24. 涼宮ハレノヒの消失

 奇遇にも思えるが、恐らくはハルヒが仕組んだことなのだろう。残された私達は全員同じ駅だった。駅前には、ちゃんと待ち合わせ可能なちょっとした広場も存在していた。


 そんな広場から少しずつ離れ、みんなで歩く帰り道、真っ先に口火を切ったのはハレノヒだった。


「ねえ、ジョン、あの後あたし大変だったのよ。

 せっかく捕まえた不思議に急に逃げられてしょげる暇もなく、入ってきた糞真面目優等生肌で有希コンの涼子と喧嘩になってつまみ出されかけたし、あっちのキョンはただのキョンで、ジョンとしての記憶は持ってないし、何故かあっちのキョンは有希と付き合い始めちゃうし、その有希は有希で、いい子なんだけど宇宙人である気配なんて微塵も感じさせないし、古泉くんも感じは良くても超能力者の気配はないし、ミステリ好きとは言っても古泉くん自身がミステリアスという訳でもないし、みくるちゃんも可愛いけどそれだけだし。鶴ちゃんはそれなりに面白かったけど、彼女一人だけでできることはたかが知れているしね。そんな感じで、あんまりにも平凡で退屈だったから、みんなを置いて逃げてきちゃった。やっぱりあんたに会わなきゃ気が済まなかったからね」

「まるで駆け落ちのようなセリフだな」

「そ、そんなことはないわよ。まあ、ジョンになら何か気の迷いが生じてもおかしくはないかもしれないけど…。とにかく、あんたが勝手にあたしから逃げたことは、許さないんだからね!罰として、今度あたしに何かおごりなさいよね」

「おい、ハルヒ。いくら何でも二人目のお前の分までおごっていたら、俺の財布が持たないぞ」

「罰金三回分浮かせてあげたんだから何とかしなさいよ。言っとくけど、ハレノヒちゃんはもう一人のあたしなんだから、あたし自身と同じぐらい大事にしなさいよね。泣かせたりしたら、私刑の上に死刑よ!」

「お前たちが泣く姿なんて、あまり想像できないけどな」

「そうね、乙女心を読めない鈍感なバカキョンには、一生分からないかもね。別にいいのよ、あたしだってあんたなんかにそんな姿を見せるつもりはないんだから」

「そうかい」

「ところで、ハルヒお姉ちゃん」

「何?ハレノヒちゃん」

「あんた、ジョンと付き合ってるんじゃないの?それも、今日付き合い始めたばっかりって感じね。それでも、あんな風に言っちゃっていいの?あたしがあんたのジョンを横取りするかもしれないじゃないの」

「それは大丈夫よ。このキョンは、結局あんたの世界ではなく、こっちの世界を選んだんだもの。あんたとはお友達にはなれると思うけど、最後には必ずあたしを選んでくれるわ」

「流石はあたしね。自信たっぷりじゃない」


 そういったハレノヒには、僅かながらに皮肉と嫉妬の香気が感じられた。

 が、ハルヒはそんなことはお構いなしで、銀河系の壮大な輝きを丸ごと詰め込んだかのような笑みを浮かべて言った。


「当然よ。あ、そうだ。あんた、九曜ちゃんと一緒に、SOS団光陽園支部を作りなさい。明日にでもやることよ。今週末からあたしたちもあんたたちも、一緒にこの世の不思議を探すのよ」

「SOS団ね。ちょうどいいわ。あたしもやりたいと思ってたところだし」

「流石ね、ハレノヒちゃん。キョン、あんたも彼女を見習いなさい。あたしの意思表示よりも前にあたしがやりたいことへのやる気ぐらいは示しなさいよね」

「そりゃあ、ハレノヒはもう一人のお前なんだから、以心伝心でシンクロ率100%を平然と超えるかもしれないけどな、俺にそれを期待するなよ」

「バカね。だからあんたは万年ヒラなのよヒラ。あたしの気持ちがなくなったら、あんたなんて即刻退団させているわね」

「おいおい、今更それはやめて欲しいぜ。ここまで来て、俺だけ置いてけぼりにはされたくないからな」


 ハルヒはもちろん冗談で言っているのだが、対するキョンは真剣だった。やはり、一年もSOS団にいて、消失世界から戻ったり、驚愕するハルヒに一周年を祝ったりしたこともあって、今更抜けることはしたくないのだろう。


「分かってるんだったら頑張りなさい。いいわね?」

「はいはい。とりあえず、俺はそろそろこの辺で」

「…本当はうちまで送って欲しいところだけど、まあいいわ。また明日」

「じゃあね、ジョン」

「……私も」

「有希が住んでいるところは目立つよね。ほら、あんなに高いタワマン、都内探しても数は限られているわ。それじゃ、有希もまた明日」


 ハルヒが指さした方には、一棟のタワーマンションが圧倒的な存在感を放っていた。宇宙人にはふさわしい、近未来的なデザインで、これだけの高さを誇るマンションは、確かに都内でも数が限られている。


