とりあえず、状況説明よろしくです2
「そこは普通に置いてきてほしかったです」
「そうねえ。わたくしも今すぐに戻してきなさいって言おうと思ったのだけれど」
あ、やっぱり。普通そうなるよね。子供が犬猫拾ってきたら、母親はとりあえず戻してきなさいって言うよね。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。わたくしはレィファルメア。こっちが夫のミゼルカイデンと」
「僕はフェイルリックだよ」
「わたしはファーナメリア」
はいはーい、と双子が声を出す。
にしても自己紹介唐突だね。
「わたしはリーゼロッテといいます」
一人だけ名乗らないのもおかしいのでわたしも名乗ることにした。家名を出さなかったのは一応用心のため。
「あなた、リーゼロッテは竜の大きな声やら魔法の波動にも動じないで、というか眠りこけているし。あらあら、どうしたのかしらと調べてみたら毒で昏睡状態に陥っていていたでしょう。わたくし、驚いてしまって」
「そ、それは」
自ら仮死状態になる薬を飲んでいたので当たり前といえば当たり前。
妻の言葉を引き取るように今度はミゼルカイデンが口を開く。
「それにね、結構きわどい状態だったんだよ。生と死の狭間にいるというか、心臓の動きも泊まる寸前。魔法由来の薬じゃなかったから毒抜きも簡単ではなかったし。あのまま何も手を施さなかったらきみは死んでいた。いや、きっときみの従者たちはきみがまだかろうじて生きていたことを知らずに埋葬をする手筈になっていたのだろう?」
ミゼルカイデンは大マジな顔をずいっとわたしに近づけた。
う、美形が近い。しかもマジな顔。
心配してくるのはありがたいけど、こっちにも事情があったわけで。しかもうちの家人たちはわたしが死んだふりをしているのを知っていたからあのまま土の中、っていうことにはならかったはず……って、全部正直に言った方がいいかな。
「そ、そんなに強い毒でした……?」
わたしはそろりと尋ねてみた。
黄金竜の夫妻がそろって首を縦に振る。
「あー……あはは」
まあ王都のもぐりの薬師(怪しさ大爆発な人しか見つからなかったんだもん)がつくった薬だからね。あの人も効能は保証しないとかごにょごにょと言っていたし。
「きみに解毒を施すのが少しでも遅かったら本当に死んでいたかもしれない。毒を盛られた人間の女の子を元の場所に戻すことも出来ないからね。一応は私たちの住まいで起きるのを見守ることにしたんだよ」
「ええと。ありがとうございます」
どうやらそれなりにまずい状態になっていたらしい。
一か八かの薬に頼ってみたら、悪い方向に天秤が傾いたけど、拾われた先の黄金竜がいい人(竜だね)たちでよかった。
「幸いにこの森には色々な力を持った精霊たちが住んでいるからね。私たちの魔法と彼らの力と、あとはきみの体力次第といったところだったんだ」
「早く起きないかなってずぅっと待っていたんだよ」
わたしのよこににゅっと黄金竜の子供が顔を寄せてきた。
声からすると、これはフェイルリックのほう。
「ほんとうにありがとうございました。ちょっと色々とあって、ああいうことになっていたところ、ひょんなことから拾われて助かりました」
わたしは立ち上がって丁寧にお辞儀をした。
やっぱり怪しげな薬に手を出してはいけない。一つ学んだ。いや、知ってはいたけれど人には人生の内で一度や二度、背に腹は代えられないという状況があるわけで。
わたしにとってはあのときがまさにその状況だったというわけで。
とりあえず、無事に生還を果たしたわけだし、考えるべきは今後のことだろう。
「いいえ。こちらのほうこそ勝手に連れてきてしまった負い目もあるし。それで、あなたこれからどうするの? わたくしたち、あなたの身元について少し調査したの」
レィファルメアの言葉にわたしは二の句を継げなくなる。
ちょ、どうしてそういうことを……するかな…….
