48. 帰還

 ひとまず、元の世界の北高文芸部室、SOS団本部のアジトに、出発から23秒後に時間合わせして私達が戻ると、


「ふぇっ?もう終わったんですか?」


 みくるの声が聞こえた。まあこの人には聞き手に回ってもらうとして、と考えていると、長門が口を開いた。


「あなたたちは23秒間この時空から消失していた」

「なるほど。実際の向こうでの経過時間がどうであれ、異世界人の彼によって、出発から23秒後の世界に戻されたわけですね」

「そう」

「そうです。さて、今から各員には、昼休み終了直前の教室に戻ってもらいます。情報操作は適当に行っておきますので、異変に気付く者は、記憶を保持している私達の他には誰もいないことでしょう」

「情報統合思念体や天蓋領域、未来人は気付くかもしれないぞ」

「少なくとも、この時代の普通の人間は気付かないようにしておきます」

「何か含ませた言い方だな」

「皆さんが記憶を保持している限り、仮に情報統合思念体や天蓋領域から今回の件を隠蔽しようと試みても、それぞれのインターフェース経由で全てが伝わることでしょう。よって、団員や関係者各位の記憶を維持するということは、その手の改竄が実質不可能になることを意味します」

「だから最初からしない、ということか」

「ええ」

「まあ必要なことなのかもしれないけど、お前も世界の改変は大概にしておけよな。お前まで時間のループとか考え始めたらいよいよ俺はお手上げだ」

「ご安心ください。今のところは、ループさせる理由がありませんから」

「だといいがな」


 私達がそんなことを話している傍らで、ハルヒは佐々木の手を取り、


「あんた、今日からSOS団の光陽園支部に入りなさい。団長代理のあたしの妹、ハレノヒちゃん自らバシバシしごいてくれるはずだから、期待しなさいよ」

「い、いや、僕には涼宮さんたちは眩しすぎるよ」

「ダーメ。あんた、担ぎ上げられたとはいえ偽SOS団なんてのを作って、うちのキョンを引っ張り込もうとしたんだから、罰としてうちでみっちり雑用してもらうわよ。SOS団も今や支部が増えて、キョン一人じゃ雑用の仕事も流石に支えきれないからね。

 SOS団をやりたいんだったら、本家本物のSOS団に入りなさい。

 安心して。うちは実力主義だから、実績が上がればあんたも、そのうち下剋上で団長になれるかもしれないわ。もちろんあたしは、団長の座もキョンも譲る気はないけどね」

「くっく。雑用か。しかし、不思議なものだ。キョンがSOS団の雑用係なのだとしたら、僕はキョンと同程度には涼宮さんから信頼されていることになる訳だね?」

「何言ってんの?雑用はSOS団の最も下の階級なのよ。キョンの場合、団員その一のくせしていっつもやる気がなくて実績も足りないからいつまで経ってもヒラなの」

「キミはそういうが、雑用がキョン一人だということは、言い換えると他の団員は既に役職もちなのだろう?その中で、涼宮さんはいつまでもヒラだと口では嘆きながらも、決してクビにするわけでもなく、いつまでもキョンを抱えている。

 実力主義をうたう限り、SOS団では、他の団員は実績を重ねて早いところ役職を持たなければ、いずれは左遷されてもおかしくなかろう。そんな中で、キョンを本部の雑用として敢えて抱え続けるということは、涼宮さんがキョンのことを役職とは関係なしに信頼しているという証なのではないかな?」

「そ、そんな訳…」

「そう考えると、どうも雑用係というのは、逆説的なステータスに感じられなくもない。SOS団の裏団長的な、表に出てこないラスボスと言ったところかな」

「佐々木、流石にそれはねえよ。ハルヒは俺の意見なんか殆ど聞き入れないからな」

「それでも、キミは、キミがいなければ作る気すら起こさなかったであろう、SOS団という枠組みの中に涼宮さんを留めおいている。SOS団がなかったら、涼宮さんは一人っきりで、孤独を感じつつもどこまでも突っ走っていったんじゃないかな。僕はそんな気がしてならないよ」

「何言ってんの?SOS団はあたしが自分で思いついて、都合よく目の前の席のキョンが暇そうだったから引っ張り込むことにして始まったのよ。まあ、『面白い部がないなら作ればいい』と思ったのは、考えてみればキョンの何気ない一言がきっかけだった気もしないでもないけど、キョンがいなくてもあたしはいつかは気付いてたと思うわ」

「キョン、キミもそう思うかい?」

「正直分からねえな。ただ言えるのは、去年の一件で生まれた光陽園のハルヒ、あるいはこっちのハレノヒは、俺が出会ったときSOS団なんてやってなかった、ということだ。古泉とは一緒にいたけど、どうやらあっちの古泉はSOS団に似た何かを思いつかせるきっかけを与えることは遂になかったらしい」

「そうなの、ハレノヒちゃん?」

「ジョンが来てから、少しはやってみようと思ったけど、からっきしだったわ。なんだかんだでSOS団の名前はないまま、気付いたら北高の文芸部にあたしと古泉くんが時折顔を出すという感じになってた。あっちの世界では、中心的だったのは有希とあっちのキョンだった。その周りに涼子とあたしがいて、鶴ちゃんやみくるちゃんや古泉くんは更にその周辺という感じだったかしら」

「くっく。ということは、やはりこっちのように、キョンと涼宮さんが一緒になって初めてSOS団が出来上がったことになる訳だ」

「…佐々木さん、そんなことを言う前に、あたしたちに言うことがあるんじゃないの?」

「ああ、そうだった。心配をかけてすまなかったね、キョン、涼宮さん、そしてSOS団の皆さん」

「分かってるならいいけど。今回の件は、発生時にあんたがSOS団の団員だったら罰金ものだったと言っていいわ。まあ、今回はキョンのヘタレのせいもあるし、罰金は免除してあげるけど、次はそうはいかないわよ」

「分かった、気を付けよう。できれば僕としても罰金は避けたいところだからね。ところで、橘さん」


 佐々木が橘京子へと視線と話し手を移すと、彼女は戸惑いながら、


「あ、あたしですか?」


 と言った。

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