とりあえず、状況説明よろしくです1
わたしはどうやら竜の子供たちに拾われたようで。
「ごめんなさいね。この子たち、はやくあなたが起きないかなって、ずっとそわそわしていたの」
うふふ、と頬に手を添えて微笑むのは金髪に菫色の瞳をした麗しいご婦人。見た目年齢は二十代半ばあたり。優しそうな、垂れ目をした美人母は最初こそ竜の姿で現れたがすぐに人型に変化した。そうしたらやたらと麗しい女性が現れた。人間と変わらない見た目だが、瞳の瞳孔が人間よりも縦長でわたしは、あ、これ爬虫類みたい、とどうでもいいことを思った。
そのご婦人がわたしの額に手のひらを当てる。ひんやりとしていて心地よい。
「ね、あなたお水飲む? それとも何か食べた方がいいのかしら」
起きあがったわたしは洞窟の奥へと案内された。洞窟の奥にはなぜだか人間用の応接セットがちんまりと置かれてあった。奥に行くと、一応床も壁も平らに均されていて、模様らしきものが所々掘られている。明り取りの窓が無いのに問題なく周囲の様子が分かるのはそこかしこに魔法で作られたひかりの球が浮いているから。
広い空間に人間用の、それもどこかのお屋敷にあるような立派なソファセット一式が置かれているって、違和感しかない。もしくはドラキュラ城に招かれた人の気分手こんななのかもしれない。あいにくとこの乙女ゲームな世界にドラキュラは登場しないはずだけど。
座り心地の良い椅子へと誘われたわたしは腰を落ち着かせて改めて目の前の美女を眺める。
「え、ええと。喉は乾いているような……?」
少し頭はぼんやりするけれど、それってあれかな。
現実を考えたくなくて逃避しているのかな、頭が。そんな気もする。
わたしの答えに頷いた金髪美女はぱちんと指を鳴らした。そうしたら水瓶とガラスのコップが現れた。大きな水瓶を両手で持つ美女。歌うように何やらつぶやくと瓶の中から水がすぅっと筋を描いて飛び出てきてわたしの目の前に置かれたコップの中に収まる。
「うわ」
流れるような魔法にわたしは驚く。
いや、わたしも魔法は使うけれど、こういう日常の動作に魔法は使わないし。
「あら、そんなにも緊張しないで頂戴な」
「い、いえ……」
これは魔法の使い方に拍子抜けしただけです、とは言わずにわたしはコップの中の水をごくごくと飲み干す。喉がものすごく乾いていたようですぐになくなった。
「いい飲みっぷりね。でもお水ばかりじゃ味気ないわよね」
金髪美女はうーんと虚空を眺めてぶつぶつ唱える。
そしてテーブルの上に現れたのは人間用の料理の数々。
「さあさ、たんと召し上がれ」
金髪美女がこぼれんばかりの笑みを浮かべてわたしにテーブルの上の料理を進めてくる。
テーブルの上にはパンやチーズ、スープや野菜などが置かれていた。
「すごい……」
わたしは無意識に呟いた。
「うわぁ人間用のごはんだ」
「ねえねえ、それ食べるの?」
「わたしたち魔水晶を食べてたよ」
「あれは子供用だよ、ファーナ。僕たちはもう一人前の黄金竜だから食べなくてもいいんだよ」
「でもフェイルはまた食べたいって言っていたじゃない」
「言ってないもん」
「言ってたー」
「はいはーい。子供たち、ちょっと静かになさい」
口を挟みだすちびっこ竜たちに金髪美女が手を叩く。幼稚園の先生みたいな仕草だ。
というか、金髪美女って呼びずらいな。名前聞きたいかも。
「あら、忘れていたわ」
美女は指をぱちんと鳴らした。そうしたら今度は紅茶がティーカップに入ったお茶、要するに紅茶が現れた。
香りのよい紅茶は大陸の南の方で栽培されているダージニアティー。要するに元の世界でいうダージリンをもじったお茶である。ああ身も蓋もない乙女ゲームな世界。
