49. 選ばれなかった少女の敗北とライバル宣言


「そうだ。今回の一件で、どうして僕が神的能力の持ち主、あるいは器として適さないのか、分かってくれたかな?」

「……」

「キョンならきっと分かっているだろう。

 涼宮さんは、話を聞く限りでは、普段から神人が暴れる破壊的な閉鎖空間を発生させるなど、一見すると精神不安定の部分があるようにも見えるが、どんなに辛いことがあっても、この世界を意識的に壊そうとはしないし、ましてや誰かが消えてしまうことを本気で望むこともない。

 ところが僕は、今回、本気で願ってしまったんだ。涼宮さんのいない世界、僕がキョンと結ばれるために、恋敵が排除された世界をね」

「でも、あたしだって、退屈と憂鬱のあまり、完全な新世界を作ろうとしたことはあるわよ。あれは意識的にじゃなかったけど」

「それでも、キミは自らキョンをその世界に呼んだ。戻ることができる道を組み込んでおいたんだ。それに元々、神人に対する対抗措置として古泉くんたちに超能力を付与していたではないか。

 対して僕は、一人だけで新世界を作ろうとした。今回橘さんたちが僕の精神世界に入って来られたのは奇跡に近いと言っていい。

 しかも僕は、そうなることを一切想定しないで、橘さんには中途半端な能力しか与えなかった。そこに、僕の傲慢さが隠れていたと言ってもいい。4月の件で僕の閉鎖空間が涼宮さんの閉鎖空間と接触していなかったとしたら、対抗措置は一切用意されないままにこの事態に突入していたことだろう。

 その場合の僕は、一人だけで誰にも邪魔されない形で新世界を作ってしまっていたことだろう。キョンのことなどは、後から複製するとしてね」

「……」

「涼宮さんよりも僕の方が、橘さんからすれば常識的で安定しているように見えるのかもしれない。でも、見ての通りで、僕は暴発すると、涼宮さん以上に歯止めが利かないことがはっきりしたんだ。

 対して涼宮さんは、神的能力を持ちながら、決して最終的な世界崩壊をもたらすことなくこの世界を続けている。自覚的だろうと、無自覚的だろうと、涼宮さんは人を消したり、人を自分の力で意のままにしたりすることを本気で望むことは、これまでもこれからもないと思う。

 だからこそ、僕よりも彼女の方がふさわしいのさ」

「……そんなこと、認められる訳ないじゃない。認めてしまったら、あたしたちはどうすればいいのよ?」

「無責任だが、きっと何とかなると思う。

 古泉くんが本来力を持っていないはずの僕の閉鎖空間で発揮できたように、涼宮さんがそれを許せば、橘さんは『機関』のメンバー同様涼宮さんの閉鎖空間で活躍することもきっとできるさ」

「そうだとしても…」

「藤原くんがいた頃にも言ったけど、僕は適任ではないんだ。僕の親友が最終的に選んだ彼女を、少しは信用してくれないか?」

「佐々木さんがそこまで言うのなら、分かったわ。他のみんなを説得するのは苦労するかもしれないけど、少なくともあたしは、涼宮さんを神的能力の持ち主として認めます」

「僕達としても、その方が助かります。今回の件の結果、佐々木さんを支持してきた一派が全て涼宮さんへと鞍替えしてくれた方が、色々と楽ですからね」

「古泉さん…」


 橘京子が、何やら尊崇の視線を古泉一樹に向ける。


「しかし、涼宮さんには改めて驚かされるばかりです。佐々木さんをもSOS団に参加させたことで、かつての敵対組織を丸ごと吸収した形になりますからね。この分だと、僕達SOS団は、一体どこまで膨れ上がってしまうことだか」

「最終的には全宇宙を統べるつもりだけど、しばらくはこれ以上膨らまないと思うわ。古泉くんが京子の主張通り『機関』のトップで、『機関』を丸ごとSOS団の下部組織として組み込むとでも宣言すれば別だけど」

「なるほど。

 朝比奈さんではありませんが、僕が『機関』のトップであるかは、禁則事項ということにしておきましょう。ただ、『機関』を丸ごとSOS団の支部とするプランについては、他ならぬ団長閣下のアイディアですから、僕から進言させていただく可能性はあります」

「あんまり大きくなりすぎると、団員全員の面倒を見るのは大変になりそうだけど、その辺は古泉くんに任せるわ」

「アイ・アイ・マム」


 ハルヒはその言葉にピクリと眉を動かした。


「あたしは未婚なんだけど」

「ですが、そのうち彼と…」

「古泉くん、その辺でやめておきなさい」

「失礼しました」


 ハルヒのドスの利いた声を前に、あっさり古泉は引き下がった。

 一瞬の沈黙を経て、佐々木が口を開いた。


「ところで、涼宮さん」

「何よ」

「今回は僕の完敗だが、僕はまだキョンを諦めるつもりはない。一度病んでしまうと、治るまでは自分でもどうしようもない病なのが恋愛感情なのだと痛感したよ。そういう訳で、これから涼宮さんは、僕のライバルだと思うこととする」