「じゃあね、有希。ジョンの次は、あんたともゆっくり話したいわ」

「そう」


 長門がそのマンションの方向へ去っていくと、二人がハモりながら問うてきた。


「「あんたはどうする?」」

「そうですね、もう少し先まで方角が一緒なのでお供しようかな」

「「いいわよ」」


 そして二、三歩だけ歩き出したところで、ハルヒはふと止まって、ハレノヒを見て言った。


「ところで、ハレノヒちゃんも、あたしが彼に見せてもらったものを見たい?」

「異世界人なんだっけ。もちろん、見たいわ」

「じゃあ、行くわよ」


 言うなり、ハルヒはハレノヒの額に自分の額を合わせた。ハレノヒが、驚いた表情を浮かべる。


「…んっ、ハルヒお姉ちゃん?」

「いいからそのままにしていなさい」

「えっと、あんたの記憶があたしに入ってきてるのかしら、これ」

「そうよ」

「なんだかあたし自身が直接体験したかのような、不思議な生々しさね。あんたが彼と体験した面白さ満点の不思議エピソードが、全部あたし自身が体験した記憶として入ってくるのよ。一方で、何というのか、元の世界にいた記憶もちゃんと残っている。

 一方を思い出そうとすると片方が思い出せなくなるから混ざり合うことがない。なんだか不思議ね」

「まあ、そのくらいなら何ということはないわ。画面上でもう一度殆ど同じことをリピートさせるわけにもいかないし、…というのは違うわね。何であたしが異世界の都合を考えなくちゃいけないのかしら。とにかく、こっちの世界としても、彼に二度手間させなくても済むし、一度世界を分裂させたうえで再統合させたこのあたしになら、この程度のことはお茶の子さいさいだわ」

「流石はあたしね」

「当然でしょ」


 いつもの満面の笑みでそう言ったハルヒは、やがていつになく真剣な表情に変わり、


「ねえ、あんた、やっぱりキョンのことが好きなの?」


 と問うた。


「嫌いな訳ないでしょ。あんたほど彼と過ごした時間は長くはないけど、やっぱりあのジョンなのよ?…でも、そうね。あたしは本来この世界の住人じゃないし、ハルヒお姉ちゃんがあたしの分まで幸せになってくれるなら、あたしは退くわ」

「まあ、キョンの両手に花を持たせるのは似合わないわよね。絶対鼻の下伸ばしてマヌケ面するに違いないし。でも、ハレノヒちゃんは本当にそれでいいの?」


 ハレノヒは、複雑な面持ちで、


「あたしが我慢しなければ、あんたは良くないんでしょ?」


 と言った。


「…嫌じゃないと言えば嘘になるわ。でも、あたし自身に取られるんだったら、みくるちゃんや有希と浮気されるのとは違って、多分許せるわ」


 自分自身に言い聞かせるかのようなハルヒを見て、ハレノヒは、


「嘘ね。あんたはそんな性格じゃないわ。だって、あたしにはそんなことは言えないもの。たとえあたし自身にだって、本当に好きな人は取られたくなんかないわ。だから、お姉ちゃんも、無理しなくていいのよ」


 と返した。

 日が沈んで、完全に夜になるまでの微妙な時間帯の微妙な空色のせいか、二人の間に気まずい沈黙が流れた。


 仕方がないので、私は口を開いた。


「ハレノヒさんには、他に気になる人はいないのですか?」

「…同じ記憶を共有した同じ思考回路の人間がいたら、同じ結論が出されるわ。あ、もしかして、お姉ちゃん、最初からこれ狙いで?」


 何が言いたいのかは察したが、先回りして自爆するのもいい気はしないので、ハルヒに投げられたボールはそのままハルヒに取らせることとした。

 ハルヒは、ウィンクしながら、


「みくるちゃんだったら禁則事項と答える場面ね」

「ちょっと、ハルヒお姉ちゃん、それはズルいんじゃない?」

「でも、あたしは彼のことも嫌いじゃないし、彼でもいいと思ったのも、本当のことなのよ」

「あたしにとっては、あんたに植え付けられた偽の記憶じゃないの」

「それでも、恰も本当だったかのように思い出せるんだったら、変わりはないでしょ?だから…」

「あんた、あたしと付き合いなさい。あたしがジョンに手出ししないためにも、絶対よ」


 こうして、私は唐突にハレノヒから告白されたのだった。

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