27. 涼宮ハルヒの秘策

 家に帰り、翌朝を迎えた。


 この日の変化は、ドアフォンによって知ることとなった。


「「おっはよー。もう出られるわよね」」


 ドア越しには、ご存知の「双子」こと二人のハルヒがいたのだが、問題は、昨日と異なり、二人ともほとんどそっくりなルックスに変わっていたことである。

 わずかな違いは、セーラー服の真ん中の古臭いゴシック調の刺繍が、一人がお馴染みのNをかたどったものだったのに対し、もう一人はKをかたどったものだった、ということである。

 ちなみに私は今のところSOS団の誰にも住所を教えてなどいなかったのだが、団長閣下の手にかかればそんなことは何とでもできたのだろう。

 「機関」の古泉の情報網を使ったのか、キョンの妹をゲーム世界ばりの情報通に作り替えたのか、はたまた万能情報端末たる長門有希の機能を利用したのか、あるいは、涼宮ハルヒが自分の能力で自分自身に情報を与えたのか。いずれにしても、彼女が私のことを知るのは、そう難しいことではないのだ。


「今行きます」


 ドアを開けると、Nを付けた方のハルヒが言った。


「あんたに問題よ。どっちが涼宮ハルヒで、どっちが涼宮ハレノヒでしょうか?」

「Nの刺繍を付けている方が北高生の涼宮ハルヒさん。Kの刺繍を付けている方は、光陽園の涼宮ハレノヒさん、でしょうね。これがトリックで、わざと入れ替えていたりすれば別ですが」

「正解よ。キョンは分かってくれるかしらね」

「どうでしょうね」

「キョンとは駅前で待ち合わせているわ。あんたもとりあえずついてきなさい。ハレノヒちゃんと付き合ってるんだから、一緒に登校することぐらいは当たり前でしょ?」

「流石はハルヒお姉ちゃん、分かってるわね」

「当然でしょ。あんたはあたしで、あたしはあんたなんだから」


 ハルヒとハレノヒのマシンガントークが始まると、中々入るタイミングがつかみにくい。どこかのシューティングゲームのラスボスが張る弾幕でも、もう少し隙はありそうなものだ。だが、黙っていても始まらないので、ともかく私は返事をすることとした。


「仰せのままに」


 駅までの道すがら、あんたも運がいいわね、こっちに来てすぐに早速宇宙人と異世界人の知り合いができるなんて、しかもちょっと前までのあたしと違ってそのことをちゃんと知っているなんて、などとマシンガントークするハルヒ姉妹とも二人のハルヒとも言える二人組の楽しそうな顔を見て、やっぱり彼女が全てを知った方が世界は面白くなる、などと考えていると、


「「あんた、あんたも少しは話しなさいよ。あたし同士の話じゃ、気が合い過ぎてちょっとつまんないわ。せっかくあんたは異世界人なんだし、何か面白い話でもしなさい」」


 とハモられた。


「では、何故こちらのハルヒさんが、SOS団の結成以降、不思議探しの結果が芳しくなくとも年中行事を楽しくこなしたりして、それなりに満足できるようになったのか考えてみませんか?」

「言われてみれば、確かに普通のあたしだったら考えられないことよね。全てを知った今ならまだしも、あの頃のあたしはどうかしていたようね。

 でも、やっぱりキョンの一言が大きかったんだと思うわ。あたしが知らなくとも、世界は面白い方向へ進んでいる。夢ではない何かで発せられたあの一言には、有無を言わせぬ真実味があった。だから、何があるにしても、あたしが自分で気付くことができる時まで待てばいいのかな、って気がしたのよね。だから、今を思いっ切り生きてやろうと思ったのかもしれないわ」

「そうか、あんたは、あたしがあのジョンに会うまでずっと手に入れられなかった、希望をもっと早い段階で手に入れられたのね。この世に不思議があるという事実さえ分かっていれば、急ぐ必要も、すぐに見つからなくてその度に落ち込むという必要もなくなる。じっくり腰を据えられるから、今を楽しもうという気になれたのよ」

「流石はあたしね。あたしのこと、よく分かってるじゃないの、ハレノヒちゃん」

「当然でしょ、お姉ちゃん」

「でもさ、あんた、よくあたしに全て知らせようなんて考え付いたよね。

 少なくとも、あんたの世界に伝わっている本の序盤では、みんな揃ってあたしに伝えることはリスクが大きいって言ってたのに。というか、あたしがパニックになったりする可能性とかは考えなかった訳?」

