第三幕 佐々木の消失
36. 佐々木の消失
「涼宮さん、大変なことになりました。あなたが彼から話を聞いて、全てを理解している前提でお話しします。橘京子から、佐々木さんの閉鎖空間が急速に不安定化・拡大し始めたことと、佐々木さんがこの世界から消失したと思われる旨の連絡を受けました」
「つまり、今度は佐々木さんが新世界を作り始めたということ?去年のあたしが意識しないうちにやってたような」
「そのようです」
「まあ、今朝あんなことがあったから、案外無理もないことなのかもね。あの子のタガも振り切れちゃったんじゃないかしら。
でもあたしは佐々木さんが何かしたところで、この世界が壊れるという結末にはならない気がするし、有希や九曜ちゃんも落ち着いているから、急ぎすぎなくてもきっと大丈夫よ。どうすればいいかすぐにわかる訳ではないし、まずは腹ごしらえと情報収集ね」
「流石は涼宮さんです。僕としたことが、少し慌て過ぎたようです。可及的速やかに橘京子にもこちらに来てもらうとしましょう。ところで、あんなこと、とは?」
「何度も同じ手間をかけるのも面倒だし、全員集まってから話すわ。『機関』なら尾行を付けていて、とっくに全て把握していそうなものだけど、古泉くんには伝わっていないのかしらね?
まあ、いいわ。…ところで、みくるちゃんは?」
「教室で鶴屋さんにつかまっているのを確認しました」
「それなら鶴ちゃんも一緒でいいからすぐ来るように連絡するわ。後、キョンもそろそろ戻ってきて欲しいところだけど…」
「おーい、ハルヒ」
噂をすれば影、である。
「遅かったわね」
「しょうがないだろ。なんか知らんが今日はやけに購買が混んでたんだ。俺が着いたときに残っていたのはゲテモノばかりでな。美味くはないかもしれんが我慢してくれ」
差し出された品を見て、ハルヒは一瞬口をあんぐりと開けたが、すぐにキョンを睨みつけた。
「ちょっと、何よこの辛さ40倍鹿肉カツカレーって。あたしのおかあ…母親なら喜ぶかもしれないけど、あたしにはキツすぎるわ。
もう一つの方も見せなさい」
「いや、こっちは俺の分だから」
「いいから見せなさい。団長は提示された選択肢を一番最初に選ぶ権限を持つのよ。…って何よこれ?
マヨラー専用マヨネーズ10倍焼きそばとバッタの天ぷらの盛り合わせ?まさか、うちの購買で昆虫食が扱われているとは知らなかったわ。そういえば前にセミの天ぷらの話をしたけど、セミも本当に食べられるのかしら?
まあ、いいけど、こっちもこっちね。バッタの天ぷらなら噂は聞いたことあるし何とか食べられるかもしれないけど、マヨネーズ10倍はきついわね。焼きそばというよりもマヨネーズの塊じゃないの、これ」
「ああ、だから俺はこっちをいただく。お前はその激辛カレーを何とかしろ」
「待ちなさいよ!これしかなかったの?」
「これでも最後の二つで、俺に選択の余地はなかったんだ。
ハルヒなら何となくだが激辛料理でも平然と乗り越えられる気がするし、少なくともマヨネーズがどっぷりかかっている焼きそばや得体のしれない昆虫の天ぷらよりは、激辛カレーの方がまだ健康的なんじゃないか?」
「……」
「…テイクツーはなしでお願いしますね」
「まあ、いいわ。鹿肉、あたし一度食べてみたかったんだよね。珍しいし、せっかくだから頂くわ。それにしても、みくるちゃんはまだかしら?」
言いながら、激辛カレーを一口頬張ったハルヒは、アヒル口を浮かべ、
「もう、こういう時こそみくるちゃんのお茶が欲しいところなのに」
と言って、自分の茶碗を手に取って出て行ってしまった。
「さて、問題はまだあるようですね。
佐々木さんの消失と佐々木さんの閉鎖空間の拡大にくわえて、まさか周防九曜がSOS団に直接乗り込んでくるとは、これは相当な異常事態です。
もちろん、長門さんがかつて改変した世界からやってきた涼宮さんがここにいるのも相当な異常です。
どうやら、異常に異常が重なっているようですね」
