25. それぞれの立場

 確かにこれは予定調和的な最適解というところなのだろう。ハルヒは本命たるキョンを捕まえ、そのキョン、あるいはジョン・スミスに会いたがっているハレノヒこと消失世界のハルヒは彼に会うことを達成しながらもこちらのハルヒとの共存を実現し、そして、ハルヒを愛している私には、消失世界版のもう一人のハルヒがあてがわれる。

 みんなが最大限満足できる関係性として、私とハレノヒが付き合うという線は、確かに理に適っていた。


「流石は聡明なハルヒさんとハレノヒさんご姉妹の仕掛けたプロットですね。私は、ハレノヒさんでも構いませんよ。ただ…」

「ただ?」

「本音を言うと、北高の制服の方が、光陽園の制服よりもハルヒさん、ハレノヒさんには似合っていると思うんですよ。光陽園の制服は、どうも色が暗すぎてあなた方には合わない。それに、この世界の今の状況だと、光陽園は別の駅にあるがゆえに、ハレノヒさんと一緒にいられる時間が必然的に限られてしまう」


 要するに、ハレノヒを、記憶のみならず姿形までなるべくハルヒに近い形に持っていきたかったわけだが、これを聞いて赤面したのは、何故かハルヒだった。


「バカ、そんなことだったら、あたしが何とかしておくわ。あんたは何も心配いらないの。あたしに任せなさい」

「分かりました。それじゃ、私もそろそろこの辺で」

「「じゃあね、また明日」」


 ちょうど彼女たちの家と分岐する地点までたどり着いたので、私は別れることとした。流石は我らの超監督閣下である。今日一日だけで、かなり密度の濃い時間が過ごせた。


 だが、まだやるべきことが残っていた。


 一度家に帰り、とりあえず適当な私服に着替えた私は、長門のマンションへと赴いた。


「5708か…」


 そう独り言ちてインターフォンを鳴らすと、私が何も言わないうちに自動ドアがサッと開いた。

 スムーズな対応だと思いながら、エレベーターで5708号室に向かい、ドアフォンを鳴らすと、まるで待っていたかのようなスムーズさでドアが開いた。


「ほう…」


 中にいたのは、長門一人ではなかった。


「これはこれは。あなたもお呼ばれだったのですね」


 スマイルを浮かべて近づいてきた古泉の背後の、シンプルなこたつを囲んで、キョンとみくるも座っていた。


 要するに、団長閣下を除いた、いつものメンバーが集まっていた。

 あらかたのことが団長本人に知られた今、何をまだコソコソする必要があるのだろうか、などと考えながら、私も開いている席に身を置いた。


「ハルヒさん以外の北高SOS団の団員が揃い踏みしている訳ですが、目的は何でしょうか?」

「あなたというイレギュラー分子がこの世界に入り込んだ結果、涼宮さんが意識的・無意識的に起こした各種アクションについての今後の対応策の検討です」

「お前のせいで起こった今日一日の変化に、俺はまるっきりついていけてねえ。神人が子供時代のハルヒに化けたり、いきなり俺とハルヒが付き合うことになったり、あいつが消失した時の光陽園のハルヒがこっちに来ていたり、あまつさえ周防と仲良くしていたり。あいつの映画でも、もっとマシなペースで展開すること請け合いだぜ」

「わたしからも説明します。不思議なことに、今日涼宮さんが発生させた一連の時空震は、大規模であるにも拘らず、未来への影響が無視できるという奇妙なことこの上ない現象なんです。未来からは、特に手出ししなくてもいいが、必要なら修正してもよいと、丸投げされました」

「つまり、今日涼宮さんが行った一連の改変は大規模なものであるにも拘らず、その副作用がきちんと抑えられているのです。今のところ、僕の知る物理法則が変化したという報告も上がっていませんしね」

「立て続けに発生している情報フレア。情報統合思念体の予測を外れた現象。涼宮ハルヒの能力はSOS団の結成以降、単発的な発現を除くと弱体化の傾向がみられていた。だが、ここに至って再び活発化している。なお、現在の涼宮ハルヒは、自らの情報操作能力を完全に制御している。

 ……あなたが全てを涼宮ハルヒに知らせた結果」


 変化が起こったことを知ったうえで、この人たちはまだ修正したいのだろうか。だとしたら、多分私はこの人たちとは肌が合わないと思いつつ、ともかくまずは何がしたいか訊いてみることとした。


「それで、皆さんはどうしたいのですか?

