46. 神人の願い
古泉がそう叫ぶなり飛んで行った光球は、狙い過たず神人の足元に当たり、爆発した。神人がよろける。
「セカンドレイド!」
二発目の光球は、まっがーれと誰かが叫んだわけでもないのにうまい具合に曲がり、足元からずり落ちた神人の胴体から、更に両腕を切り落とした。神人の手足が光の球となって消えていく中、手足を失った神人からも光が発せられる。
「古泉くん、ちょっと?」
「大丈夫です。神人は、この程度では死にません。手足を削いで動けなくすれば、襲い掛かられる心配はないでしょう?」
「そ、そうね…」
ハルヒはどこか不安げに、光を発する赤黒い神人を見つめている。神人は徐々に小さくなっていく。
空から、誰かの泣き声が響いているような気がした。
ハルヒとハレノヒも気付いたらしい。
「「もしかして、これって…」」
「ええ、神人、あるいは佐々木さんの心の奥底に秘められた叫びでしょう」
「「行ってあげる必要がありそうね」」
「そのようです。どうやら僕はこれ以上力を使えないようですし、もう襲われる心配はないことでしょう。どういう訳か、ここでは僕の力は、必要分しか与えられていないようですから」
「どういうことなんだ?」
「佐々木さんの閉鎖空間、すなわち無意識は4月の一件で僕の力の存在に気付いている。その頃の力が、この閉鎖空間内で僕の能力が部分的に複製されていたのは佐々木さんの心の葛藤を反映したものなのでしょう。その力が失われたということは、佐々木さんの無意識の葛藤が、ひとまず落ち着きつつある良い兆候だと考えます」
「落ち着くと言ってもな。もしかしたら、このまま世界を切り離す方向で落ち着いてしまったのかもしれないぞ。だとしたら、決していいとは言えないと思うがな」
「そうかもしれませんが、僕達が急ぎ過ぎずとも元の世界とのつながりを保っていたこの閉鎖空間が、ここにきて急に崩壊したり、分離したりするものでしょうか?
仮にそうだとしても、橘さんや異世界人の彼が何らかの異変を察知して、僕達に知らせてくれているはずです。知らせがないことが、この場合は良い知らせなのです」
「まあ、それもそうだな。俺がどうにかできることでもないし、考えても仕方ないか」
「そういうことです」
「そうよ、キョン、ここはあんたが考えても埒が明く場面じゃないわ。あんたは行くしかないの。
みんなも行くわよ。あたしについてきなさい」
「へいへい」
ハルヒを先頭に、7人で北高跡地に入ると、その真ん中には少女がうずくまっていた。恐らくは、佐々木の幼少期の姿だろう。
その髪の毛は、小学校時代のハルヒを意識してのことだろう、長かった。
「ここからはキョンと佐々木さんが何とかするべきところね。あたしたちはここで見守ってるから、行ってきなさい」
「おいおい、俺はともかく、なんで佐々木にまで命令口調なんだよ」
「だってこれは佐々木さん自身の問題なんだから、誰かが後押しして解決を促すしかないでしょ。佐々木さんに命令しちゃいけないんだったら、キョン、あんたが佐々木さんを引きずってでもあの子のところへ連れて行きなさい」
「おいそれは無茶だろ。大体、無理矢理引っ張ってもこういうのは解決しないだろ」
キョンは反発するが、佐々木はまんざらでもないようだった。
「くっく。涼宮さんらしい人の引っ張り方だね。お陰で最後の一歩が踏み出せそうだ。感謝するよ。キョン、行こうか」
「まあ、お前がいいならそれでいいけどさ」
佐々木が少女に向かって歩き出し、キョンはついていく。
少女のところにたどり着くと、佐々木は微妙に困ったような表情を浮かべた。
「さて、これが僕自身であることは分かるんだけど、どう切り出したものなのかな。自分同士の会話なんて、人に見せるのは恥ずかしい限りなのだが」