「分かってないわね、古泉くん。あたしは双子の妹としてあっちの退屈で何もない世界からこっちの、ジョンも未来人も宇宙人も超能力者もいる世界に、ハルヒお姉ちゃんの力で逃がしてもらったのよ。
九曜ちゃんも、お姉ちゃん直々に光陽園支部の副支部長に任命されたわ。つまり、これは団長命令なの。問題があるなら、ハルヒお姉ちゃんから団長代理に指名された私が、必要な命令の上書きは行うわ。そうよね、九曜ちゃん?」
「---私の記憶はあなたの正当性を支持する」
「なるほど、そういうことでしたか。いやはや、こっちの涼宮さんの寛容さには恐れ入ります。僕たち三勢力のみならず、もう一人のご自身や僕達の敵対勢力かもしれない相手をも取り込んでしまうとは。そういうことでしたら、この件については僕からは何も言うことはありません」
「さすがに古泉くんはこっちでも物分かりがいいのね。ジョンも見習いなさい」
「へいへい」
部室の扉がまた開いた。
「ごっめーん!今日のみくるがあんまり可愛いからさっ、ずーっと教室で捕まえちゃってたのさっ。そしたらハルにゃんからの呼び出しがあるっていうから、他ならぬハルにゃんのお願いだしさっ、ちゃんと連れてきたにょろ」
「えーっと、遅れてごめんなさい。涼宮さんは?」
「あたしならここにいるわよ。やっぱりこっちのみくるちゃんもかわいいわね」
「わっかるー?そうなのさっ、みくるはねっ、このSOS団と北高が誇る一番のアイドルだからねっ。
ところで君はハルにゃんの双子ってとこかなーっ?ちょいとハルにゃんとは違う香りがするにょろね」
「さすがに鶴ちゃんはこっちでも勘がいいのね。あたしはハルヒお姉ちゃんの妹の涼宮ハレノヒよ。よろしくね」
「じゃあ君はハレちゃんって呼ぶにょろね。それにしても今日はなんか人が多いねっ。ここはあたしの出るべき幕じゃなさそうだねっ。てなわけでまた今度、宝探しかお花見の企画でも持っていくからさっ、楽しみにしてるといいよっ!」
かくて嵐のごとく去っていく姿を見るに、なるほど、鶴屋さんはこれはこれでなかなか面白い人物には違いない。
「それで、みくるちゃん?固まってるけど、あたしに何か用?まさか、そのおっきな胸を揉んで欲しいとかいうんじゃないわよね?」
「ふぇっ?そうじゃなくて、えっと…こっちの涼宮さんに呼ばれたのに、涼宮さんいないなあと思っただけです」
「あ、ハルヒお姉ちゃんならお茶碗持っていってたし、多分水でも飲んでると思うわ。ジョンが購買でまともなもの買いそびれたせいで、激辛カレーを食べざるを得ない状況になっちゃってね」
「えっ?涼宮さん昨日はお弁当を作るって言ってたのに、どうしたのかしら…」
「美味しすぎて朝全部食べ切っちゃったそうですよ」
「それはないと思います。涼宮さん、昨日はあんなに楽しみだって嬉しそうに話してたのに…。キョン君、涼宮さんを何か怒らせたり、悲しませたりするようなことをしたんじゃないですか?」
「佐々木と周防九曜への対応が気に食わなかったらしいですね。お陰で罰として俺が昼食をおごることとなったのですが…。
朝比奈さん、どうしてそんなに険しい目で俺を見るんですか?」
「わたしからは何も言うことはありません。これはキョン君が自分で分からなければ意味のないことだわ」
みくるから悲しいような、怒っているような瞳を向けられて黙り込んだキョンに、今度は古泉が話しかけた。
「あなたに理解していただくためにも、今朝の話、詳しくお聞かせ願えますか?特に佐々木さんとのやり取りについて。今回の佐々木さんの消失とも何か関係があるかもしれませんので」
「古泉、お前顔が近いぞ。もうコソコソ話す必要はないんだし、少し離れられないか?というかお前も佐々木の消失云々について、ちゃんと説明しろよな」
「これは失礼。ついいつもの癖が出てしまったもので」
そしてキョンが今朝佐々木をフッた経緯を説明し、古泉が改めてキョンに佐々木の消失について説明しているうちに、ハルヒは戻ってきた。
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