「言ってくれるじゃない。何にしても、やる気があるのはいいことだわ。でも、あたしもさっき言ったとおり、団長の座もキョンのことも譲る気はないから、覚悟してなさい」

「くっく。楽しみにしておくよ」

「…そういうことなら、ハルヒお姉ちゃん、あたしもやっぱりジョンを狙うことにするわ」

「ハレノヒちゃん!?」

「ジョンはヘタレには違いないけど、少しだけ見直せる部分もあったしね。という訳で、あたしもお姉ちゃんには負けないからね!」

「ふうん。あんたの場合、あんまり出過ぎたら元の世界に送り返せるのよ?」

「口ではそういうけど、そんなことするお姉ちゃんじゃないことくらい、ちゃんと分かってるのよ」

「なっ…」

「という訳で、今後もよろしくね。それと、」


 ハレノヒは私の方を見て、


「そういうことだから、あんたとはこれでお別れよ。もちろん団員同士、仲間やお友達として関わるのは吝かではないけど、あんたとの恋愛関係はこれでおしまい。今までありがとね!」


 と言って満面の笑みを浮かべた。私は、何とも急展開だと思いつつ、


「そうですか。そういうことでしたら、私もこれからは堂々とハルヒさんを狙いますので、キョン君は覚悟しなさい」


 とキョンに言った。


「…普通みんながみんなこんな風に恋人関係の二人に恋敵宣言なんてしないだろ」

「「SOS団に普通や常識が通用しないことは、あんたが一番よく分かってることでしょ?」」


 二人が仲良く宣言した後、ハルヒだけが、それに、と続ける。


「恋愛感情はそういう感情を媒介にしてしか繁殖できない、本能不全で奥手な人類が、種を維持するために組み込んだ一種のプログラムなの。だから、たとえ恋愛関係にある人物が相手だろうと、より魅力的なパートナーを探し求め続けることは自然の理に適っていることじゃない。

 みんなそうしないで適当なところで妥協するから、大半の恋愛感情は一過性の精神病の一種として後々後悔をもたらすの。

 だからあたしだって、仮にあんたよりも魅力的だと思う男が出てきたらその理に逆らうつもりはないわ。

 いい?むしろ正々堂々とライバル宣言するくらいの方が、SOS団の団員にはふさわしいの。何か勘違いしてあたしに隠れてみくるちゃんや有希とこっそりデートしていたあんたのこれまでの煮え切らない態度の方がよっぽど問題なのよ」

「そうかい。その理屈だと不倫も許されかねないがな」

「不倫だって同じよ。される側にも、自分の魅力を磨き続けることを怠った非があることの方が多いものなのよ。中には不可抗力で相手の魅力が上だった場合もあるだろうし、その場合は本当に本人に責任はないんだけど、殆どのケースは半分までは自業自得なの。

 昔みたいに多重婚が認められていた時代であれば、本来は一切問題ない行動なんだし、いざ浮気されてから慌てて大騒ぎする方がどうかしているわ。

 無条件に不倫は悪と断ずる井戸端会議のおばちゃん達も、いい加減それが自分の中に潜む恐怖と怠惰の裏返しだと認めてもっと自分磨きに精を出すべきなのよ。その方がよっぽど健康的なのに、いつまでも旦那を尻に敷いておけると思い込んでダラダラ過ごすんだから救いがないのよね」

「じゃあ仮に俺が浮気しても文句は言わないのか?」

「それはまた別の話よ。あんたの場合、単にハニートラップに惑わされてあたしの努力や苦労に気付かずにあたしをおろそかにしているだけの可能性の方が高いからね。間違った方向に行こうとする彼氏を引き留めるのも彼女の役目よ。でも、あんたが気の迷いではなく本気で別の相手を見つけたときは…」

「ときは?」

「やっぱやめ、今は何も言わないわ。そんなこと考えたくないもの。

 団長としては、そうなった時に団員に取るべき行動は…行動の第一歩は、最低でも48時間ぶっ通しであんたが正気か、あんたがそれで幸せになれるか判断するために徹底的に尋問することだって決まってるけどね」

「それは初耳だな。大方いつも通り今決めたんだろ?だがそれだとその長時間の尋問とやらのせいでどっちかが本当に正気を失っちまいそうだがな」

「と、とにかく、理屈抜きでこうしてあたしが病んでいるのはあんたのせいなんだから、これからもずっと責任持って看病しなさいよね?

 それと、今はもう時間がないから勘弁してあげるけど、放課後、今度こそMIKURUフォルダの中身はしっかりチェックさせてもらうからね」

「へいよ」


 ため息交じりに頷くキョンの声を合図に、これで会話も一段落したと判断した私達は各自昼休み終了前の教室に時間移動した。

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