人間の村へとやってきました 前編
ドランブルーグ山岳地域・不可侵山脈のふもとには人間の里がある。
人の作った国境という境界線のぎりぎりのラインに住む人々の村。それからその村から少し外れて竜側の領域に人知れずに住む者もいる。
ドランブルーグ山岳地域の森の中に住み始めて早二か月半。わたし、リーゼロッテは今日初めて人間の里へ足を踏み入れた。
ここはシュタインハルツ王国のぎりぎり内側。
というか人は不可侵山脈の中側に住まないという約束になっているため、隠れて住んでいる人はグレーだったりもする。
「うわー、結構ちゃんとした村なのね」
「ですぅ。ここは人間のつくった国の内側、というくくりですから」
お供はティティだけ。
頭からすっぽりフードを覆ったわたしは、きゅっとそのフードの先っぽを手で握る。なんとなく、用心のため。
森というかなだらかな斜面というか、今いる場所からははるか先からこちらに向かう一本道が細く続いているのが見てとれる。この道の先にはきっと街があって、それから王都にもつながっているんだなと思うとなんだか感慨深い。
ずいぶんと遠くに来たような。けれどもまだここは一応わたしの生まれた国シュタインハルツというわけで。
緑が濃いのは竜の領域と隣接しているからなのか。
村には木と漆喰でできた家がまばらに建ち、小さいながらも畑がある。なんとなく家が密集している方へわたしは足を向けて足を進めていく。
「あ。にわとり」とか、「子供可愛い」とか、歩きながらつぶやく。
首を動かしつつ、村内を軽く観察しつつ足を進めていると、中心部らしき開けた空間にたどり着いた。
一応、村の中心なのか女性らが立ち話をしている。
いつの時代も変わらぬ光景。ザ☆井戸端会議っていうやつですね。
なんとなくその様子を眺めていると、女性陣の内の一人がわたしたちに気が付いた。
「見ない顔だね」
年の頃は三十過ぎくらい。ブラウスにスカート、それから前掛けというスタンダードな村人スタイルをしている。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。それで、どこから来たんだい?」
えっと。どこからと言われても……。
「色々とあって最近森の奥に住み始めたのですぅ」
ティティが口ごもったわたしに代わってそんなことを言いだす。
色々とあってって、うさん臭さ半端ない紹介の仕方だよ。
しかし、こんな国境沿い、ついでに竜の領域と隣り合わせの村に住んでいる女性陣はティティの適当自己紹介に「ああそうなの」となんてことない風に返事をした。
え、それでいいんだ。
「まあいろんな人が通るからね、この村は」
その言葉にすべてが凝縮されているような気がして、わたしは曖昧な笑みを顔に浮かべた。わたしもそのいろんな人と書いて訳ありと読むうちの一人に入ると思うし。
「わたしがこう言うのもなんだけど、結構ゆるいんですね。もっと、警戒されるかと思っていました」
「まあ確かに。そちらの赤毛のお嬢さんと比べると、あんたさんはちょっと警戒したくなる格好をしているけどね」
ティティはフードを被らずに、女性に見えるような格好をしているから、頭からすっぽりとフードを覆ったわたしのほうが不審者っぽいといえばその通り。
だって、一応用心のためというか。さすがに人相書きとか出回ってないよね?