 ハルヒさんが自分の能力をうまく使いこなせるようになった以上、私は特に問題はないと考えます。そもそも、あなた方は私が彼女に全てを明かそうとしても、特に止めたわけでもありませんし」

「情報統合思念体は、近い将来涼宮ハルヒが自分の存在価値と能力を自覚することを予測していた。それは確率的に不可避なことだった。いかなる情報操作も、涼宮ハルヒの前では絶対的な有効性を持たないから。

 あなたの存在は、その発覚を前倒ししたに過ぎない。現在の情報統合思念体の大部分は、涼宮ハルヒが現時点で能力を自覚しても、発生する危険性は予測可能な範囲内にとどまると判断し、あなたの活動を妨害しないことに決定した。

 そもそも異世界人であるあなたには涼宮ハルヒ以上に情報統合思念体の情報操作能力が通用しないことも本決定の理由である」

「わたしには、あなたは知らせてすらくれませんでしたよね。やっぱり、わたしだと、言っても言わなくても結果に影響しないからですか?」

「僕は一応説得はしたつもりです。ただ、結局考え方が一致しなかった。加えて、長門さんでさえ止められない規格外かつ予想外の存在であるあなたですから、僕達にもあなたを強制的に止める術がなかった。それだけのことです」


 朝比奈みくるについては大人版とは話しているし、古泉の話は聞き苦しい言い訳にも思えるが、私はツッコむのはやめて、直接的に各人の希望を聞き出すこととした。


「それで、どうしたいのですか?私はこのままハルヒさんに任せていいと思っていますが」

「情報統合思念体もそのように判断している。私という個体も、情報統合思念体と涼宮ハルヒの希望が一致する限りにおいて、そのいずれにも反対はしない」

「わ、わたしは、…涼宮さんが発生させた時空震が未来に影響しないなら、特に改変に反対する理由はないんです。でも、わたしの知らないところでどんどん世界が変わっていくのは怖いです。ですから、できればこれ以上の改変が行われることは止めて欲しいです」

「僕も朝比奈さんと同じ意見です。

 涼宮さんは、常識人である以上に聡明な人であることが、今回の件ではっきりしました。彼女は、常識と異なる現実に直面したとき、誤った『常識』を迷わず捨てられる聡明さをお持ちだということです。これは、光速度不変性を出発点にしたアインシュタインや、地動説を思い立ったコペルニクスにも比するべき水準の才能です。

 僕や『機関』にとってはこれは予想外でした。正直なところ、彼女が自らの力を自覚した時、少しは恐慌状態に陥るものと思っていたのですが、涼宮さんはあまりにもすんなりと全てを受け入れられた。

 ですが、彼女が予想以上に聡明だったということを以てしても、これ以上改変を重ねた場合に、ミスが起こる可能性は排除できるものではありません。それに、やはり僕個人としても、今以上に涼宮さんに神々しくなって欲しくはないのです。

 どうしても元に戻せとは言いませんが、今のままの、愛すべき団長閣下ということで十分ではありませんか?」

「俺は、一度長門が改変した世界を元に戻しちまっている。記憶も入れ替えられているからか、元の世界がどうだったかは分からない部分もあるが、無条件に元に戻して欲しいぜ」

「そうすると、涼宮ハルヒさんを今のまま放置してよいという票が2、この世界の現状を維持したいのでこれ以上ハルヒさんが世界を変えるのは防ぎたいという票が2、意地でも元に戻すべきという票が1、という訳ですね。

 SOS団としての結束よりも、各人の立場の色合いがはっきり出ましたね」

「僕としては、こうなることこそが、涼宮さんに自らの能力を自覚してほしくなかった第二の理由なのです。彼女が能力を自覚してしまえば、たとえ世界が壊れなくても、SOS団は元のままではいられなくなる。

 今、実際に団員の意見が不揃いになってしまったように。僕としては、これこそが最大の異常事態にして副作用だと考えます。SOS団の結束が弱まれば、新たな脅威が発生した時に対応できなくなるリスクが高くなる。

 たとえ涼宮さんと、何でもありの異世界人たるあなたが加わったとしてもです」

「おい、古泉。流石にそれは取ってつけた言い訳に聞こえて苦しいぜ。少なくとも俺は初耳だぞ」

「それもそうですね。ですが、僕は曲がりなりにも副団長ですから、SOS団の分裂は回避したいと思っています」

「で、どうするんだ?お前は」

「一つ、案はあります」


 古泉は、何か重大な発表をするつもりなのか、大きく息を吸った。

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