うずくまっていた少女は、佐々木たちの気配に気付いて顔を上げた。その生々しい涙痕が、彼女の悲痛な思いを物語っている。
「あたしからお姉ちゃんに話すことは何もないわよ」
佐々木をキッと睨んだまま、少女は続ける。
「お兄ちゃん、眠れる森の美女がどうやって目覚めたか、知ってる?」
「…おい、まさか」
キョンの表情は凍り付くが、少女はお構いなしに続ける。
「そう。あたしとキスして。そうしたら、全部元に戻してあげる。できないんだったら、あっちにいるお姉ちゃんたちには帰ってもらって、あたし達3人だけで世界をやり直すわよ。お兄ちゃんがあたしとその気になってくれるまで、ずっとこっちで過ごしてもらうわ」
「参ったな。僕の無意識の願望が、ここまで直接的だとは思わなかったよ。だが、これだと涼宮さんには何と説明したらいいのかな」
佐々木が、少女の発言を聞いて厳しい視線を向けるハルヒに向きなおって言うと、ハルヒは、
「…悪夢だったことにしてあげるわ。あたしも去年、同じような悪夢を見たのよ。
あの頃はまだ付き合いもしていなかったキョンが、俺はポニーテール萌えだとかなんとかマヌケな性癖を披露して、キスしたくて仕方がないような顔で有無を言わせずに迫ってきたのよね。それで仕方なくキスしてあげるしかなかったの。
あたしあの時薄目を開けてしっかり見てたんだけど、あの時のキョンのマヌケに目を閉じた面ったら、今でも思い出すと思いっ切り殴りたくなるほどだわ。
でも殴る前に一気に目が覚めて、あまりのショックでベッドから落ちてたわ。あれは今思い出しても人生で一、二を争う悪夢よ。だから、今回も同じような悪夢だったことにしてあげるから、やるなら早くしなさいよ」
とそっぽを向きながら言った。が、それを聞いた少女は今度はハルヒを睨みつけ、
「毒リンゴのお姉ちゃんには言われたくないわ。お兄ちゃんが自発的にやらなきゃダメよ」
「誰が毒リンゴよ」
「お姉ちゃんよ。お姉ちゃんがいるから、あたしはここで白雪姫か眠り姫にでもなるしかなかったのよ」
「失礼ね」
「参ったな。僕が誰かに対してこんなにとげとげしくなれるとは知らなかったよ。これでも僕は気の長い方のつもりだったのだけどね」
「…俺はどうすりゃいいんだよ」
「あたしに訊かないでよね。これはあんたと佐々木さんが何とかするしかない問題でしょ」
「涼宮さんは何とか今回のことを割り切っておられるようです。ちょっとしたハーレムだと思えば、少女の思い通りになってみるのも、案外悪いことではないかもしれませんよ」
「古泉、お前は当事者じゃないからそんなことが言えるんだよ」
「さあ、僕だったらもしかしたら当事者でも同じことを考えるかもしれませんよ」
「古泉くんはカッコいいし、超能力者なんて面白い属性も持っているから、その気になればいくらでもプレイボーイになれる要素があるわよね。
これがキョンだと、ハーレムを作るにはどこかの国の独裁者になって力づくで女の子を呼び集めるくらいしか道はなさそうだけど」
「それはあんまりの扱いじゃねえか?」
「とにかく、あんたは自分でやるべきことを見出してさっさと済ませたら?あたしは見なかったことにしてあげるから」
「キョン君、ハルヒさんがここまで言っているのだから、やるべきことは決まっているでしょう。
ハルヒさん、ご希望でしたら情報障壁を展開して何も見えなくすることもできますが、いかがでしょう?」
「別にいいわ。
たとえどんなことをしようと、キョンはSOS団の団員その一なの。その姿を監督するのは、団長の仕事のうちだわ」
「ええい、ままよ」
やけ気味になったキョンは、考えるのを放棄したかのように少女の……。
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