「考えませんでしたね。何せ、あの凡庸なキョン君があなた以上に色々な異常現象を目の当たりにして何とかなっているのだから、聡明なあなたなら当然平気だろうと思いました。

 ハルヒさんほど聡明であれば、たとえ自身の力を使って何か失敗したり、無意識に行使した力の有様を見て自責の念に囚われそうになったりしたとしても大丈夫だと、ほぼ確信していました。まさにその力を使えば、時間を戻してやり直したり、失敗した世界を捨てて世界をある時点からリセットしたり、いくらでも対処のしようはあるのですし、あなたならそのことにすぐに気付いて、落ち着きを取り戻せると見込んでいましたから」

「あんた、流石にちょっとあたしを買いかぶり過ぎよ。

 確かにあたしは、あんたの言うように、失敗してもやり直せること自体もあたしの力に含まれていることには、そう時間がかからないうちに気づいたわ。

 でも、最初に話を聞いた晩は、流石に戸惑ったし、かなり遅くなるまで寝付けなかった。あまりに突拍子もない能力だったから、さしものあたしでも使いこなせるか、ちょっとは不安だったわ」

「過去形だということは、今は使いこなせるようになったということですね」

「当然よ。あたしにかかれば、神様だろうが閻魔だろうがどうとでもできるのよ。

 という訳で、あんたに問題。あたしがうまくやるまでに、あたしはこの世界を何回やり直したでしょうか?

 ちなみに有希や九曜ちゃんに訊いても分からないと思うわ。情報統合思念体も天蓋領域も、事実かどうかはさておき、この世界は一回目だと思い込んでいるはずだからね」

「ハルヒさんの改変能力の及ばぬ世界から観測していた、異世界人の私ならその答えは分かります。が、ここは敢えて正解は答えないでおきましょう。ハルヒさんが泥臭く色々試して失敗した改変歴が仮にあったとして、それについてあれこれ話して、万一キョン君にでも漏れたら大変ですからね」

「そうね。フフッ。

 これまではキョンがあたしから色々隠してたようだけど、今度はあたしがキョンから隠す番、ということになるわね。あんたとハレノヒちゃんも共犯よ」

「了解しました」

「そうね。ジョンがお姉ちゃんからひた隠しにしていた不思議の分の倍くらいは、ジョンにお灸をすえてやらなければね」

「有希や九曜ちゃんはそれなりに色々見抜く力を持っていると思うから、特に必要がない限りは改変内容を彼女たちには隠蔽する必要はないわね。彼らの上位に存在する情報統合思念体や天蓋領域の活動を妨害しない限り、向こうとしても観測データが得られてwin-winだから、特に邪魔することもないと思うしね。

 でも、古泉くんやみくるちゃんについては、あんまりペラペラと漏らし過ぎない方が良い気がするわね。生物学的には人間なんだし、どうしても知らせる必要がない限り、今後の改変は伏せさせてもらうわ。

 そしてキョンはもちろん論外。あいつに知られると、なんか理由を付けて邪魔してくるのは目に見えているしね」

「そうね、ジョンは色々体験している割にどこまでも普通だからね。まあ、それがジョンの魅力と言えなくもないんだけど」

「そうよね。キョンはやっぱりあのマヌケ面じゃ無けりゃね」

「誰がマヌケ面だ?」

「えっ?キョン!?」

「ジョン!?」


 気付いたら駅前広場に差し掛かっていて、背後にキョンが立っていた。


「というか、お前ら、俺だけ蚊帳の外にして何か企んでるだろ?キョンは論外とかなんとか言ってるの、聞こえたぞ」

「「そんなことはないわ!」」

「…テイクツー。キョンがこんなに近くにいたとは、迂闊だったわ」


 ハルヒがつぶやくのが聞こえた。


………

……


「そうよね。キョンはやっぱりあのマヌケ面じゃ無けりゃね」

「おーい、ハルヒ!」


 振り返ると、キョンが手を振りながら走ってくるのが見えた。あの距離なら、いくらハルヒボイスが通常でも十分に大音量でよくとおるものであったとしても、会話の中身を凡人キョンが聞き取ることは不可能だろう。


 なるほど、必要ならためらいなく記憶を消した上でやり直す。確かに、元々万能人間であるハルヒは、その特殊能力も完全にものにしており、「機関」がいうところの神の領域に真に近付きつつあるようであった。そのことが、私としては嬉しかった。


 尤も、彼女とてこの私をごまかすことはできないのだけどね。

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