52. キョンの真価

 古泉はすでに十を知ったかのように一人で頷いている。ハルヒ姉妹や佐々木も、何やら気付いたらしい。鶴屋さんはMIKURUフォルダ問題が片付いた頃には画面から離れてスモークチーズを頬張っていたが、私の話を聞くと、彼女も何やら察したようにふと目を上げた。

 ところが、当のキョンは、きょとんとしていた。


「おや、まだピンと来ていないようですね。ではこう言いましょう。

 あなたは、この世界の内部の視点のみで考えると何者でもない普通の人間であるが、少なくとも異世界への窓口を開く存在であった。

 そして、異世界への干渉は、ハルヒさんの情報創造能力、あるいは願望実現能力の範囲を超えている。

 あなたはハルヒさんの能力の影響を超えた特殊能力を持った、特異存在なのですよ。それがあなたがSOS団に選ばれた理由でしょう。もちろん、ジョン・スミスであることなども影響していなくはないでしょうが、これこそがそれ以上に大きな理由だと言って良い。あなたがいなければ話も伝わらず、私達の世界はSOS団によって盛り上げられることはなかったのですから。

 ハルヒさんが、無意識的にであれそれを見抜いていたかは知る由もありませんが、もしもハルヒさんが異世界へもメッセージを残したいと考えていたとすれば、あなたの能力は願望実現能力の範囲外でも、あなたがSOS団に存在することは能力の範囲内ということになります」

「あたしは何となくわかってたわ。キョンの独り言って、いつも大きいのよね。声に出ていなくてもすぐ顔に出るし」

「そんなことはねえつもりだったんだがな」

「それはさておき、あなたが隠す情報、例えばあなたの本名や、鶴屋さんの保管しているオーパーツの使用目的などは、未だに不明なんです。

 私達は、あなたが知らないのか、知っていて隠しているのかすら知ることができない。この世界線上ではあなたに好きにしゃべらせ、答えを書き出すことや、伝わっている話から正解を推測することはできますが、少なくとも正規…原作の世界線では、原作者氏にキョン君の声が届かない限り正解発表は起こらない」

「つまり?」

「あなたは、ハルヒさんですら確実には持っていないであろう異世界人に対する優位性を、部分的ながら有している。何でもアリのはずの私からしても、ハルヒさん以上に反則的な存在なんです」

「なるほど」

「古泉、お前はいつもそうやって…」

「つまり彼が言っているのはこういうことです。あなたは涼宮さんにとってのキーパーソンであると同時に、異世界への一方通行の鍵穴を開ける鍵でもある。違いますか?」

「その通りです」

「故に、異世界人にとってもキーパーソンである」

「ええ」

「やはりそうですか」

「その意味で、キョン君にはジョン・スミスであること以外にも、ハルヒさんから愛される、ハルヒさんのタイプたる素質はちゃんと存在するんですよ。もちろん、決定打はそれ以外の、情報統合思念体や天蓋領域には恐らく解析不能な人間特有の加点要素でしょうが」

「なんてこった。俺だけは普通だと思っていたのに…。

 だが待てよ、お前はこの世界がお前たちの世界の人間によって創造されたと言っていなかったか?そうすると、俺の発言も全てお前たちが創造したものになる。何かを語らないことや騙ることはできたとしても、それすら創造者側の掌で踊っているだけになるんじゃないか?」

「私達の世界の常識に照らすとそうなります。

 但し、魅力的な人物は、作者の意図を離れて勝手に踊り出すものです。ハルヒ世界の登場人物は、ハルヒさんにせよキョン君にせよ中々魅力的ですからね。

 してみると、我々異世界人は、舞台設定や人物設定、つまり初期情報を与えることしかできない理神論的な神に過ぎないのかもしれず、後は原則としてルールに沿って動くのをそのまま描写することしかできないのかもしれない。

 その場合、我々は創造者でありながらも、結果を完全に知り尽くした全知全能の神やラプラスの悪魔にはなれず、それ故に語り手のあなたに一定の優位性が入り込む余地があるかもしれない、むしろそうなのではないかと思っているのです。

 あるいは、実はハルヒさんに限定的な異世界への干渉能力があって、私達の世界にキョン君視点での物語なる『天啓』を与えたのだとすれば、創造者気分になりながら踊らされているのは、むしろ我々なのかもしれない。

