涼宮ハレノヒの誕生

 クリスマスが過ぎ、バレンタインが過ぎ、新年度になり、あたしは、今のままこの世界にいても、結局本当に欲しいものは得られないだろうな、という予感を強めていた。

 ただのキョンになったキョンは、一応同一人物だからか、考え方こそジョン・スミスに通じるところがあって、嫌いにはなれなかったけど、イベントの度に有希と距離を縮めていて、もはや有希とくっつくのは時間の問題であたしの入り込む余地はなかった。

 キョンと有希の関係を見ていて、あたしはやっぱりジョン・スミスが好きなんだな、と漠然と思って、でもそのことを打ち明けられる相手がいなかった。

 ジョンの言うSOS団団員のメンバー以外では、みくるちゃんの護衛役を引き受けるさばさばにょろにょろな鶴ちゃんや、有希の母親代わりをしているように見えて、実は有希に精神的に頼りっきりの涼子ともそれなりに仲良くなれた気もするけど、やっぱり何かが違った。

 楽しくないと言えば嘘だけど、これはあたしがやりたかったことじゃない。あたしは、宇宙人や未来人や超能力者を見つけて、彼らと遊びたいのに。


 ジョン、そして北高のあたし。


 まだなの?


 いつになったら、あたしそっちに遊びに行けるの?


 駅に着く度にまだなのと親に尋ねる幼児のように、あたしは朝を迎える度に、まだなの、とまだ会わないもう一人のあたしや、行ってしまったジョンに問いかけていた。

 そういえば、去年の文化祭に潜り込んだ時、今のあたしの気分をちょうど表現できそうな曲を歌ったっけ…。でも、今歌ったら、そのうちにボロボロに泣いちゃうと思うから、ダメだ。こんな時間にそんなことしたら登校時まで痕が残っちゃう。そんな姿見せたら、まるで恋煩いに悩む普通の高校生じゃない。そんなのは嫌よ。

 何故か4時に目が覚めたその朝、あたしがそんなことを考えてボーッとしていると、携帯が鳴った。

 こんな時間に何よ、と思いながら画面を開けると、ついに来るべきものが来た。


HARUHI.S> お待たせ。やっと準備が整ったわ。あんたが望むなら、あたしはあんたをこっちの世界に連れて行ってあげる。準備はいい?


 もう、いつまで待たせてんのよ。来ないのかと思っちゃったじゃないの。


HARUHI.S> あたしなりにできるだけ早くしているのはあんたなら分かるでしょ?キョンと違って、あたしには今できることややるべきことを後回しにする癖はないからね。さて、あんたは、あたしの双子の妹、ハレノヒという名前で光陽園に通うこととなる。この辺の設定は覚えておいて。来歴とかの記憶は適当なデータをあんたの頭の中に植え付けておくからあまり深く考えないでいいわ。


 説明はいいから、早くそっちに行かせてよ。


HARUHI.S> 落ち着いて。万一ホームシックにかかった時に備えて、あんたが戻りたければ戻れるようにしないといけない。今、あたしはそのためのダミーを用意してるの。


 ホームシックになんか、なる訳ないじゃない。


HARUHI.S> あたしはあんたなんだから、あんたのことはよく分かるのよ。確かに今はそんなつもりじゃなくても、万一もある。あたしの時空に来るなら、今は大人しく従ってちょうだい。


 しょうがないわね。これでジョンに会えなかったら、あんたにどんな力があろうと承知しないからね。校庭100周させた上でハムスター101匹早掴みしてもらうわよ!


HARUHI.S> やっぱりあんたはあたしだわ。それじゃ、準備できたわ。目がくらむかもしれないし、乗り物酔いみたいな気分に襲われるかもしれないから、しばらく目をつぶっていなさい。


 変わらぬ命令口調はやっぱりあたしだなと思いつつ、逆らう理由もないので目をつぶっていると、身体がぐらりと揺れるような気分がした。

 あの時のジョンもきっとこんな気分だったんだろうなと思いながら、しばらくこのグラグラ感を我慢して抑えていると、


「もう、目を開けてもいいわ」


 あたしの声がして、目の前には、あたしよりも髪を短く切ったあたしがいた。そのあたしの後ろにちらりと見えたベッドは、用意がいいのか、二段重ねになっていたが、その周囲を含む全体像は、ぱっと見た感じ、時空の違いを考慮してもそれほど違いない、他ならぬあたしの部屋らしかった。


「うまく行ったようね。よかったわ。あんたは分かってるだろうけど、あたしは涼宮ハルヒ。SOS団団長よ。これからよろしくね、ハレノヒちゃん」


 目の前のあたしが満面の笑みを浮かべる。ああ、もうダメだわ。


「…もう、どれだけ待たせれば気が済むのよ!バカ」


 あたしは、もう一人のあたしに抱き着いた。あたしって触れるとこんな感じなのね。もう一人のあたしの温かさが伝わる。あたしの頬を、溢れ出す色んなものが流れ落ちる。


「ごめんね、そして、お待たせ。

 今より早く呼んでも、何も知らなかったあたしの方がきっと混乱してたから、今の今まではダメだったのよ。あんたなら分かるわね?」

「バカ、バカ…」


 あたしがもう一人のあたしの胸に顔をうずめると、そのあたしがあたしを優しく撫でるのが感じられた。


「あんたのことは、なんて呼べばいいの?」

「そうね…。あたしは双子の姉だから、お姉ちゃんとか、ハルヒお姉ちゃんとかが自然じゃないかしら。でも、あんたの好きなように呼んでくれていいわ」

「分かったわ…ハルヒお姉ちゃん、これからよろしくね」


 濡れた顔を袖で拭い、あたしにはこの方が似合ってるであろう、できる限りの笑みを浮かべて、あたしはもう一人のあたし…ハルヒお姉ちゃんに、そう言った。


 あとはジョンと会うだけ。

 いつ会えるかな?楽しみだな。


fin.

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