28. キョンの抵抗
全員が山手線に乗り込んだところで、ハルヒは言った。
「キョンに問題よ。どっちが涼宮ハルヒで、どっちが涼宮ハレノヒか、当ててごらんなさい」
「お前がハルヒだ。俺のことをキョンと呼ぶハルヒはお前しかいねえ」
「ちぇっ、つまんないの。もう少し考えるフリくらいしなさいよ。あんたは少しマヌケなくらいの方が良いんだから」
「じゃあ次は一日中考え込んでやるよ」
「…それは長すぎよ。あたしとは一年以上の付き合いで、ハレノヒちゃんとはそんなに長くないはずなんだから、そこまで節穴だったら別の意味で許せないわね」
「お前は俺に悩んで欲しいのか、即答して欲しいのか」
「ハルヒさんの気持ちは、せっかくゲームしているのだから悩むそぶりは見せて欲しい、しかし、本気で悩まれたら傷付く、というところではないでしょうか」
「ちょっと、あんた、分かった風に解説しないでよ」
「図星か」
「ああ、もう、うっさい!」
ハルヒがそっぽを向くと、ハレノヒが割って入る。
「こら、ジョン、あんまりお姉ちゃんに意地悪しちゃダメよ。ハルヒお姉ちゃんったら、毎日キョ…」
「黙りなさい。ハレノヒちゃん」
「お姉ちゃん、ちょっと怖いわよ」
「このキョンに余計なことを吹き込んだら、たとえあんたがあたしだとしても許さないからね」
「わ、分かったわよ。でも異世界人の彼なら全て知ってるんじゃないかしら?」
「そうだとしたら、もちろんあんたもよ」
「私はプライバシーは尊重していますよ、ハルヒさん」
「でも、能力的には、知ろうと思えば知ることもできるんでしょ?あたしだって一人っきりでエロ本読んでマヌケっ面しているキョンの部屋を、その気になれば覗けるんだから」
「ハルヒ、お前、そんなことしたのか?」
「できるということとやるということは別物よ。するわけないじゃない。あたしはこう見えても団員のプライバシーはしっかり認める方なのよ」
「じゃあなんで…」
「やっぱりあんた、エロ本隠し持ってるのね。まあ、お年頃だから仕方ないって言ってしまえばそれまでだけど、あたしがいるんだから、今日帰ったら全部捨てなさい。ついでにMIKURUフォルダも、今度こそ完全に削除しなさい」
「おい無茶言うなよ。大体MIKURUフォルダって何なんだよ」
「ごまかしても無駄よ。あたしは、彼からこっちの世界で起こったあたしの知らないことを色々見聞きさせてもらったのよ」
「ええ、漫画にも本にも、アニメにも、MIKURUフォルダのことはしっかり記載されていますからね。観念した方がよろしいかと」
「消さないなら、みくるちゃんに直接言っちゃおうかしら?あんたが隠し撮り写真を保存してニヤけてる変態だって。そしたらみくるちゃん、あんたには二度とお茶を淹れてくれないかもね」
半ば怒って、半ば笑っているようなハルヒを見て、キョンはしばし考えてから言った。
「…なあ、ハルヒ」
「あんたに反論権はないわ。これは団長命令よ」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「何よ、話逸らす気?」
「全てを知っているお前なら、俺が気付かないうちにMIKURUフォルダを消すこともできたんじゃないか?」
「何が言いたいのよ」
「それをしないってことは、消さなくてもいい、とどこかで思ってるんじゃないか?お前自身朝比奈さんの写真をホームページにアップして悩殺館にしようとしてたくらいだし」
「違うわよ。あんたに消してもらいたいの。あたしが消したって意味がないじゃない。あんたの心根に巣食う変態の虫を追い払うお手伝いをしてあげてるのよ。感謝しなさい」
「仮にそうだとしても、お前は俺を操ってそう仕向けることもできるんだろ?だが、俺は今、その気になれば明確に拒否権を発動できることを自覚している」
「はあ?」
きょとんとしているハルヒに対して、キョンは続ける。
「お前、本当は気付いてるんだろ?全てが思い通りにできる世界なんて、面白くないことに。だから、お前は俺に敢えて選択権を委ねている。お前の本音は、『俺の好きなようにして欲しい』、だ。違うか?」
「は、反論は認めないと言ったでしょ」
「反論は認めなくても、俺は黙ってお前の命令を無視することもできるんだぞ」
ハルヒは、ハッとしたような表情を浮かべた。ついで、どこかすがるような表情になりながら、
「あんたに拒否権はないわ。あんたはSOS団の団員その一で、団長命令は絶対なんだから」
と、いつもよりやや弱々しい口調で言った。
「だが、それはお前の能力を使った絶対的な命令ではない。仮に俺がSOS団を抜けたら、お前の命令に従う義務はなくなるんだろ?」
「団長の許可なく退団なんて認めないわよ。SOS団は全員いてこそ、あんたもいてこそなんだから」
口調程に力がない言い方をしたハルヒが俯く。見かねたハレノヒが口を挟む。
「ジョン!これ以上ハルヒお姉ちゃんをいじめないで。あんた、何が言いたいの?」
「ハルヒ、お前が何をやったか、全部知っているわけじゃないが、少なくともお前は俺から意思の自由を奪わなかった。ハルヒ、お前はこうして色々変えた世界と元の世界と、どっちが良かったか、俺に訊きたくて俺の自由意思を残しているんじゃないか?」
しばしの沈黙ののち、顔を上げたハルヒには、失望の念が浮かんでいた。
「…あの時も同じだった。あんたは、やっぱりあたしの新世界が気に食わないのね。あたし、そんなにセンスがないのかしらね?」
「そういう問題じゃねえ」
「は?」
「俺はお前があらゆる方面に秀でた才能を有していることなんてとっくに知ってる。だから、お前がどんな風に世界を作り替えたとしても、俺たちSOS団が生き残れる程度の秩序が保たれていることもよく分かる」
「だったら…」
「それでも、お前の作った世界がどんなにいいところだったとしても、俺は元の世界がいいんだ」
あーあ、言っちゃった。まあ、いい。ハルヒがそれを受け入れるのなら、最悪私が差し戻すだけのことだ。
「あんた、あたしが世界を大いに盛り上げようとしているのを邪魔する気?」
「そう言いながら、お前は俺の意思を消さないんだろ?だから、お前だって本当は、こんなの望んじゃいないんじゃないのか?迷っているんじゃないのか?」
「そんなことないわよ。あんたの意思なんて、簡単にいじれるに決まってるじゃない」
「嘘だ」
「う、嘘じゃないわよ!」
「じゃあ、やってみろよ」
ハルヒは、キョンを睨みつけた。
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