31. キョンの選択

 まあ、それだけではないだろう。ハルヒが元々別の進学校の生徒であった佐々木を光陽園に鞍替えさせたのは、別にハレノヒが元々いた消失世界に合わせたわけではなく、彼女が潜在的ライバルを自らの監視下に置きたかったから、という意図もあるに違いない。

 それが裏目に出て、今朝の何とも言えない雰囲気になっているのだが…。


「……」

「キョン、そろそろ黙ってないでちゃんと答えなさいよ。あんた、あたしと佐々木さんと、本当はどっちがいいの?」

「ハルヒ、佐々木とは昔はよく話したりしたが、要するに親友ではあっても恋人には決してなり得ない間柄さ。あいつ自身、恋愛感情は精神病の一種だと思い続けてるし、多分今のはあいつなりにこの方面が苦手な俺の背中を押すための行為だったんだろう。

 俺が好きなのは、ハルヒ、お前だけだよ」

「あっ…。

 あんた、ちょっとはっきり言い過ぎじゃないの?あたしは嬉しいけど、あまりの落差に佐々木さんは絶対傷付くわ。もう少しデリカシーを知りなさいデリカシーを。

 でも、まあそれはいいわ。キョンは口でそういう割にはMIKURUフォルダなんか作ったり、有希とも仲良くしたりして、元々浮気性だから他の子が勘違いするのも仕方がないわね。全てキョンのせいよキョンの。

 全く、急にキスされたらグラっとするのもあんたらしいわ。まあ、最後にはあたしのところに戻ってくれると信じてるけど、それでもあんたはみくるちゃんのお茶を一口飲んだり、有希の読んでる『ユニーク』な本をチラッと見たりするたびに浮気する超高速浮気男だからね」

「ハルヒ」

「何よ?」

「MIKURUフォルダについては、放課後部室でお前にちゃんと見せてやる。パスワードはさすがに解けていないだろ?」

「そ、そうね…。って、それよりも超高速浮気男なのは否定しないのね?」

「き、聞き流してたんだ。お前が俺を悪く言うのはいつものことだからな」

「ふぅん。ヒラの癖に団長のあたしの話を聞き流すとは何事かしら?」

「お、おい、ネクタイを引っ張るな」

「キョン、惚気ているところ悪いけど、僕は先に行かせてもらうよ。今日の予習がまだ済んでいなくてね。

 キョン、キミが態度をはっきりさせてくれたことに感謝する。涼宮さん、彼を幸せにしてやってください。あんな彼だけど…」


 佐々木が声を詰まらせたので、思わずその表情を伺うと、彼女はいつもの困ったような微笑みを崩さずに、しかし、目にうっすらと涙を浮かべていた。


「キョンは、僕のたった一人の親友だから」


 いうなりくるりと背を向けた彼女は、早歩きで去っていった。肩を震わせているのが見えたが、それでも涙をぬぐうそぶりは見せずに。


「あーあ、キョン、あんたでもあんな風に女の子を泣かせることがあるのね」

「俺だって驚きだ。普段から落ち着いた物腰のあいつが泣く姿なんて初めて見たよ。佐々木のやつ、本気で俺を好きだったんだな。だが、俺はもうハルヒに決めたから、こればかりは不可抗力だ。あいつなら分かってくれるだろうよ」

「まあ、あんたが下手に慰めの電話とか入れると余計傷をえぐるだけだと思うから、今はそっとしておいてあげるしかなさそうね。あんたのお友達にしては面白い子だし、そのうち是非SOS団にも入ってもらいたいところだけど」

「ハルヒお姉ちゃん、あたし、佐々木さんを追いかけるわ。あと、今日の昼にでもSOS団光陽園支部の創設について話し合いに遊びに行くつもりだから、そのつもりでよろしく。

 九曜ちゃんも行くわよ」

「--実行する」


 いうなりハレノヒの袖を握って浮遊する周防九曜の姿に、この人宇宙人であることを隠す気はあるのだろうか、ハルヒの異時空同位体たるハレノヒが追ったとして、果たしてうまく慰めになるだろうか、などと考えながら、私が彼女たちを見送っていると、


 チュッ。


 何故かハルヒに頬をキスされた。


「ちょっと、ハルヒ?お前こそこれは浮気じゃねえのか?」

「キョン、これはあんたが九曜ちゃんと佐々木さんを悲しませた罰よ。後、今日はお弁当作ろうかと思ったけど、おいしすぎて朝全部自分で食べちゃったから、今日のあたしの昼食はあんたのおごりね」

「全く、相変わらず無茶苦茶だな、お前は」

「一番無茶苦茶なのはあんたでしょ。平凡に見えて、というか平凡を絵に描いたような存在のくせして、このあたしになんだかんだでついてきてるんだから」

「無断欠席で死刑になるのは嫌だからな」

「このバカキョン。あーあ、何であたしは異世界人でも何でもないあんたなんかを選んだんだろうね」

「……先に行く」

「分かった、有希、じゃあまた部室で会いましょ」


 爽やかなそよ風が感じられる。


「それは俺自身一番知りたいところさ。俺がジョン・スミスだからか?」

「あんたが知る必要はないわよ」

「まあ、お前が分からないことは俺にも分からんさ。お前が分かってることでさえ俺には時々分からんのだからな」

「だからあんたは万年雑用なのよ。全く、結局九曜ちゃんに彼の言い分が正しいか聞きそびれちゃったわ」


 そして、ふと空を見上げたハルヒは、第二の太陽とでも言うべき笑みを浮かべて言った。


「あ、そうだ、教室まで競走よ!負けた人は全員にジュースおごりだから!」

「お、おい、ハルヒ!」

「ほら、キョン、あんたも来なさい!異世界人の彼には絶対負けちゃダメだからね!あ、今回はパラメーターいじりもなしだから!ズルしたら無条件で失格、おごりは倍増しよ」

「ククク。それでは、開始の合図もなしにフライングしたハルヒさんのおごりですね」

「はあ?団長命令は出されたら即実行なのよ?あんたSOS団ならそれくらい知ってるでしょ?」


 そう言ってハルヒが一瞬立ち止まった隙に、私は追い抜いた。

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