45. 佐々木の神人と古泉一樹

「何よ、これ…」


 光陽園の校舎の屋上へとワープした私達は、北高の存在すべきエリアが綺麗に更地になっていることを認めた。赤黒い神人は、今では動きを止めて、その真ん中で立ったまま不動の状態であったが、息をしているのか、僅かに肩が上下しているように見えなくもない。

 余りの光景の変化に、さすがのハルヒも唖然としているようだ。

 最初に口を開いたのは、佐々木だった。


「僕にとって、北高は余程目の敵だったらしいね。僕自身驚きを隠せないよ。

 でも、何となく理由は分かる。北高と光陽園は殆ど同じくらいの偏差値で立地も酷似している。となれば、北高がなければ、僕はキョンと高校でも同じ学校に慣れた可能性がグッと高まったであろう、とこんな所じゃないかな。無意識が考えつくことは、意識的に考えることよりも欲求が素直に現れる分、恥ずかしくなるくらい幼稚だが、分かりやすいという取柄もある」

「しかし不思議だな。中学の頃、俺とお前の頭の出来の差は歴然としていたはずなのに、何故北高と光陽園は揃いも揃って全国トップクラスの超進学校になっているんだ?どうも引っかかるぜ」

「確かに、僕も少し不思議には感じる。北高に国木田くんがいることを考えればそこまでおかしくないように思うと同時に、キョンがどうして北高には入れたのかは、はっきり言ってしまうと、どうにもよく分からない。

 橘さんたちの言うような神的能力の持ち主がそう望んだから、とでもしたくなるよ」

「だが、ハルヒは入学前の俺は知らなかったはずだ」

「それとは無関係に、『ジョン・スミスよ共にあれ』と願ったとしたらどうでしょう?入学当初のあなたは知らなかったとはいえ、あなたは結果的にジョン・スミスに他ならないことが後に明らかとなった。涼宮さんが無意識のうちにジョン・スミスの正体に勘付いていたとすれば、ありえない話ではないと思いますが?」

「それにしても妙なんだ。

 中学を通じて俺はそんなに頭が良かった記憶もないし、はっきり言うと高校入試でもいつも通り、良く言っても普通程度にしかできた記憶はない。にもかかわらず、俺は何故か超進学校と言われるこの北高に在籍している。

 俺としては、むしろ北高は昔は普通の学校だったのを、誰かが後付けで改変したんじゃないかと思いたくなるほどだ」

「あたしも入試の出来は普通程度だった記憶があるわ。意外とみんなそんな感触で入れるものなんじゃないの?むしろ苦労したと感じる受験生は不合格者に偏っていたりして」

「そうだとしても、お前の普通と俺の普通は全然違うのはお前もよく知ってるだろ」

「まあ、別にいいじゃないの。実はあんたの中学がめっちゃ頭良かったのかもしれないし。あたしのいた東中の出身者よりも面白い人が多少でもいることが、そのいい証拠よ」

「そんな印象は全くないぞ。俺の中学校は、極めて普通の公立中だったと言っていい。

 未来人向けの実物大博物館において、この時代の日本の公立中学校の典型的なサンプルとして差し出しても全く問題なく通用するほどに普通だったと断言できる」

「僕もキョンに賛成だ。少なくとも、僕の認識する限りにおいては普通の学校だったね。

 ただ、高校と違って、中学は全国模試などで学校間の比較が行われるわけじゃないから、実のところ、僕達が何も知らなかっただけなのかもしれない。

 しかし、このことを何か不思議に感じるとしても、次の朝目覚めたらそれが不思議だと思わなくなるような、そんな類の不思議でしかない気がする。もしもこれが何者かの改変の結果だとしたら、改変者は状況を把握し次第、人々の記録と記憶をうまく整合させて痕跡を消してしまうはずだからね。

 無神論と有神論の果てしない議論の決着がつかないのも、有神論的な立場に立てば、全てを整合させて創造したと主張する、オンファロスのような検証も反証も不可能な理論を打ち立てることが可能だからという一点に尽きる。仮に僕たちの世界に神がいたとしても、見た目の上ではいてもいなくても変わらないように落ち着くはずなんだ。

 それに、あそこにいる僕の無意識の化身は、キョンがいる学校を偏差値と関係なく今みたいに消し去っていた気がするんだ。特に、その学校が涼宮さんと同じ学校だったらね。陳腐だが、ジェラシーとはそんなものさ。

 だから、光陽園と北高の偏差値が近いことには、あまり実質的な意味はないと言って差し支えないだろう。よく考えると確かに奇妙だが、校舎消滅の理由としては、それほど本質的ではない」

「そんなものかもな」


 キョンが納得する姿を見て、ハルヒがホッと溜息をつくのが、わずかに聞こえた。

 光陽園と北高を全国トップクラスの進学校に作り替えたのは他ならぬハルヒだから、分からない話ではない。

 傍若無人に見えて、隠し持っている責任感は人一倍のハルヒのことだから、閉鎖空間内の限定的な出来事だとはいえ、自分の改変のせいで北高消滅という結果になってしまったのではないか、と秘かに思い悩んでいたのだろう。

 ことにこの空間内では、彼女のテイクツーは使えず、消滅した北高を元に戻す力を持っていないのだから。


「とにかく、ここにいつまでもいても仕方がないわ。まずはあの巨人、古泉くんたちの言う神人に、話しかけてみないと」


 そう言って駆け出そうとしたハルヒを止めたのは、古泉だった。


「涼宮さん、ここでは昔ながらの僕の力も、半分程度ではあるのですが使えるようです。失礼ながら、この力が意味もなく備わっているとは思いません。最終的に涼宮さんがされたような対話法で解決するとしても、まずは僕が先鋒となって、あの神人を無力化したいと思うのですが、いかがでしょうか?」


 ハルヒは、少し考えたが、


「いいわ。北高を消し飛ばした分だけ、懲らしめてやりなさい。但し殺してはダメよ」


 と言った。


「了解しました」


 古泉はそういうと、掌にバスケットボールの倍程度のサイズの赤い球を出現させた。


「ふもっふ!」

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