涼宮ハルヒの選択

涼宮ハルヒの選択

「うーん、どうしたものかしらね…」


 新生SOS団で活動を始めてからしばらくたった、夏休み前のある日、ハルヒは部室に入って来るなり団長机で頬杖をついてポツリと漏らした。


「ハルヒさん、どうしたのですか?」


 私が尋ねると、


「あたしが去年の冬に文芸部の機関誌に寄稿した例の論文が、校長の知り合いのMITの物理学教授の目に留まったらしくてね、そのMITの教授がまた世界的に有名な天才学者らしくて、あたしの論文の真価を見抜いたみたいなのよ。

 それだけならいいんだけど、今から飛び級してMITに来ないか、って校長を通じて誘われたの。海外に行くこと自体は別に悪いことだとは思わないけど、みくるちゃんの卒業よりも前にあたしが離れたらSOS団はどうなっちゃうの?

 それを考えると、何というか、面倒な話を持ってこられたなあ、って…。そりゃあ、あっちの方が宇宙開発技術を含め色んな方面で研究も進んでいるし、使える予算も膨大だし、みくるちゃんたちの言う時間平面理論を磨くにはよりいい環境なのかもしれないけどね」

「つまり、ハルヒさんは未来人や宇宙人に会いに行く技術を生み出しやすい環境に行くことと、既にいる未来人や宇宙人、そして超能力者とともに遊ぶことのどちらが自分の望みなのか、悩んでいるという訳ですね」

「そんな抽象的な話じゃないのよ。SOS団の団長としてあたしは既に宇宙人、未来人、超能力者を呼び集めて一緒に遊ぶという願いは叶えているからね。今更会いに行く技術を改めて考え直すべき理由は、あたしにはないの。

 でも、もしあたしが行かなければ、みくるちゃんのいる未来が生まれないのだとしたら?つまり、今SOS団で遊び続けた対価として、そもそもSOS団ができる可能性が失われてしまったらどうしようってのが、あたしの踏ん切りがつかない最大の理由よ」


 光陽園支部の団員は光陽園で独自に活動しているのであろう、この頃は本部の団員だけが集まることが多くなってきていたのだが、ご多分に漏れず今日もそうであり、古泉とキョンは、往時のようにボードゲームに興じていたが、二人とも顔を上げてハルヒの方を見ていた。

 古泉一樹は何やら煮え切らない表情で考え込んでいたが、口を開いたのはキョンであった。


「お前はどうしたいんだ、ハルヒ?」

「あたし?あたしは…このSOS団がちゃんと生まれる世界になるように、この世界を持っていきたい。それがあたしの本音よ。でも、そのための正しい選択がどうなのか分かんないからこうして悩んでるんじゃないの」

「なら、考えすぎずにやりたい行動を選ぶのがいいんじゃないか?」

「はあ?あんたバカなの?好きなようにやるだけでうまく…あっ……」


 ハルヒは何かに気付いたようで、悩む表情から一転、いつもの満面の笑みを浮かべて言った。


「そういうことね、キョン。確かに、あたしは今までだってやりたいようにやってきた。でも、あたしがそうあって欲しいと願う限り、全てはうまく行く。

 それなら簡単よ。あたしはこのままSOS団でやっていく。MITの研究環境がどんなに素晴らしくても、今高校生のこの時は、スキップして大学に行っちゃったら決してもう味わえないんだもの。そんなもったいないことをあたしがするわけないじゃない」


 話し始めたハルヒを見て先ほどからお盆を持ったままぎこちなくフリーズしていた朝比奈みくるが、ホッとしたようなため息を吐くのが聞こえた。


「わ、わたしも、それでいいと思います。未来のことは禁則事項なので詳しく教えることはできませんが、涼宮さんが望む通りに行動することが、恐らくは一番いい方法だと…」

「やっぱり、みくるちゃんもそう思う?ならますますこのままやっていくことで決まりね!禁則事項で伏せられても、あたしには分かるわ。このままこの道を進んでいくことこそが正しい道なんだと!有希や古泉くんもそう思うでしょ?」

「そう」

「ええ、仰る通りかと。『機か……諜報部としても、その結果朝比奈さんたちの目指すところと僕達の望むところが最終的に予定調和してくれるのであれば、それ以上望むことはありませんよ。そして、僕達をまとめ上げている団長閣下である以上、その采配は過たず、僕達の所属勢力の微妙な関係をも最終的には最適化してくださることかと」

「そうよね!

 大体ね、キョンから聞いたTPDDの正式名称、Time Plane Destroyed Device

だっけ、は英語としては全然意味が通らないから、それだけでTPDD開発国が既定事項の上では英語圏ではないことは容易に予想できるもの。恐らくは和製英語で開発国は日本。実際記憶媒体に開発の重要人物になるであろうあたしやハカセくんもこの近辺にいるわけだし、あたしが一人だけ海外に飛び出しちゃったら、話の整合性がこんがらがりそうじゃない」

「ハルヒ、その理由は後付けだろ」

「まあね。TPDDの正式名称をマヌケなあんたが聞き間違えただけって可能性も0じゃないからね」

「いや、その未来人は……英語じゃなくてカタカナで発音していたからな。俺だって日本語はさすがに聞き取り違いはしねえよ。特に、あんな重要な局面ではな」

「それもそうね」


 ハルヒとキョンがそんな話をしていると、古泉の携帯が鳴った。


「はい、もしもし、古泉ですが……。やはり、そうでしたか。ええ、彼にはあとで調査不足のまま情報を渡した件では厳重注意をする必要があるでしょう。この情報は、本部で共有してもよろしいですか?……承知しました。それでは、また」


