39. 朝倉涼子と情報統合思念体と情報創造者たち
声の主は、青い髪をなびかせる、やや古風な雰囲気を持った美少女だった。初めに声を出したのは、キョンだった。
「朝倉…?」
「そうよ。喜緑さんを出し抜くのは大変だったわ。でも、ここに入ってしまえば喜緑さんもそう簡単には手出しできない。このSOS団の部室は、こんなにドロドロな空間なんですもの」
「目的は何だ?」
「情報統合思念体の急進派は、天蓋領域に対して優位性を確保するための最終手段を取ることを決定したの。前に長門さんがやったことと同じことを、今度は恒久化させるために」
「は?」
「私達が自律進化するために必要なことは、涼宮さんの能力を直接奪取することだという結論に落ち着いたのよ。だから、私は涼宮ハルヒを殺してその力を奪う」
朝倉の手には、いつしかナイフが握られていた。周囲を見ると、幾何学模様が泳いでいる。こっちの朝倉のことを十分には知らないであろうハレノヒが、怯えた叫びをあげる。
「ちょっと、涼子?」
「安心して。本来こっちの時空にいないはずのあなたはちゃんと元の時空に返してあげるから。ちなみにあっちの私は普通の人間だから今まで通り仲良くしてあげてね。
とにかく、私が用があるのは、元からこっちにいる涼宮さんの方よ」
ニッコリとほほ笑む朝倉に、ハルヒが怒鳴りつけた。
「あんた、ふざけないで。こんな大変な時に。あたしたちは佐々木さんを助けないといけないのよ」
「佐々木さんなんてどうなってもいいじゃない。彼女の持つ情報操作能力は、情報統合思念体の情報操作能力にも及ばない微弱なものだわ。どこか別のところで一人サンドボックス世界を楽しんでもらっても、私達はなにも困らない。
でもね、涼宮さん。あなたが自覚的にその力を使うことになると、私達は困るのよ。だって、情報統合思念体も天蓋領域も超える、第三の宇宙的情報生命体を作り出しかねないんだもの。あなたが宇宙人の登場を望む限り、いつそうなってもおかしくないの。だからあなたには死んでもらうわ。あなたの能力を奪取した暁には、私達急進派こそが、宇宙に覇を唱えるのよ」
「朝倉、あたしを怒らせないうちに下がることね。あんたがキョンを何度も殺そうとしたという事実だけで、あたしはあんただけは許さないことに決めてるの。今すぐ出て行ったら今日のところは見逃してあげる。二度とあたしの前で姿を見せないで」
「流石は涼宮さん、強気なのね。でも、そいつらを守りながら私と戦えるかしら?」
「有希、九曜ちゃん、行くわよ」
「……了解した。パーソナルネーム朝倉涼子を敵性と判定、喜緑江美里に対して情報結合の解除を申請する」
「--実行する。危険性は急速に上昇中」
「無駄よ。この空間は私の情報制御空間。内外からの妨害を想定して、これまで以上に強固にしてあるわ」
「朝倉、この辺でやめとけ。お前も藤原の二の舞にはなりたくないだろ?この空間でお前の味方をする者は誰もいないんだ」
「それでも、誰も私の意に反して攻性情報を展開することはできないはずよ。ここはそういう空間なの」
「ハルヒならできるさ。お前の力はハルヒには遠く及ばない」
「やってみる?」
言いながら朝倉は触手と化した腕を高速で伸ばし、長門を貫いた。
「有希!」
「平気。肉体の損傷は大したことない」
「さあ、涼宮さん、あなたはこれを見てどうするかしら?」
「…出てけ」
「え?」
「ここから、出てけ!」
ハルヒが叫ぶと、周囲の空間は瞬く間に元の文芸部室に戻り……。
朝倉涼子は、消えていた。
力が抜けたかのように椅子に腰かけてほっと息を吐いたハルヒに、ポツリと話しかけたのは、いつの間にか肉体の修復を終えた長門であった。
「……朝倉涼子並びに情報統合思念体急進派は消滅した。今後朝倉涼子は再生しない」
「--私の観測記録はあなたの正当性を支持する」
「えっ?あたしは、いくら朝倉でも、その消滅までは願ってないわよ」
「涼宮ハルヒの情報操作によって朝倉涼子は情報統合思念体急進派の構成情報に強制的に吸収された。但しこの時点では朝倉涼子はヒューマノイドインターフェースとしての情報連結を解除されたのみであった。つまり朝倉涼子は必要に応じて再構成可能であった。
朝倉涼子と情報統合思念体急進派の構成情報を完全に消去したのは、……彼」
「は?あんた…」
驚いた顔で何かハルヒが言いかけたが、お構いなしに長門は続ける。
「……情報統合思念体の主流派、穏健派、革新派並びに折衷派は、彼への服従コードを構成情報に挿入した。違反した場合、情報統合思念体の当該派閥は内部崩壊する」
「えーっと、それって、逆らったら消されるから先に従うことにしたってこと?
あんた、すごいじゃない。まさか宇宙人の裏ボスにもなっちゃうなんて。
でも、やっぱり朝倉の消滅はいただけないわ。いくらあの朝倉でも、完全に消し去るのはやり過ぎよ」
「ですが、情報統合思念体の急進派もろとも消し去った方が、ハルヒさんやSOS団に危害をくわえようと目論む存在が一つ減って望ましいのではありませんか?」
私がそういうと、ハルヒはグッと顔を近づけて睨んできた。
「いい?あんた、あたしは宇宙人や未来人や超能力者と『一緒に遊びたい』のよ。
あたしはね、たとえ今は敵対している相手でも、いつかは分かり合えると信じているの。だから、敵対するならどこか遠いところに引き離して手出しできないようにはするかもしれないけど、その存在を消し去るなんて論外よ。情報生命体の情報を消し去ることって、人間でいう殺しと同義なのよ?分かってる?」
「本当にそうでしょうか?情報統合思念体の内部派閥は、一つの生命体の中の異なる考え方同士かもしれないのですよ。そうすると、私がやったのは、情報統合思念体の内部で抱える葛藤を減らしてやったことに過ぎなくなる」
「そうだとしても、あたしはこんなやり方は認めないわ。助けてくれたのは感謝するけど、今度からもうちょっとマシな方法を選んでちょうだい。後できれば修復して」
「分かりました、次からは気を付けましょう。ですが、私は修復には反対なので、どうしてもやりたければハルヒさんが実行してください」
「しょうがないわね。有希、ちょっと頭貸して」
ハルヒは、長門の頭に手をかざした。どうやら、長門を通じて情報統合思念体がどんな存在か読み取ろうとしているのだろう。
「…なるほど、こういう感じなのね。それじゃあ行くわよ」
ハルヒが目をつぶって、空から何かを呼び寄せるかのようなポーズをとると、長門が言った。
「情報統合思念体急進派と朝倉涼子の構成情報の修復が観測された。但し情報統合思念体本体からは独立した別の情報生命体に改変された」
「まさか、こんなにすぐに戻ってこられるとは思わなかったわ」
「あ、朝倉なのか?おい、ハルヒ…」
「うふふっ、驚いた?でももっと驚いているのは、消されたり復活させられたりした私達よ。
本当は私達を消し去った彼に今すぐ復讐したいところだけど、それも叶わなそうだし、困っちゃう。
とりあえず、こうして涼宮さんの手で復活させてもらった以上、私達は涼宮さんへの絶対的服従を誓わざるを得ないわね。それが私達なりの恩返しよ」
「……情報統合思念体急進派が涼宮ハルヒへの絶対的服従コードを構成情報に挿入したことが観測された。主流派が挿入した彼への服従コードよりも強力。情報統合思念体急進派は、明示的な命令の有無に依らず、涼宮ハルヒの意向に沿った行動以外の行動が一切不可能となった」
「そういうことよ。だから、涼宮さんもキョン君も、もう私達があなた達を殺そうとすることはもうないわね。涼宮さんがまかり間違って自殺でも願わない限り」
「ふうん。随分あっさり言ってくれるじゃない。まあ、いいわ。
それならあんたたちはSOS団宇宙第一支部と改名しなさい。朝倉はその支部長に任命してあげる。許したわけじゃないけど、他に情報統合思念体の急進派に属する知り合いもいないしね。ちなみに宇宙第二支部は、彼に忠誠を誓った情報統合思念体の各派閥よ。支部長は、とりあえず喜緑さんでいいわ。ここにはいないみたいだけど、有希、後で腕章届けてちょうだい。
それじゃあ早速第一支部と第二支部は、まずは情報統合思念体の残る派閥、思索派を引き入れる作業に取り掛かりなさい。
朝倉はひとまず宇宙空間で活動してきて。キョンの顔を見る限り、今はまだカナダから帰ってもらっても、受け入れてもらえないと思うから」
「…仕方ないわね、それじゃ、今日はさようなら。またいつかお会いしましょう」
朝倉は、光の球となって窓の開いていた部室から飛び出し、地球から離れていった。
「おい、ハルヒ。お前あいつの言うこと信じるのか?」
「有希も朝倉の主張を支持するような観測結果が出たと言ってるじゃない。大丈夫よ」
超新星もかくやという笑みを浮かべたハルヒは、急展開を見て頭を抱える橘京子の方へと向き直り、
「思わぬ邪魔が入ったけど、今度こそ佐々木さんを救出するわ。京子、お願い!」
と号令をかけた。
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