29. 異世界人の価値観
永遠に近い一瞬の後、口を開いたのはキョンだった。
「…悪かったな、ハルヒ。お前を追い詰めるような真似をして。お前が、それだけ覚悟を以て世界と向き合っていることはよく分かったよ。だから、お前の好きにすればいい」
「…えっ?あたしはまだ何も…」
「そうだな。お前は何もしていない。だから、俺にはまだ自由意思はちゃんとある。お前はそこまでしなくても大丈夫だと、俺のことを信じてくれているんだよな。
ありがとな。俺も、そんなお前の信頼に応えるよ」
「ちょっと、キョン!急に何よ?あんたらしくないわ」
「そうよジョン。なんか、あんたらしくないわね」
「「あんたはもっとグダグダとみっともなく言い訳しながら、反論を重ねるやつで、そんな風に簡単に割り切るタイプじゃないもの」」
「おいおい、俺はそんな風に見られていたのか?」
やれやれ、と肩をすくめるキョン。
「彼の構成情報が改竄されたのは事実。但し、今回の情報操作を行ったのは涼宮ハルヒではない」
「「有希?」」
いつの間にか同じ車両に乗り込んでいた長門有希を見て、驚くハルヒ姉妹。
「「じゃあ、誰なのよ?」」
「涼宮ハルヒの意思に反して情報操作を行うことが可能な唯一の人物」
「「まさか…」」
「そう。彼」
ハルヒが、私のネクタイを掴んで睨みつけてくる。
「あんた、もしかしてあたしにできないと知ってて、代わりにやったの?余計なことしなくてもよかったのに」
「本当に余計でしたか?あなたは、こうして世界を作り替える力を手にして、色々面白いことに出会えているじゃないですか」
「それはそうね。でも…」
「でも?」
「キョンがそれを嫌がるんだったら、元の世界でもいいのよ」
「それでは困るんですよ。SOS団はこれまで通りのお遊びサークルに成り下がってしまう。ハルヒさんは、そんな器の人ではない」
「あんた、だからって…」
「だからって?」
「人の意思を作り替えるなんて使い方、よくためらいもなくできるわね。あたしの意思も、全部あんたの作り物なのかしら?」
「それはありません。これは最終手段です。私もできれば人の意思への介入は避けたいとは思っています。
実は昨日、長門有希の家であなた以外のSOS団団員による、世界改変についての話し合いがあったのですが、その場でも他のメンバーはあなたの力の行使を支持していました。頑固だったのはキョン君だけでしたが、まさかこんな風に他の団員の意見を無視して直訴するとまでは思っていませんでした。ともあれ、彼のあまりの頑固さの前にあなたが折れてしまいそうに見えたので、やむを得ず最終手段を取ったのです」
「確かに、理に適った対処かもしれないわ。けど…」
「けど?」
「あたしに文句ひとつ垂れないキョンなんて、キョンじゃないわ。ヒラ団員のくせに生意気で、時々あたしも折れたくなるような真剣さで諭したり怒鳴ったりしてくれる、あのキョンじゃなかったら」
「ご安心ください。改竄したのは、彼の世界改変への考え方のみです。他は一切変わっていませんよ。ですから、他のイベントに対しては変わらずに愚痴を垂れてくれることでしょう」
「それなら確かに理屈の上では問題ないわね。けど、あんた、それが異世界人の価値観なの?なんかあたしとは微妙に合わない気がするわ」
「ククク。では、揃えましょうか?」
「どっちに揃えるのよ?」
「…冗談ですよ。異なる意見があった方が、互いに不測の状況も発生して面白いではありませんか。それに、長門有希、あなたは分かっているでしょう。私とハルヒさんは、互いにそんなことができないことを」
「そう。涼宮ハルヒと彼の力は拮抗している。故に互いの意思の改竄は不可能である」
「ふうん。情報統合思念体と有希を信じない訳じゃないけど、天蓋領域の九曜ちゃんは何というかしらね。天蓋領域は、前の有希の改変を観測できる立場にあった。彼らには、情報統合思念体には見えないものが見えている可能性もあるわよね」
「間もなく、新宿、新宿、お出口は…」
噂をすれば影、というところだろうか。
「--ああ----おはよう……これは---朝の--挨拶----」
「やあ、涼宮さん、キョン。ご無沙汰しているね」
モップのように膨らんだ黒髪をなびかせ、周防九曜が乗り込んできた。思わぬ来客と共に。
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