 古泉が手早く会話を済ませて電話を切ると、ハルヒは、


「古泉くん、一体どうしたの?諜報部から?」

「ええ。件のMIT教授は、やはりというかなんというか、未来人であることが判明しましたよ。それも、朝比奈さんとは別の一派のね」

「そうなの?ってことは、TPDDの開発国を日本からアメリカに変更したい一派でもいるのかしら」

「恐らくはそうでしょう。朝比奈さん、お心当たりはありませんか?」

「えっと…禁則事項です」

「それでは、僕が代わりにお話ししましょう。米国の未来人が自国でTPDDを開発したい最大の理由は、軍事利用ですよ。違いますか?」

「…禁則事項です」

「それでは、長門さん、あなたのお考えをお聞かせ願えますか?」

「古泉一樹の推測は情報統合思念体の予測とも合致する。TPDDは、日本国で開発された場合のみ、平和的利用が実現する。アメリカ合衆国、ロシア連邦、中華人民共和国、インド共和国も開発競争に参加する可能性があるが、これらの国家での開発が日本での開発よりも先行した場合、99%以上の確率で軍事的利用が試みられる」

「そ、そんなぁ…。それだと、航時法違反どころか、カタストロフが発生しかねないのに……」


 やはりこのみくるは何も知らされていないらしい。


「そう。だが彼らは時空改変目的でのTPDDの使用を高確率で実行する。その結果、予測されるいくつかのシナリオでは、涼宮ハルヒや彼に危害が及ぶ」

「やはり、彼らは結局ハルヒさんを日本の『軍事力』として扱いたがるということですね」

「そう」

「なるほど、そこまでわかれば十分でしょう。それでは涼宮さん、そのMIT教授を未来へ強制送還することはできますか?藤原某に対してかつてされたように」


 古泉がハルヒにそう問いかけると、


「うーん、多分だけど、藤原はそもそもみくるちゃんたちがいるのとは違う未来から来てる。それに対して、今回のMIT教授は、みくるちゃんがいるのと同じ未来から来ていて、かつみくるちゃんとは別の目的、未来の改変そのものを目的としてこの時代に来ている。

 状況が把握できたんだったら、この件は未来人に任せるのが一番だと思うわ。そうでしょ?大人のみくるちゃん」


 ハルヒが指さした方向には、実際大人版の朝比奈みくるが立っていた。この時代に元からいるみくるはどうなったか気になり振り返ると、彼女はお盆を抱えたままひざまずいて壁に寄りかかり、寝息を立てている。


「そうですね。今回の件はわたしたちにお任せください。わたしたち自身が生み出した不始末ですから」

「でもさ、みくるちゃん、急に世界的に名高い物理学者が消えたら、今の時代のこの世界はちょっとした騒ぎになるんじゃないかしら?」

「その点は涼宮さんたちが心配する必要はありません。彼は表向きは急死したこととして処理します。長門さんたちほどではありませんが、この時代の人間を欺く程度の情報操作であれば、わたし達にもできるんですよ?」

「まあそれはそうかもしれないわね。それで、どうやってやるの?」

「詳しいことは禁則事項です。涼宮さんや古泉くん、それに彼はみんな聡すぎますから、ごめんなさいね。思い出話含めて、詳しいことは基本的には話せないの。あたしも色々お話ししたいのは山々だけど」

「朝比奈さん、それって俺だけがアホだと言わんばかりじゃありませんか?」

「そういうことじゃないのよ、キョンくん。あなたは普通です。ただ、SOS団のみんなは、あなたを除くと極端に賢い子ばかりなの。そしてそれ故にみんな、わたし達の時代から見ても、STCデータ上での代えがきかない重要人物なの。それだけのことよ」

「そうですか…」

「それじゃあ、わたしはもう行かないと。またね、キョンくん、涼宮さん、みんな…」


 ウィンクをした大人版みくるはそのまま部室を出て行った。風が吹いたような気がした。


「……当該異時間同位体のこの時間平面上からの消滅を確認した」


 誰に言うともなく、長門がぽつりとつぶやいた。


「しかし、まさか僕達の調査能力の高くない海外からアプローチをかけてくるとは…。前回もそうでしたが、今後の対策の強化が必要でしょう。参考になりましたよ」


 古泉が一人で頷いていると、ハルヒは、一瞬しんみりしたかと思うとすぐに満面の笑みを浮かべ、


「そっか…。結構危ないところだったのね。でもやっぱり、あたしはあたしのやりたいようにやるのが一番だとはっきりしたわ!だからみんなも、これからもあたしについてきなさい。団長命令よ!みんなで幸せになりましょ!」


と掛け声を上げた。


「喜んで、ハルヒさんの赴くところにならどこへでも参りましょう」


 私はそう返した。他の団員も、思うところは同じらしい。


 しかし、この先、いつかみくるが帰還したらどうなるのだろうか?

 一抹の不安が混じった疑問が、私の頭の中をよぎった。


fin.

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