人間用の料理に、わたしの胃がキュルキュルと反応をした。
どうやらお腹空いていたみたい。とはいえ、起き抜けにがっつりという気分でもないのでまずはスープから頂くことにする。
「い、いただきます」
わたしはお決まりの言葉を唱えてからスプーンを手にした。
小さく刻まれた野菜の入ったコンソメ味のスープが胃に染みわたる。
「ゆっくり食べた方がいいわ。あなた、三日ほど眠りこけていたのだから」
「三日も?」
わたしは驚いた。そうしたら変なところにスープが入ったようでごほごほと咳をする。
「ああ、ほら。まずはゆっくり食べなさい」
わたしは涙目で頷いて水を飲んだ。
それからゆっくりスープを味わって、パンやチーズを咀嚼する。
スープは三種類くらい用意されてあって、コンソメ野菜スープの次にかぼちゃのスープを皿にすくって味わった。パンはどれもふわっふわで、この世界では高級品とされている小麦の白い部分だけを使って焼かれた白パン。
お腹を満たしたところでわたしは紅茶を飲み、ほうっと息を吐いて本題に入ることにした。
「ちなみに、どうしてわたしが今ここにいるのか窺ってもよろしいですか?」
一番知りたいのはそこだった。
どうして公爵家の家人でもなく、国境沿いの村でもなく、わたしは竜と、それも黄金竜の前にいるのか。
なぜにこうなったと聞きたい。
「まあ当然の質問よね」
わたしが食べる間、ずっと見守ってくれていた美女がやや目じりを下げる。
「それはねー」
「わたしたちがおねーちゃんを見つけたからー」
はいはーいとちびっ子竜二人(それとも匹? 頭?)が話に割って入る。
「子供たち、少し黙っていてちょうだい」
美女がふたたび子供たちをたしなめる。
二人は「うー」とか「でもぉ」とかちょっぴり不満そう。
世の母親の常として彼女もそれらの文句を聞こえなかった振りをしてやり過ごすことにしたようで、わたしのほうに目を合わせる。
「すべての原因はわたくしの子供たちね。ちょっとね、最近やんちゃが過ぎていて」
「要するに、二人で勝手に人里に降りてきみを攫ってきてしまったんだよ」
女性の声に続いて、耳に心地よいバリトンボイスが聞こえた。
ぱっと現れたのは女性と同じ金髪の男性。年の頃は隣の女性と同じく二十代半ばといったところ。しゅっとした顎に切れ長の瞳と、十分に美形な姿だが、この登場の仕方と話し方からしたら間違いなく竜だ。
人里ってなんですか。いやまあ人里だよね。竜からしたら。
わたしが口をパクパクとさせていると、男性が説明をした。
曰く、自分たちは山の中に住む竜の一家で、生まれて三十年ほどが経った双子の竜たちの親だ、と。この双子竜、とにかく最近は元気盛りのいたずら盛り。人里に飛んで行っては炎を吐いたり(かるく嫌がらせだよね)、人を驚かせてみたり(だからそれ魔法警備隊飛んでくる案件だからね)。
そんな風に双子竜はその日も夜陰に紛れて人の街の上空を飛んでいて、口から炎を出して遊んでいたそうだ(うっわ。めっちゃ迷惑)。
そして夜陰に紛れてひた走る馬車の近くにうっかり炎を吐いたそうで(たち悪いな)、馬車は立ち往生。馬車に乗っていた人間たちが半狂乱になる中、地上に降り立った双子竜は荷物の中から人間の少女を発見したそうだ。ちなみに馬車に乗っていたそのほかの人間たちは方々に逃げていったそうで(え、わたし置いていくなんて……ちょっと傷つく)、双子竜はわたしを持ち帰ったそうだ。
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