 ハルヒ世界で異世界人の私が何でもアリなのとは逆に、私達の世界では、異世界人に当たるハルヒさんやキョン君が何でもアリの可能性も排除できませんからね。

 いずれにしても、ハルヒ世界と私達の世界を結ぶキョン君には、まさにその点故に特異性が存在すると言って差し支えないでしょう」

「なるほどな。ったく、自覚なしの変態パワーなんて、ハルヒだけで十分だと思っていたのに、まさか俺にそんな力があったなんて…」


 ぼやくキョンと異なり、顔を輝かせたのは、言うまでもなくハルヒだった。


「キョン、良かったじゃない!あんたにも面白い属性があって。これであたしは自分のタイプ観にも遠慮することなくあんたを愛せるわ。

 でも、キョンらしいマヌケな属性ね。バカデカい独り言が異世界まで届いてしまうだなんて、夢もロマンもなくて、俗物っぽいところがあんたにはお似合いよ」

「俺は普通でいたかったのに。さらばノーマル、フォーエバー」

「「何言ってんのよ。あんたはあたしの気を迷わせたんだから、はなからノーマルな訳ないじゃない」」

「あはははーっ、今のキョン君めがっさ面白いにょろっ!君も普通じゃないとは意外だったけどねっ。あたしの勘もまだまだだったよっ」

「やれやれ」


 ため息を吐くキョンに、とことこと歩いてお茶を差し出したのはみくるだった。


「キョ、キョンくん、私のお茶でも飲んで気を取り直して」

「朝比奈さん。最高ですっ」

「こら、キョン!たまにはあたしにもそういう顔しなさいよ」

「そっちか」

「ついでにあたしにもやりなさい、ジョン」

「ハレノヒまで」

「この際ですから僕にも」

「お前だけはお断りだ、古泉」

「冗談ですよ」

「くっく。僕も君が僕にそんな顔をするところを是非とも見てみたいものだね」

「佐々木まで乗って来るなよ」

「もう、みくるちゃんばかりキョンのマヌケな一目惚れ顔を見られてズルいわ。みくるちゃん、今からお着換えね。今日はカエルになってもらうわよ」

「ふぇっ?」

「いいから、カエルの着ぐるみを着なさい。せっかくおっちゃんからもらったのに、着なきゃもったいないでしょ」

「ええええええええ…」

「ハルヒ、お前も着てみたらどうだ?去年の夏は自分一人アイス食ってくつろいでたよな?」

「……必ずしもそうではない。アルバイトを行った9025回中、着ぐるみを使用したアルバイトは6007回であり、そのうち…」

「長門、今は黙ってろ。仮に記憶にないループでハルヒが着ぐるみを着ていたとしても、俺にはそんなことは関係ない」

「……そう」

「その悲しそうな沈黙は反則だぞ。俺が悪かったと言いたくなってしまうじゃないか。ああ、そうだ。俺は言い過ぎたよ、長門。すまなかった」

「いい」

「とにかく、ハルヒ、お前もたまには着ぐるみを着てみろ」

「何よ、そんなにあたしの美少女ルックスが見たくない訳?」

「お前が美少女なのは否定しないが、こんな時だけ美少女とか自分で言いだすなよ。というかその理屈だと、お前が朝比奈さんに妬いてその姿を隠すために着ぐるみを着せようとしているようにしか見えないぞ」

「そんなことある訳ないでしょ!とにかく、みくるちゃんを着替えさせるから、あんたたち野郎どもは出ていきなさい。ついでに異世界人は気絶させておきなさい。あいつ、部屋の外にいてもあたしたちを何でもアリの一言で覗きかねないから」

「ふぇっ?」

「へいへい」

「覗きませんよ。男子がいようと関係なく着替え始めるハルヒさんならまだしも、その辺のデリカシーのある女性の着替えを覗くなど言語道断じゃないですか」

「あ、あたしの着替えだって覗いたら許さないわよ!」

「そうですか。では今後覗くのはやめにしましょう」

「今までは覗いたことあるのね?」

「禁則事項です」

「あんたもこんな時にそういう使い方をするのね。

 ああ、もう、みくるちゃんには『禁則事項』という言葉の言い出しっぺとしての罰ゲームも何かやってもらわなくちゃダメね。とにかくあんたたちは出ていきなさい!今すぐ」


 私達を追い出すとともにバタンと閉じ垂れた部室は、キョンの言う日常に私達が戻ってきていたことを物語っていた。

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