32. お姫様抱っこと谷口

 とはいえ、ハルヒは元々運動能力が高い。私は今回能力を高めることを控えたので、校門に入る直前で、追いつかれた。


「ちょ、ちょっとあんた、あたしに話しかけてあたしが止まった隙にスルーして抜き去るなんて、それこそズルいんじゃないの?」

「心理戦は禁止されていませんよ」

「ふうん。ところで、あんた、そっちは光陽園よ」

「ククク。その手には引っ掛かりませんよ」

「あ、あんたねえ!」

「あ、そうだ」

「えっ?」


 私はハルヒを抱えた。所謂お姫様抱っこである。


「な、何すんのよ?」

「その気でない人にキスしたお返しですよ、ハルヒさん。競走相手を抱えてはいけないというルールはない。そして、あなたを抱えたまま私が後ろ向きで教室に入れば、必然的にあなたは一着ではなくなる」

「あんた、そこまでするとは、相当な負けず嫌いね。まあ、SOS団の団員としてはこのくらいであって欲しいところだけど…ちょっとあたし相手にも容赦なさすぎじゃないかしら?」

「団長閣下は一番手になることに慣れ過ぎていると思いますので。それに…」

「異世界人は一番何でもありだから?」

「そういうことです」

「全く、しょうがないわね。キョンに負けたら承知しないわよ」

「あなたはキョン君に勝って欲しかったのでは?」

「…まさか、あんた、謀ったの?」

「どうでしょうね」

「は、放しなさいよ。それか、あたしを抱えるんだったらあんたが責任を持って勝ちなさいよ」

「どうしようかなあ。たまには団員を気遣ってやまない寛大なる団長閣下直々のおごりも、見たくありませんか、キョン君?」

「そうだな。ハルヒ、お前まさか財布忘れたとか言わないよな?」

「えっ?あんた、追いつかれてんじゃないの。ってかキョン、あたしを誰だと思ってんのよ?あたしが財布を忘れるわけないじゃない。どこかの魚の名を冠したおっちょこちょいな国民的アニメキャラじゃないんだから」

「…という訳で、あなたも選ばなければいけません。キョン君を応援するか、私を応援するか。テイクツーはズルなのでナシですよ」


 ハルヒは、大きな溜息をついて、言った。


「あんたはやっぱり全てお見通しなのね。まあ、いいわ。たまにはあたしがおごってあげる。キョンはズズイッと勝っちゃいなさい」

「了解、団長さん。わりいが今日は既に昼食代の罰金抱えているから、ジュースは頼んだぜ」

「分かったわよ」


 そしてキョン一着、二着私、ビリは僅差でハルヒとなったところで、


「WAWAWA!?」


 という世にも奇妙な鳴き声が聞こえた。

 あーあ、アホに見られたっぽい。


「お前、涼宮をお姫様抱っこかよ。一体どんな魔法使ったんだ?キョンよお、そんなことだとお前涼宮をあいつに取られちまうぞ」

「心配はいらねえよ。俺とハルヒは付き合ってるから、安心しろ、谷口」

「WAWAWA?マジかよ、お前。いやあ、良かったな。相手がこんな変人でも、我が戦友に遂に彼女ができたことを俺は誇りに思うぜ」

「キョ、キョンこらぁっ!クラスで言うなら言うって言ってから言いなさいよ。あたしにだって心の準備があるんだから…」


 そしてハルヒはギロリと谷口を睨みつけ、


「で、誰が変人だって?あんたみたいな女子全員を一方的にランク付けした挙句、一人も捕まえられていない変態ナンパ男にだけは言われたくないわ」

「俺は宇宙人を探したりなんかしねえからな。少なくともお前よりはまともだぜ」

「そんなんだからあんたは5分でフラれたのよ」

「す、涼宮、お前今になってそれ言うか?」

「そっか、やっぱりあれは体験談だったんだな、谷口。気持ちは察するぜ」


 などと話していて、やっと気づいたハルヒが暴れ出す。


「ってか、あんた、いつまで抱えているのよ?いい加減降ろしなさい!恥ずかし…くはないけど、あたしの希少価値が減るじゃないの」

「仰せのままに、我らがお姫様」


 私がそう言って降ろすと、赤面したハルヒは言った。


「お、お姫様って…、あんたバカ?」

「SOS団団長閣下がお姫様でなければ、誰が我が団のお姫様になるのでしょうか?それとも、あなたは最強の女帝陛下か何かだったのですか?」

「あんた、ひょっとしなくてもあたしのことからかってるでしょ?」

「そんなことあり…、いや、少しだけからかったかも」

「バカ」


 ハルヒがアヒル口を作って自席に座ると、待っていましたとばかりに谷口が話しかけてきた。


「で?涼宮の太ももの感触はどうだったんだ?」

「おい、谷口、その辺でやめとけ?既に爆発寸前のハルヒに、こいつが与えたストレスの分まで丸ごとまとめた形で殴られるぞ」

「そういうけどな、キョンはムッツリだからな。お前も気になってるんだろ?次はお前がお姫様抱っこする番のはずだしな」

「失礼ですが、そのような話は女性陣も大勢いるこの場で話すのは野暮でしょう。どうしてもお聞きしたければ、後でこっそりハルヒさんにだけ吹き込んでおきますので、ハルヒさんから直接訊き出してみてはいかがですか?」

「おい、そこはキョンに吹き込むべきところだろ」

「残念ながらキョン君に伝えた場合は、伝言した際のエラー発生率が、聡明なハルヒさんを経由した場合に比べて大きくなると考えられます。従って、あなたがナマに近い感想を聞き出したいとして、キョン君がそれにふさわしい伝え手だとは思いません」

「涼宮にドロップキックされた挙句教えてもらえないのよりはマシさ」

「いずれにしても、私からあなたに教えようとは思いません」

「はあ?なんでだよ?」

「私も、アホみたいな猥談を好みそうなただの人間には興味がない口ですので。これ以上は時間の無駄です」

「ああ分かったよ。せいぜい涼宮と仲良くやりたまえ」


 肩をすくめた谷口が、WAWAWAと鳴きながら自席に戻っていくのを見て、私はホッとしたかったのだが、そんな暇はなかった。


 キョンとハルヒに、同時に袖をつかまれたからだ。

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