37. 涼宮ハルヒとゲテモノ

「ああ、もう、ほんと辛いわねこれ。あたしの母親でもここまで極端な味の料理はめったに作らないわ。せっかくの鹿肉が、辛さで埋まっちゃって殆ど味わえないじゃないの」

「たまになら作るのかい」

「そんなことどうでもいいでしょ。

 それより、佐々木さんの件ね。見た感じ、みんなキョンからあらかたのことは聞いたようね。要するに、このキョンが鈍感でいつまでも色んな女の子に対して煮え切らない態度をとってきた結果、佐々木さんを深く傷付けちゃった、ということなの」

「確かに彼は、こと恋愛に関してはわざとではないかと思えるほどに鈍感ですからね。様々な形で伝えたヒントをことごとく無視されてきた僕が保証しましょう」

「それは古泉のヒントとやらが回りくどかっただけだろ。お前の説明はいつも長ったらしいし無駄にもったいぶっているからな」

「おや。僕としてはそんなつもりは全くなかったのですけどね」

「あの…、キョン君は、涼宮さんが一生懸命サプライズになるように企画していたのに、バレンタインデーのことをすっかり忘れていましたよね?涼宮さんじゃなくても、そういうところはちょっと、その…、おっとりし過ぎだと誰もが考えると思います」

「朝比奈さんまで…。あの時の俺は朝比奈みちるとしてのあなたのお世話で精一杯だったんですよ」

「嘘です。みちるとしてのわたしは2月13日に未来に帰っています。たとえそれまでわたしのことで忙しくて気付けなかったとしても、あの日に再集合をかけられた時点で気付いていなかったのはおかしいんです」

「俺はハルヒほど勘は良くないんですよ」

「つまりはそういうことです。キョン君に開き直るつもりがないのは分かっているけど、今の発言は立派な開き直りになっていますよ」

「え?」

「あなたはたった今、あなたが涼宮ハルヒと比較して敏感ではないことを自認した」

「長門?」

「すなわちあなたの言説が真であれば、涼宮ハルヒから見てあなたが鈍感であるという判断は妥当であると結論付けられることを意味する」

「--あなたの瞳は……何も知らないのね---」

「そういうことよ、キョン。あんたは鈍感過ぎなのよ。

 という訳で、まずあんたは佐々木さんを探すメンバーの仲間入り確定ね。あんたがちゃんと佐々木さんに謝らない限り、佐々木さんはきっと戻ってこないわよ」

「おい、全員で探しに行くんじゃないのか?」

「古泉くんが橘さんから聞いた話が本当だったら、全員で行きたくてもたぶんそれは無理だわ。だからこそまずキョンは自分の鈍感さの責任を取って佐々木さんの捜索メンバー一号になるのよ」

「分かったよ。だがハルヒ、お前ももちろん来いよな。後は古泉と橘も必須だろう」

「キョン、何仕切ってんのよ。今じゃあたしもみんなの能力を知ってるんだから、あんたが色々考える必要はないわ。あたしに全部任せなさい」

「お前は全速前進しか考えてないだろ」

「ゲームだったらそうだけど、これは人一人の命に関する問題かもしれないのよ。あたしだって、もう少しまともな作戦を練るわよ」

「それならいいが」

「ちなみにあたしはあんたに言われずとも当然行くわ。こんな不思議話を聞かされて、団長のあたしが行かない訳ないじゃない。

 橘さんも行く必要はありそうね。後は万能異世界人のあんたも来なさい。

 みくるちゃんは危なっかしいから部室でそのまま待機。有希と九曜ちゃんは閉鎖空間に第三者が侵入しないよう外でガードする役ね。

 古泉くんについては、橘さんの話次第。確か、古泉くんは佐々木さんの閉鎖空間では力を発揮できないんでしょ?それだったら部室で待機してもらった方が安全だけど、今回は何となくそうじゃないかもしれない気がするから、とりあえず今は保留ね。

 ハレノヒちゃんは…自分で決めなさい。あたしと違って特殊能力はなくても、あんたもあたしなんだから運動能力や知的能力は当然高いと思うし、来ても来なくてもあんたを守ってくれる強力な仲間がいるんだから、あんたならどっちでも大丈夫なはずよ」