いや、するか。子供たちが人間を拾ってきたんだから返そうと思って、返し先調べるよね。勝手に子犬拾ってきたら迷子犬情報が出ていないか調べるのと一緒か。うん、納得した。
「きみはシュタインハルツ王国のベルヘウム家の娘だろう」
うわ。正確に把握をされていらっしゃる。
「シュタインハルツ王国って?」
大人の会話に混ざりたがるのは世の子供の常。背後で双子竜がひそひそと話し出す。
「ぼくたちが遊びに行った人間の国だよ」
「あ、そっか。そういえばドルムントがこの間教えてくれたっけ」
「人間の国たくさんあってわけわかんないよね」
「うんうん」
などという会話を小耳に入れつつ、わたしはミゼルカイデンと視線を合わせる。
そこまで知られているなら仕方ない。
「はい。そうです」
わたしは頷いた。
「シュタインハルツ王国では貴族と呼ばれる位に属している家なのだろう? 代々魔力を有した人間が多く生まれる家系だという。そのような大きな家の娘が毒を盛られた。まあ、人の国には色々な事情があるのだろうが」
「べつにわたくしたちは人の国での騒ぎに首を突っ込む気はないのよ。けれど、こうして出会ったのも何かの縁なのだし、あなたは幸いにも一命をとりとめた」
「聞けばきみはシュタインハルツの王の息子と結婚の約束をしていたのだろう?」
「うわ。そこまで知っていらっしゃるんですか」
「風の精霊にあなたのことを調べてきて頂戴って頼んだの。それから、その結婚の約束が無くなったことも聞いたわ」
「王子が別の女性に心変わりしたんだろう?」
ミゼルカイデンが言いにくそうに、すまなさそうな顔をしながらレィファルメアから言葉を引き継いだ。
「そんなことまで……」
精霊の情報網すごいな。
この世界のあちこちに散らばる精霊や妖精たち。四大元素と呼ばれる風・火・水・土に属する精霊たちはこの世界そのものと同質でもある。その風に頼んだらしい。
わたしたち人間も魔法を使うとき多かれ少なかれ精霊の力を頼ることになる。人間よりも高い魔法の力を有する黄金竜なら風魔法を使って情報収集することくらい朝飯前か。
「でしたら、わたしの噂もたくさん仕入れることができたんじゃないですか?」
わたしはなんとなく不貞腐れた声を出す。
だって、風の精霊たちがわたしのことを話したのなら、わたしがどうしてヴァイオレンツから婚約を破棄されたのか、その理由だって知っていることになる。
「ええ。面白いくらいに相反するお話で、わたくしたち首をかしげたのよ。どっちが本当のあなたなのかしらって」
「はい?」
相反するってどういうことでしょうか。どうせ悪役令嬢らしく意地悪だの高飛車だだの言われまくっていたんでしょうとやさぐれていたわたしは大きく聞き返した。
「ベルヘウム家を知る人や精霊たちはあなたのことを頑張り屋さんで勉強熱心な子って。あああと、お庭のお花たちを気にかけたり、使用人の名前もきちんと覚えて多忙な両親に代わって家の細かいところまで采配をふるっていたそうね」
レィファルメアがにこりと微笑んだ。
対するわたしは顔を赤くする。なんだか、めちゃくちゃ私生活掘り下げられている気がするんだけど。つーか恥ずかしい。頑張り屋さんって、ちょっといやかなり恥ずかしい呼ばれ方してるし。
「そのわりに学園でのきみの評判は芳しくない。人間の話す噂限定でいうとね。しかし、魔法学園の人工池に住まう水の精霊はきみは悪い子じゃないと言う」
ミゼルカイデンはわたしが学園内で起こしたという出来事をいくつか挙げていく。そのなかにはリーゼロッテがフローレンスに悪意を持って近づいたという、ヴァイオレンツが言っていた例の件も含まれていた。
「それは断じて濡れ衣です。わたしは、フローレンスとあまり関りにならないようにしていましたし」
「ちなみにそのフローレンスがきみの元婚約者と惹かれ合っていたのだろう? 悔しくはなかったのかい?」
ああ、その話ですか。どいつもこいつも、人の色恋沙汰が好きなのね。
わたしのいささか冷めた瞳に気が付いたのか、ミゼルカイデンはやや居心地悪そうに肩をすくめた。
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