2. 朝比奈みくると団員
ハルヒの表情は一瞬にして深刻なものに変わり、
「……冗談ならよしなさいと言おうと思ったけど、キョンじゃあるまいし、みくるちゃんがそんな冗談を言うはずがないわよね」
「…えぐっ、……そ、そうなんですぅ……。こ、これは最上級の命令で、…えぐっ、も、もう行かなくちゃいけないんですぅ…」
みくるのただならぬ気配を団員全員が感じ取ったのか、みくるに視線が集中する。
「なるほど。つまり、この時点で朝比奈さんが未来に帰ることが、恐らく未来にとっても必要なことなのでしょう。どうしても、止めることはできないのですね?」
「うぅ…は、はい……そうですぅ」
「…くそったれだな」
「ちょっと、キョン?」
「よりにもよって俺たちの門出の日に合わせてそんなことをする必要はねえだろ。俺はその未来人のボスを今すぐ呼びつけて怒鳴りつけてやりたいですよ、朝比奈さん」
「うぅ…キョ、キョンくんの気持ちはありがたいですが…うぅ…ダメです……逆らったらわたしは違う理由でここにはいられなくなりますぅ…」
「朝比奈さん、俺は長門にも前に言ったが、俺の、俺たちの団員を連れ去ろうとする輩はどんな奴であれ許すつもりはないんだ。それはハルヒだって、ハレノヒだって同じはずだ。だから…」
「…キョン」
「何だよ」
「……これは、有希を『処分』しようとしたあの時の情報統合思念体のやり方とは違うわ。みくるちゃんは確かに未来に帰るかもしれない。でも、あたしには分かるの。あたしたちは、またみくるちゃんに会うことができるって」
「……」
「というか、恐らくみくるちゃんにあたしたちの方から会いに行ける状態を作り出すことこそが、未来人の真の目的なんじゃないかしら?でも、あたしもその目的には乗っかってもいいと思ってるわ」
「ハルヒ、一体どういうことなんだ」
「ジョン、あんたは相変わらずね。ちょっと考えればわかるじゃない。未来人のみくるちゃんが未来に帰ると知った時、あたしやハルヒお姉ちゃんが真っ先に考えることはなんだと思う?」
「朝比奈さんを、連れ戻す、か?」
「そうよ。そしてそのためにあたしたちは何をすると思う?」
「タイムマシン……。なるほどな、TPDDを作らせようって訳か」
「そういうこと!みくるちゃんは最初からハルヒお姉ちゃんにつかまりやすい人材としてこの時代に送り込まれたの。その最大の目的は、ハルヒお姉ちゃんをTPDD開発に参加させること。そしてそのために、みくるちゃんを未来が呼び戻すことすら、未来人にとっては既定事項のはずよ。みくるちゃんのボスに聞き出すまでもないわ」
「だがな、ハルヒ、お前はそんな風に未来人の思惑に乗っかっちまっていいのか?朝比奈さんをダシに使うような連中だぞ」
「……じゃあ、他に何ができるっていうのよ」
ハルヒの声は震えていた。
「確かに、あたしだって誰かの思惑通りに動いている可能性があるってのは癪よ。でも、他にみくるちゃんのいる未来を壊さずに、しかもみくるちゃんとまた一緒になれる方法があるってのかしら?」
「そんなの、お前の力を使えばいくらでもなんとかなるだろ」
「……できるなら既にやってるわ。でも、未来のことはどうしても不確実性が含まれているの。現在を変えるだけなら先の整合性を合わせることは何とでもなるけど、そもそもその未来を変える目的での改変は、これまで身近で影響力のなさそうなことを使って色々試してみたんだけど、どう願ってもどうしても変な結果になっちゃうのよ。
だから、みくるちゃんのいる時代に向けた改変なんて、リスクが高すぎてできない。腹は立つけど、未来人の考え通りあたしたちの手でTPDDを作ってやった方が確実ってものなの。それに、そうすれば未来人に直接文句をぶつけることもできるしね!」
「そうなのか…」
「ほら、キョン、何泣いてるのよ。あたしは泣かないわ。だって、どっちにしてもみくるちゃんにまた会えるのは、あたしの中では既定事項だからね!」