「えっと……」
「あはは。冗談だって」
わたしがまごつくと、女性陣のうちの一人が笑った。釣られて他の女性らも笑ったので、どうやらからかわれていたらしい。
「それで、どんな用でやってきたのさ?」
栗毛色の女性が尋ねてきた。おそらくは三十代、もしくはそれよりも上くらいの外見で、はきはきとした声でわたしに話しかけてくる。
「えっと、森で採れた薬草をお金に換金できればって思って」
「へえ。あんた若いのに薬師なのかい」
「いえ、勉強中というか、薬草に詳しい人から色々と教えてもらって薬草を採っているだけです。症状に合わせた調合とかはできません」
わたしは素直に答えた。医者の真似事を頼まれても無理だし。
できれば詳しい人というところは掘り下げてほしくない。なにしろ私に薬草のイロハを教えてくれているのは人間ではなくって森に住まう精霊だし。
「じゃあギーセンのところに行くといいよ」
と、彼女が言うとほかの女性たちもこくこくと頷いたり「そうだね。ギーセンのところだね」とか言い合う。
わたしはギーセンという人のお宅の場所を聞いてお辞儀をして立ち去った。
聞いた話によると、村の商店とのことで、色々なものを取り扱っているとのことだ。ファンタジー小説とかゲームでいうところの何でも屋的存在なのかもしれない。
「親切な人たちでよかったですねぇ」
「そうね。見るからによそ者のわたしにもそこまで警戒していなかったようだし」
ティティの言葉にわたしは頷いた。
平静を装っていたけれど、結構ドキドキしていたから、根ほり葉ほり聞かれなくてよかった。
「このあたりの人間は訳ありの人たちにも寛容みたいですぅ。国境沿いで、しかも竜の領域のすぐお隣。脛に傷を持つ人間もちらほら隠れていたりするみたいですが、村に危害を加えないのならやみくもに通報することもないみたいですぅ」
「詳しいのね」
「通りすがりの風の精霊が教えてくれましたぁ」
ティティはてへっと笑みを浮かべた。
彼女は律儀にわたしの隣を歩いてくれている。姿を消していてもいいのに、それは駄目ですぅと頑なにわたしの側で実態を保ってくれているのだ。しかも人間に見えるようにいまのティティはボディラインまで女性に似せてくれている。
結構なボンキュッボンで、わたしは密かにへこんだんだけどね。
「そういう人間って結構この辺に住んでいたりするの?」
「うーん……。まあ、たまには?」
「レイアたちの住まいの近くにもいるの?」
「いえ。あの辺りにはいませんよ。レイア様たちは子育て中の時結構神経をとがらせていましたし、結界もばっちり張っていましたから。この村からさほど遠くない場所にぽつぽつと住んでいるみたいですぅ」
と、ティティは宙に顔を向けたあと教えてくれた。
もしかしたら風の精霊がこそこそっと耳打ちをしてくれたのかもしれない。
空気のある所ならどこへでも現れる風の精霊はこういうときめちゃくちゃ便利な存在だよね。
「どこの世界にもはぐれ人っていうか、世捨て人? 的な人はいるのね」
「そうですね。森の中で暮らしていても一人じゃ限界がありますから。たまに薬草やらなんやらを持ってきて物々交換をしたり、お金に変えたり。村人との交流はあるみたいですぅ」
なるほど。したり顔で言っているけれどたぶんこれもわたしの目には映らない風の精霊のお言葉なのだろう。
のんきに話しながらいくつかの家を通り過ぎ道らしいものを曲がったりしていてたどり着いた建物には看板が取り付けられていた。
看板には『ギーセン商店』と、そのまんまな名前が書かれている。
わたしは扉の取っ手に手を掛けて、そのまま押した。
ぎいぃっという音とともにわたしは店内へそぉっと足を踏み入れる。窓は小さく(ガラスは高級品のため)店内は少し薄暗い。魔法使いがいれば、魔法で灯りを生み出すこともできるけど、こんな小さな村にまず魔法使いはいないだろうから薄暗いのも仕方がない。
「いらっしゃい」
声と共に、老齢の男がわたしを出迎えてくれた。
痩せた男で、髪の毛は薄く、白髪が多い印象。目の色までは分からない。年の頃はたぶん六十代くらいといった風貌をしている。
「こんにちは。薬草を売りに来たの。ここで買い取ってもらえると聞いたのだけれど」
「ほう……。見ない顔だね」
「そう……ね。最近森の中へ越してきたのよ」
「どのへん、と聞いてもよいものかね」
「結構奥の方よ」
「竜の領域の中か」
「……まあ、そうね」
わたしが肯定すると老人は目を少しだけ見開いた。
「ふうん。そうかいそうかい」
老人、ギーセンは一人で納得したように何度か頷いて「では売りたいものを見せてもらおうか」と言ってきた。
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