「じゃあもちろん行くわ。あたしも不思議を目の当たりにして出向かないんだったら、こっちに来た意味がないからね」

「決まりね。後は橘さんを待ちましょ。今のうちに昼食をまだ済ませていない団員は済ませること。腹が減っては戦はできないからね。

 それにしてもこのカレー、辛すぎるわね。あたしは辛さマニアでもマヨラーでもないんだから、次はもっとまともなものを買いなさいよ。これじゃあ、キョンに罰としておごらせたはずのあたしも何かの罰ゲームに巻き込まれているみたいじゃない。みくるちゃん、冷たい水をお願い」

「はい、ただいま~」

「ところでお前、なんで弁当を二箱も持ってきてるんだ?どうやら長門も二つ持ってきたようだけど」

「ハレノヒさんのお弁当が余ってしまったそうでして」

「それにしてもハレノヒの分も含めて合計4つもお揃いの弁当箱があるのはおかしいだろ。常識的に考えていくら何でもハレノヒの作り過ぎってことにならないか?」

「キョン、あんた何が言いたいの?」

「もしかしてハルヒ、本当はお弁当、持ってきてくれてたのか?」


 ハルヒはアヒル口を作ってプイと顔を背けた。


「そんな訳ないでしょ。どうしてあんたなんかのためにそんなことしないといけないのよ」

「そうだよな。お前は全部食べちゃったんだもんな。だが、それにしても不思議なんだ。今日は何故かお弁当いらないでしょって言われて、うちでも何も渡されずに送り出されてな」

「…ジョン、あんた、本当に何も気付いてないの?」

「ハルヒが言いたくないことなら、敢えて気付かなくてもいいことなんだろ」

「お姉ちゃんだって、あんたに気付いてほしくても言い出せないこともあるのよ」

「いつでも言いたいことがあれば遠慮も容赦もなく好き放題言い放てるハルヒに限って…」


 パシッ。

 キョンに本日二度目のビンタを放ったハレノヒは、どうやらハルヒの代弁者か何かのつもりらしい。


「ジョンのバカ。あんた、佐々木さんだけじゃなくハルヒお姉ちゃんのことも悲しませるつもり?」


 そのハルヒはというと、激辛カレーを一口頬張り、水と一口含むという動作を交互に繰り返していたが、


「もう、ほんと辛過ぎよこれ、何なの?」


 と言って、キョンをきっと睨みつけた。若干瞳が潤んで揺れているように見えたが、ハルヒ的にはこれはカレーの辛さのせい100%なんだろう。真相は…そこまで女性の内面に踏み込むのは、野暮だと思わないかい?

 ともかく、キョンとしてはそんな表情のハルヒを見たことの効果は抜群だったらしい。


「そうだな、ハルヒ。すまなかった。明日はお前に罰せられないように頑張るから、楽しみにしといてくれよ。俺も楽しみにしておくからさ」

「…バカキョン、もう少し話しかけるタイミングを考えなさいよ。今あたしはこの激辛カレーで手一杯なのに」


 そう言ったハルヒは、さっと目じりを小指で拭うと、激辛カレーをキョンに差し出し、


「タイミングを間違えた罰よ。あたしの分も食べなさい。…あんた、そのお弁当頂くわね」


 と言って、私が食べていたハレノヒ弁当の和風唐揚げをひょいとつまんで口に入れるまでには、いつもの笑顔に戻っていた。

 そのハルヒに、ハレノヒがじゃれつく。


「ちょっと、お姉ちゃん、それはあたしが彼にあげた分よ!お腹すいてるんだったらあたしから取りなさいよ。あたしの分ならいくらでも分けてあげるからさ」

「いいじゃないの。彼、今こそ二人分を嬉々として食べているけど、そのうち満腹になって残すと思うから、余りはあたしが消化してあげるのよ。せっかくハレノヒちゃんが作ったお弁当なんだから、残ったらもったいないでしょ?」

「もしかしてお姉ちゃんもわざとやってる?」

「この大人数で食べてるんだから、そういうことも起こるわよ。ハレノヒちゃん、文句があるなら、明日からは昼休みに彼をレンタルすることを特別に認めてあげるから、どこか二人っきりの場所に連れていくことね」

「…あんたも素直じゃないわね。まあ、いいわ」


 昼休み終了の鐘が鳴るが、誰も動こうとはしなかった。いざとなれば教室にはダミーでももう一人の自分でも送り込めるのだから、特に問題はない。

 問題は、最後の役者がいつ来るかということだった。

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