分くらいってところかしら……?」
と、考えると悪くはない金額だ。
「下町ですかぁ……」
ふうむ、とティティは天を仰いだ。
「ずっとレイアたちといるティティには分からない感覚よね」
「面目ないですぅ」
「精霊なんだから逆に詳しかったらびっくりよ」
「わたし帰ったらグレゴルンの書物をひっくり返しますぅ」
だからグレゴルンって一体誰なんだろうね。
歩きながらティティと話していると、さきほどギーセンの店について教えてくれた女性陣のうちの一人が声を掛けてきた。
「ちょいと、お嬢さん。用事は済んだかい?」
栗毛色の髪をした女性だ。
「ええ、まあ」
「そうかい。せっかくなんだからなにか欲しい物があればうちで用立てることもできるよ」
なるほど。生活物資が欲しくて人里にやってきたのだろう、と思われているわけだ。
「女性なら色々と物入りだろうしね」
女性はなおもにこやかに話しかけてくる。
経済ってこうやって回っているのかもね。
「あなたはお店をやっているの?」
「いんや。ただギーセンの店はいろんなものを置いているだろうけど、女性の細やかなものは揃っていなかっただろう?」
「お人形はありましたよぉ」
ティティが口を挟んだ。
「ああ。あの古ぼけた人形ね。あれ、もう二十年はあそこに置いてあるから。うちの子供も昔大泣きしてねぇ」
三歳くらいのことだったかねぇ、と彼女は続ける。
「虫よけとか、清潔な布とか、化粧水とか軟膏とか、そういったもので必要なものはない?」
「そうね……」
虫よけはちょっと、いやかなり気になるかも。
化粧水とかの美容関係はティティが用意しれくれるから必要ないとしても、久しぶりに自分の手であれやこれ見るのも悪くないし。
「じゃあちょっとだけ」
わたしは頷いて、彼女についていく。
道中、彼女はザーシャと名乗った。この村で生まれ育って、人形を怖がって泣いた子供は現在十一歳とのこと。将来の夢は兵隊だそうだ。
「ちなみに、この村の名前って?」
「ああ、ここはフリュゲン村さ」
フリュゲン、フリュゲン……覚えておかないと。わたしは頭の中で何度か今聞いた名前を繰り返す。
ザーシャはわたしを家に招いてくれて、彼女の淹れてくれたハーブ茶をいただいた。
お茶をいただいている間、ザーシャはいくつかの品物をわたしに見せてくれて、わたしは虫よけ剤と軟膏を買って村を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます