40. 佐々木の閉鎖空間

「は、はい、それじゃあ今度こそ、皆さんあたしの手を握ってくださいね」


 動揺しながらもそう声をかけた橘京子の手を握ると、空間は瞬時にクリーム色に変わった。ただ、空間の拡大を反映するかのように、脈打つように波立っている点で、私が元の世界で見聞きしている佐々木の閉鎖空間とは異なった。


「佐々木さんは、この空間の中のどこかにはいます。それは分かるんですが、どこにいるかまでは分かりません。ここからは、あたしにできることは限られているわ」

「何か手掛かりになる場所を探り当てる必要がありそうですね。あなたはお心当たりはありますか?」

「まずは光陽園の中にいるかチェックするべきなんじゃねえか」

「キョン、あんたの答えは普通過ぎるわ。古泉くんが言ってるのは、多分あんたと佐々木さんにとってゆかりのある場所のことよ。

 でもまあ、一番近いのは光陽園だし、まずはそこから探すとしましょ。キョンは佐々木さんその間にゆかりの地を一覧表にまとめて即答できるところまで持っていきなさい」

「へいへい」

「…なんか神人に睨まれていますね。ハルヒさん、どこに行くにしてもここは早いところ出ましょう。佐々木さんが何を考えているにしても、明らかに私達はあまり歓迎されていないようですし」

「そうね。あたしが前に会ったあれと違って、こっちからはなんか邪悪な気配を感じるわ」

「佐々木はなかなか常識的な人格だから、そんなに邪悪だと思いたくはないがな。まあ、確かに俺たちを敵視しているように見えるし、早いところ広いところに出た方が良さそうだな」


 部室の前に立っていたのは、ハルヒの閉鎖空間に出る青白い巨人ではなく、赤黒い光を纏った巨人であった。巨人が拳を振り上げる。

 振り下ろされる前に、全員急いで部室から出て、出口方面へと駆け出す。

 振り下ろされた拳は、破壊音を立てることなく、空間を丸ごと削り落とした。出来上がった真空に向けて流れ込む空気の流れが発生したのが感じられる。


「おいおい、そんなのありかよ」

「佐々木さんの能力は世界の複製と複製の消去なの。言ったでしょ?かけら一つ残さずに消し去るところは、そのいい証明だわ」

「とにかく、ここから出るぞ。このままだと埒が明かん」

「そうですね。触れただけで消し去られてしまうようですし、一旦距離を取る必要がありそうです。僕も、こんな神人は初めて見ます」


 巨人が再び拳を振り上げるのが見える。私は言った。


「仕方がありません。校門付近にワープします。みんな、離れないで」


 拳が振り下ろされる……。

 が、その拳が到達する前に、私達は巨人から離れた校門前に移動した。


「ところでハルヒさん、あなたはご自分の力をここで使えますか?」

「試してみるけど、何したらいいかしら?」

「例えば、あの神人の無力化とかできますか?」


 ハルヒは、目をつぶって何やら考え込んでいたが、


「ダメね。神人の無力化はもちろん、ワープなども試してみたけど、この空間ではあたしの力は無力化されている。恐らく、あたしの力自体がこの空間では複製されていないというところだと思う。情報統合思念体との接続も試みたけど、ここにはそもそも存在しないみたい。この空間内には情報統合思念体も天蓋領域も全く存在しないとみていいわね。

 存在するのは、京子と古泉くんの超能力、そしてあんたの力だけ。佐々木さんが知りうる範囲の特殊能力や宇宙人、未来人はまず消し去られていると言っていいわ。

 京子の力が消し去られていないのは、多分心のどこかでキョンに来て欲しいと思っているからで、これは例外。

 古泉くんの力は、あたしの閉鎖空間の中でしか発動しないうえにあたしが変質させたこともあって、佐々木さんには詳しいところが知られていなかったから消去を免れてるんだと思う。

 有希や九曜ちゃんを外で待機させておいてよかったわ。入ってたらあの子たちがどんな力を持っていたとしても、無条件で消滅していた気がする」

「しかし、佐々木さんに知られたら、彼の力も消されるかもしれませんね」

「それは多分、あたしにも佐々木さんにもできないことだと思う。古泉くんなら、ヤスミちゃんが入団試験で書いた言葉、覚えているよね?」

「なるほど。涼宮さんの力が及ばない異世界から来た彼の力は、結局はこの世界の住人に過ぎない佐々木さんの力では消去できないということですね。ここまでくると、異世界人はもはや反則的なレベルです」

「そうよ。彼は、何でもアリなんだから。…でも、この閉鎖空間の解消は、彼が情報操作によって強制的に行っちゃいけないと思う。できなくはないだろうけど、それじゃ根本的な解決には至らないと思うわ。

 これは、結局はキョンがいないとベストな解決には導けないのよね。

 そういう意味では、キョン、あんたってなんかすごいよね。あたしの時もあんたが必要だったみたいだし」

「そう、なのかな?前に国木田が言ってたことと逆で、俺がどうも変わり者の女にばかり好かれているというだけの気もしないでもないが」

「誰が変わり者だって?まあ、いいわ。

 でもやっぱりさっきのは取り消し。結局、今の状況もあんたがヘタレだったから発生していることなんだし。

 まあ、これまでの裏方での活躍を見てると、ここまで来たらあんたなら何とかしてくれるとは思うけど、ちゃんとしなさいよ」

「分かってるよ、ハルヒ」

「…何よ、その目」

「いや、何でもない」

「言いたいことがあるんだったらはっきり言いなさいよ」

「そうだな、お前がSOS団の団長で良かったぜ。お前なら、世界を任せてもきっと何とかなる気がするよ」

「キョン…。あんた、時々そういう当たり前のことをやけに真面目腐った口調で言うよね。まあ、分かってるんだったらいいけどさ」

「それで、ここからどうするんだ?光陽園を探すんだろ?」

「うーん、それなんだけどさ…」

「なんだ?」

「あんた、本当に佐々木さんのいそうな場所に心当たりはないの?きっと佐々木さん、こんなところにはいないと思うわ。だって…」

「だって?」

「光陽園は、あんたと縁もゆかりもない学校だから。ハレノヒちゃんとの一件は、佐々木さんはそこまで詳しくは知らないはずだし、少なくとも佐々木さんにとっては、あんたとの思い出がないんだもん。

 新世界を作り出したいほどひどい気分のときは、そんなところにはいないものよ。特にどこかであんたに探して欲しいと思ってるんだったらね」

「仮にハルヒがそういう立場だったら、例えばどこにするんだ?」

「それは…万一あたしがそんな気分になる時があったら、あんたが自分で探しなさい。でも、そもそもあたしをそんな気分にさせないでよね」

「そうだな。で、佐々木との思い出の場所、だっけ…?んーと、そうだな、俺たちが一緒に通っていた塾なんかが当てはまりそうだが」

「じゃあ、まずはそこに行きましょ。ついでにその時の通い路もたどっていくわよ。道案内はあんたに任せたわ」


 そう言って、ハルヒはキョンを引っ張ろうとした。


「待て」

「何よ」

「逆方向だ。まずは駅に行かないと話にならんだろ」

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