35. 涼宮ハルヒの弁当
ハルヒのおごりのトロピカルなジュースを飲んだ後は、特に記すほどの興味深い出来事もないまま、昼休みになった。
「ハレノヒちゃんたちがこっちに来るかもって言ってたし、今日は購買で済ませるわ。キョン、なんか適当なパンでも買ってきなさい。あたしは先に部室で待ってるわ」
「へいよ」
「あんたも部室まで来てちょうだい。ハレノヒちゃんが来ようと来なかろうと、話したいこともあるし」
「また競走しますか?」
「今はやめとくわ。多分既に有希が一番乗りしてるだろうし」
「了解です」
部室では、確かに長門がいつも通り読書していた。
「さて、今朝あんなことがあるとは思わなかったから、これどうしようかしらね…」
言いながらハルヒがカバンから取り出したのは、二人分の弁当であった。
「ねえ、有希」
「何」
「これ、余っちゃったんだけど、食べてくれるかしら」
「そう」
と簡潔に返して弁当箱を受け取る長門は、流石に隠れ大食漢だけあって問題なく食べてくれることだろう。
と考えているうちに、まあ案の定ではあるのだが、ハルヒは、
「あんたも食べる?どうせ今日もお弁当作ってないんでしょ?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「キョンが来る前に片付けてしまいなさい。見られると希少価値が減るから」
「ククク。本当はキョン君用だったのでしょう?」
「そ、そんな訳ないわよ。いい?
あのバカキョンに付き合い始めた翌日から早速弁当を渡すような真似をしてごらんなさい。鼻の下伸ばして浮かれて、そのまま去年みたいに階段から転げ落ちちゃうかもしれないでしょ。
団長は団員を甘やかすわけには行かないのよ。特にいつもやる気不足でマヌケ面を浮かべているキョンのことは絶対にね」
「なるほど」
「ああ、もう、あんたどうせ全て知ってて適当に相槌打ってるんでしょ?いい趣味じゃないわよ、それ」
「これは失礼」
「まあ、いいわ」
そうこうしているうちに、ハレノヒが周防九曜を伴って部室の扉を勢いよく開けた。
「やっほー、ハルヒお姉ちゃん、やってきたわよ」
「ここは--特別な空間……全ての始まり。未来と過去、宇宙の果てと中心を結ぶ特異点。ここは---美しいわ----」
「ハレノヒちゃん、九曜ちゃん、いらっしゃい。光陽園と北高は、制服が似ているから出入りも楽よね。ところで、あの後どうなったの?」
「佐々木さんには声かけようとしたけど、うまく行かなかったわ。あたしはあんたそっくりだからさ、たとえ別人だと分かっていても君も涼宮さんであることには変わりなく、今の僕にはまぶしすぎる、とか、九曜さんも涼宮さんとの出来事がなければ会うことはなかっただろうから今日はあまり話す気になれない、とか言って先に行っちゃったわ。
あの子、表情は見えなかったけど泣いてたわね。人がいなかったら、僕っ子なんか捨てて大泣きしてたんじゃないかしら。僕っ子なんて盾で身を守ってる子ほど、内面は誰よりも純情な乙女だと相場は決まっているものなのよ。ジョンは多分その辺分かってないわよね。
人前だから自制しているというのがありありと感じられて、その姿を見ても何もしてあげられないあたしたちは何とも情けない気分になったわ。
これもやっぱりジョンが鈍感すぎるせいよね。ところで、そのジョンはいないの?」
「九曜ちゃんにひどいこと言ったり、佐々木さんを泣かせたりした罰として、あたしの昼食をおごらせることにしたから、今頃買い出しに行ってるはずよ。時間稼ぎも兼ねて今日はいつも以上に混雑した状態に改変しているから、もうしばらく来ないわ」
「ふぅん。ところで、あんた、そのお弁当は?」
ふとハレノヒが、私を見て言った。その表情は、何やら険しい。
「ああ、これ余っちゃったから有希と彼にあたしがあげたのよ」
「お姉ちゃんも無神経よね。あたしが来る日と知っていて彼にあげるのは、さすがに違うんじゃない?」
「しょうがないじゃない。キョンのせいで余ったお弁当、捨てるわけにもいかないでしょ」
キョンのせい、ってやっぱりそういうことだと言っているようなものですよ、とツッコむのはやめにして、ハレノヒを見ると、最初ハルヒを睨んでいたハレノヒの表情は戸惑いに変わり、何やら考え込む様子で言った。
「でも…。
まあいいわ。まさか谷口や国木田に渡すわけにもいかないし、古泉くんは古泉くんで勘違いしかねないし、みくるちゃんは間違いなく小食キャラだし、いくら有希が大食いでも二つ全部渡すのはさすがにアンバランスだし、消去法だと確かに彼しかいないわね。
ジョンのバカ。
で、あんた、ハルヒお姉ちゃんの分を食べるのもいいけど、あたしの弁当も余ってるから少し食べてもらうわよ」
そう言って、ハレノヒはカバンから無造作に二箱分の弁当を取り出し、そのうち一つを私の方へとスライドさせてきた。
弁当箱は姉妹お揃いであったが、ハルヒが洋食系でそろえてきたのに対し、ハレノヒの弁当は和風テイストだった。
「ありがとさん」
食べ盛りの年代である私のことだから、二人分でもなんとかなるさ、特にこの双子からのプレゼントであれば私刑にされなくても自分から何とかしたくなるものだ、などと考えていると、ハルヒは、
「みくるちゃんと古泉くんも呼んだんだけど遅いわね。まあ、別に後で知らせればいいだけだし、いっか。
という訳で、SOS団光陽園支部創設ミーティングを開始します」
と言って拍手を促すかのようなポーズをとったので、ハレノヒと一緒に流れに乗ることにした。
「なんか寂しい反応ね。キョンは別にいいけど、みくるちゃんと古泉くんにはやっぱりいて欲しかったかも。九曜ちゃんも有希といい勝負に反応が薄いからね。
まあいいわ。早速だけどハレノヒちゃんには、光陽園支部長と団長代理の二本立てをやってもらうわよ。あんたはあたしなんだから、当然あたしの次に偉い立場になってもらうのよ。異議はミーティングで結論が出てからなら聞いてもいいわ。
団長代理は、団長のあたしがいない場では団長と全く同権で活動することができるの。これは、彼が支部統括部長であることの辻褄合わせにもなってるわ。支部長だけだと支部統括部長の彼に従う必要が生じるけど、もう一人のあたしであるあんたはあたし以外に従う必要はないと昨日も言ったし、そういう訳よ。
という訳で、改めてよろしくね、ハレノヒちゃん」
そう言いながらハルヒは、団長机から2本の腕章を取り出し、それぞれに「光陽園支部長」「団長代理」と書いてハレノヒに渡すと、
「ありがとう、お姉ちゃん」
とハレノヒはこの日一番の笑みを浮かべたが、ハルヒの笑みが一点の曇りもなく大宇宙を照らし出す笑みだとしたら、こちらはほんの僅かだけハルヒよりも光量のかけた、やや大人びた笑みに見えた。
同一人物といえども、経歴の違いが多少の違いを生んでいるのだろう。
「そして九曜ちゃんには、光陽園副支部長の肩書きをあげるわ。理由は、そうね。こっちの世界に来たハレノヒちゃんと仲良くしてくれたお礼ということにしておくわ」
「私は遂行する」
「その意気よ。それにしても、みくるちゃんたち遅いわね…」
ハルヒがそうぼやいた時、部室の扉が開いた。
「あら、遅かったじゃない…あれ、どうしたの、古泉くん?そんなに蒼ざめた顔して」
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