44. 作戦

「ほう?是非聞かせてもらいたいところだね」

「涼宮さんの閉鎖空間では、神人に涼宮さんが自ら語りかけることで、涼宮さん自身が気付いていなかった心の声を聞き出すことに成功していました。同じことを、佐々木さんが佐々木さんの神人に対して行ってみてはいかがでしょうか?」

「なるほど。僕の無意識は、僕の意識の観測者としては、僕の意識よりはまだ適格だと言っていいだろう。観測者が観測者自身を観測する状況からは外れ、わずかとはいえ観測者と観測対象の間に距離が生まれるからね。

 やってみる価値はあると思うよ。えーっと…」

「古泉一樹です」

「古泉くん、か。これからよろしく頼むよ。どうやらキョンや橘さんも既にお世話になっているようだけど」

「そうですね。特に彼は、普段から話していても、大変興味深い人物ですよ。涼宮さんと佐々木さんがそろって惹かれるのも無理はない。僕も、彼と出会えてよかったと思っているんですよ」

「その気持ちはよく分かるな。キョンは、どんな人でもそのままの姿で受け止めてくれるからね。そして、必要以上に深入りはしない」

「よく理解できる話です。

 時折、思考停止ないし思考の放棄とも取れることや、恋愛関係を想定した場合、鈍感だと言わずにはいられないところなどは、玉に瑕ですが」

「くっく。手厳しいね。だが、僕も同じことを考えていた。キョンのそういうところは、人の長所とされる性質も、見方や状況次第では短所に変わるといういい例だ。

 キョンは、親友にするにはふさわしいが、恋人にするとなるとなかなか難しい。そう考えると、涼宮さんも大変だね」

「佐々木、古泉、全部丸聞こえだぞ。俺に言わせれば、ハルヒにいつも振り回される方が大変だと思うがな」

「どうだろう。

 それだけ振り回さなければキミが涼宮さんの気持ちに気付かなかったのだとしたら、涼宮さんも大変だったんじゃないかな。振り回される側も、なまじ逆らおうとすればその分だけエネルギーを使うが、振り回す側は相手の抵抗力の分も上乗せしたエネルギーを使うことになるからね。どちらかというと素直な部類に入るキミでも、抵抗0というわけには行かない。尤も、かといって抵抗があまり大きくないのは確かなんだけどね」

「あいつの無尽蔵のバイタリティーを考えれば、俺を振り回すことなんて大したことなさそうだがな」

「確かに涼宮さんは太陽の如き存在だ。だが、その太陽の核融合反応も、せいぜい百億年しか続かない。我々から見て無尽蔵に見える何かも、殆どの場合は有限だ。

 もう少し分かりやすい例では、石油がいい例だろう。シェールオイルの採掘が可能になるなどの技術の発達で何とか可採年数を伸ばしてはいるが、そんな状況は永続はしない。石油はかつての生命のなれの果てで、過去に生きていた生命の数は、当然現在と同じく有限だからね。だが、そのスケールが僕達から見ると十分に大きいため、今のところ、石油産業の関係者でもない限り、石油がいずれ枯渇するという事実の実感がなかなか持てないという訳さ。

 だから、涼宮さんだって、時にはエネルギー切れになって疲れ果てることもあるだろう。キョンはそうではないという錯覚を抱いていそうだけど、そう考えたとき、やはりキミの恋人という道を選ぶことは、涼宮さんにとっても大きな決断だったんじゃないかな」

「言われてみれば、そうかもしれんな。長門曰く時間の問題だったとはいえ、あいつが俺に告ってきたのはそこにいる異世界人の彼の後押しがあったかららしいし。

 あいつが人から後押ししてもらわないと動けないなんて、よほどのことだったんだろうな」


 と言って、キョンはハルヒの方へ向き直り、


「お前にも苦労かけたな、ハルヒ。いつもありがとよ」


 と微笑んだ。ハルヒは、赤面しながらそっぽを向いて、


「全部聞かされないと分からないんじゃ、ありがたみが半減するじゃないの。

 まあいいわ、分かってくれただけキョンにしては大きな進歩だと思うし。団長のあたしがいつも団員のことでどれだけ苦労しているか、これからは考えてそのありがたみをたっぷり噛み締めなさいよ」


 と怒ったような表情を作って言ったが、その口調が満更でもないという気持ちを示していた。

 古泉は、その様子を見て、


「さて、場の雰囲気も落ち着いたところで、そろそろ向かいましょうか。神人のところへ」


 と言い、一同が頷くと、


「いいけど、また車に乗って戻るのもつまらないし、さっさとワープしちゃいましょ」


 とハルヒが声をかけた。キョンの溜息が聞こえた気がしたが、


「さすがハルヒお姉ちゃん、善は急げっていうもんね」

「なるほど、それはいいアイディアですね。流石は涼宮さんです」

「あたしは構いません。でも、行きのあたしの努力は何だったんだろう」

「私の出番と威力を知らしめる場、ということにでもしておきましょう。昔東京から横浜まで歩いたことがあるのですが、その帰りに乗った東海道線の速さには感じるものがありました。それと同じ原理、真打は後出ししてこそ価値が出る、ということです」

「みんな、分かってるじゃない。キョンも見習いなさい」


 と、その他諸氏は概ね賛成の声をあげたが、佐々木は一考の上疑問を挟んだ。


「それができるなら、僕は異論はない。むしろ合理的なルートだ。だが、彼の言う『出番』以外に、キミたちが行きにそうしなかったのには、何らかの阻害因子があったからと思ったんだがな」

「特にないわ。ただ、このクリーム色の不思議空間でドライブを楽しむのも面白そうじゃない、と思っただけよ」

「単に思いつかなかっただけじゃねえのか」

「ち、違うわよ。実際、部室棟から校門まであたしたちは実際ワープしたわけだしね」

「くっく。大体のところは分かった。とりあえず心配はなさそうだな。それでは、僕もワープさせてもらうとしよう。ただ、北高に近付き過ぎると危険かもしれないから、まずは光陽園に移って、状況を把握することとしないか」

「それもそうね。いいわ、そうしましょ!みんな、彼の近くに寄って!」

「それでは参ります」


 こうして私達は、ひとまずは光陽園へとワープした。

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