4. 涼宮ハルヒの決意、そして…
周囲を見ると、閉じてあったはずの部室の清掃ロッカーの扉が半開きになっていたので、みくるはそこから帰ってしまったらしい。
ハルヒは、それを見て一瞬呆然としていたが、すぐに立ち直り、
「という訳で、SOS団は今からSOS研究所を始めます!もちろんみくるちゃんに会いに行くために、TPDDを作るからよ!キョンもみんなも、こうなったら大学なんて残っても仕方ないから今すぐ辞めてこの研究所に入りなさい。あたしの頭の中にあることを、ハカセくんにも協力してもらって実際に形にしていくわ!」
とまくし立てたが、
「いや、ハルヒ、確かにTPDDの開発には賛成だが、大学を辞める気はねえぞ。中退したら、学費を払っている親に申し訳が立たねえからな。何はともあれ、卒業まではその研究所とやらは並行でやっていくことにしねえか?」
「しょうがないわねえ。
ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグなんかはみんな必要なことを見極めたらさっさと学校を飛び出して自分の道を進み始めたみたいだけど、まあキョンの親ならきっとあんたといい勝負に頭が固くて古臭い考え方を持っていそうだからね。まあいいわ。でも学部まで。院なんか行かずとも、あたしたちの方が国内のそこらの研究機関なんかよりもよほど進んだ研究をすることになるんだから。みんなもそれでいいわね?」
「…まあ、院はな。大学に残って研究者になろうとは俺も思わないし、そのくらいなら構わんぜ」
「という訳で決定!全会一致でSOS研究所の創設が決まりました!
所長はあたし、所長代理はハレノヒちゃん、副所長は古泉くん、研究部門部長は有希、そして雑用はキョンよ!他はひとまず平所員からスタート!実績次第で昇進もあり得るからじゃんじゃん頑張りなさい!
パーティーについては、続きどころじゃないし、今日はこれで解散!片付けはあたし一人でやっとくから、みんなもう帰っていいわよ」
「団長のお前が自ら買って出るなんて珍しいな。俺も手伝うぞ。研究所とやらでも雑用をやらされるらしいしな」
キョンはそう言ったが、ハルヒは、有無を言わせぬ声で、
「…いいから一人にしてよ。これから団長として色々考えなくちゃいけないことがあるの。雑用のあんたにそんな簡単にあたしが秘密で考えたあれこれの情報を渡すわけにはいかないんだから、あんたも帰りなさい。団長命れ…」
言いかけた口をふさいだのは、キョンの唇であった。目を真ん丸にしたハルヒは、
「何よ、急に」
「ハルヒ、無理するな。お前は一人じゃねえんだ。団長様を支えてこその団員だろ?」
「あたしは無理なんてしてないわよ。あたしは、世界を大いに盛り上げるために明日のことを考えなくちゃいけないってだけ。あんたに話すことは何もないわ」
「お前だって、朝比奈さんがいなくなっちまって、本当はすごく寂しいんだろ?いくら頭の中で、どこまで進んでいるかは知らんが、会いに行く方法を組み上げていたとしてもだ」
「……いいから、帰りなさいよ。あたしは団長なんだから、団長の命令は絶対なの。見なさいよ、どうせ何でもお見通しの異世界人の彼と、ハレノヒちゃん以外はみんなもう帰ってるでしょ。だから、あんたも…」
「確かに団長と雑用かもしれんがな、俺はお前の彼氏であり、お前は俺の彼女でもあるんだ。たまには俺のこと頼ってくれたっていいじゃないか」
「だから思う存分雑用させてあげてるでしょ。まだ何か足りないっての?」
「そうじゃなくて、ほら、もっと精神的な意味で…」
「いい?キョン。団長命令を誰よりも守らなくちゃいけないのは誰だと思う?あんたよりも誰よりも、このあたし自身なの。あたしは、もう自分自身には命令を出したの。その命令に違反している場面なんて、雑用のあんたにだけは絶対に…」
言いかけたハルヒをキョンは遮り、
「お前らしい真剣さだよ。でもな、もう解散を宣言した以上、活動は終わってるんだ。安心しろ」
「終わってないわよ!団員のみんなはそれでもいいかもしれないけど、あたしの中では、団員のことが意識に上がってる間は常に活動時間なの!もう、いいから一人にしてよ」
ハルヒの声が悲痛さの色を帯び始める。
「なあ、ハルヒ」
「だから何なのよ?」
「お前、もしかして、俺が笑顔のお前しか愛さないとでも思ってるんじゃねえか」
ハルヒの肩がビクッと震えた。
「そ、そんなこと思う訳ないじゃない。あんたがそんなに薄い人間だったら、あたしの方からとっくにフッてるわよ」
「その通りさ。確かにお前に一番よく似合う表情はいつもの笑顔だと思う。だが、そうじゃなくたって、お前がお前である限り、どんなお前だって俺は好きだぞ」
「……でも、それとこれとは別よ。あたしはあたしを許せなくなるのが嫌なの。だからもう一人にしてちょうだいよ。あんたが彼氏を名乗るなら、これは彼女としてのあたしからのささやかなお願い。団長命令じゃダメなら、それでいいでしょ?」
拳を震わせながら、瞳を潤ませながら、何とか睨みつける表情を作るハルヒを見て、キョンは観念したのか、
「……分かったよ」
と言って、くるりと出口の方へと向き直った。
ハルヒはその様子をじっと見ていたが、キョンが一歩、二歩、三歩まで踏み出したところで、彼を追いかけ、背後から抱きついた。
「どうした、ハルヒ?」
「いいから。振り向いたら死刑だからね」
「おいおい、それじゃまるで妖怪にでも取りつかれた気分になるぜ」
「黙りなさいよ…このバカキョン」
そうして、ハルヒはキョンの背中に顔をうずめて、身を震わせ出した。その様子を見ながら、ハレノヒが私に向かって呟くように言った。
「ハルヒお姉ちゃんはプライドが高いからね。団長として弱いところは見せたくないという意地と、ジョンに甘えたいという女の子としての気持ちが、最後の最後まで微妙なバランスでせめぎ合っていたんだと思う。
でも、正面切って俺を頼ってくれという彼氏風を前にして、既にギリギリだったんじゃないかしら。だから、いざジョンが引くと、もうダメだった。あたしには分かるわ…。
あたしはみくるちゃんと一緒にいた期間はお姉ちゃんよりも短いけど、それでも、みくるちゃんは、ハルヒお姉ちゃんにとって、ドジっ子に見えてもとっても大切な支えになっていたのよ。あたしにとっても、みくるちゃんの純真な様子は見ているだけで心が晴れる存在だった。ハルヒお姉ちゃんにとっては、なおさらのことだったのでしょうね」
私は、独りで寂しく立っている団長代理の姿を見て、彼女も誰かそういう存在を求めていたのだと悟り、無言でハレノヒを抱きしめた。彼女は、抵抗しなかった。
翌日、古泉がハレノヒにフラれたのは、また別の話である。
fin.
涼宮ハルヒの新生 The Pioneer @The_Pioneer
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