見ると、確かにキョンは泣いていた。ハルヒは、瞳を潤ませていたが、言葉通りグッと飲み込んでいるようであった。
「…だそうです。ぐずっ、朝比奈さん、その時は俺もまた会いに行きますので、よろしくお願いします。ちゃんと未来で待っていてくださいね」
「うぅ…キョンくぅん……」
朝比奈みくるは、キョンに抱きつこうとして、ハッとしたようにハルヒの方を振り向いて固まったが、
「別にいいわよ。一時とはいえ、お別れなんだもの。みんなに抱きしめてもらいなさい。今日だけ特別よ!」
とハルヒが顔を背けながら言ったので、結局キョンに抱きついて、顔を彼の胸にうずめてしまった。
「しかし、驚きましたね。こんなに急に呼び戻されるとは、僕も予想外でしたよ。僕達の調べた限りでは、これまでその兆候は一切確認できていませんでしたからね」
「うぅ……朝比奈さん、あの時はごめんなさい……。あたし…」
こちらを見ると、橘京子がもらい泣きしていた。
「うぅ…良いんですよぉ…。橘さん、えぐっ…。そんな昔のことぉ…」
「でも、あたし、まだちゃんと謝ってなかったと思うから…ぐずっ……」
気付くとキョンから離れたみくるは、今や橘京子と抱き合っている。そのさまを見て顔を背けながら、
「僕はどうもこういう湿っぽいシーンは苦手だな。キミもそうなんじゃないかい?」
と私に話しかけてきたのは、佐々木であった。見ると、彼女もうっすらと涙を目に浮かべていたが、それをサッと拭って、何とも言えないながらにいつもの微笑を取り戻そうとしているようであった。
私は、返事に困ったので、頷くだけにとどめた。
「--これは---真の始まり--。可能性の時空。--記録を開始する」
「……」
宇宙人二人はいつも通りであったが、団員に順繰りに抱きつくみくるをしっかり受け止めていた。
みくるのハグは佐々木の番となり、ついで私に回ってきた。どうせ抱きついてくるのならハルヒ姉妹の方が良いのになどと思いながら、彼女のハグを受け止めていると、
「…あなたにはどうにかする力があったんじゃないですか?涼宮さんとは違って」
と耳打ちしてきたので、
「仮にあったとしてもこのままにしています。TPDDを作るハルヒこそが、本来の世界もやがて行き着くであろう先だと思っているからです」
と返しておくことにした。朝比奈みくるは、それ以上何も言わず、うつむいたまま私から離れ、古泉に向かった。
「古泉くん、この世界の人間で、涼宮さんとキョンくん以外で頼れるのはあなただけです。だから、どうかお願い。この世界が正しい方向に向かうように、今後もあなたと諜報部のメンバーはしかるべく動いてください」
「今のところ、僕達とあなたたちの違いは解釈レベルにとどまっており、実際の作戦行動の場においてやるべきことはほぼ一致しておりますからね。お任せください。少なくとも、涼宮さんが無事にあなたとお会いできる世界になるようにはお導きしますよ。尤も、そこから先は僕が今ここで保証することは出来かねますが…」
「今のところ、それだけで十分です。ご協力ありがとう」
「お礼には及びませんよ。僕にできることは限られていますからね」
続いて、みくるはハレノヒに向かった。ハレノヒは、ハルヒと並び、無言を貫いていたが、いざ抱きしめられると、
「みくるちゃん。あたしの元いた世界ではね、あなたは普通の人間であたしたちと同じ時代に生きてるの。だから、あっちの世界ではあたしはいつでもあなたに会えるわ。分裂させてもらったあたしがそう告げてる。
……こっちの世界でも、きっといつかまたそんな日が来るようにする。それまで待っていなさい。ハルヒお姉ちゃんだって同じこと考えているはずだから…」
と、声を震わせながらも、精一杯の笑顔を浮かべて言うのだった。
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