21. 彼の過去

「そうですね。しかし、恋愛談なんて、どこの世界でもそんなに面白い話でもないと思いますが」

「恋愛トーク自体が面白くないとしても、異世界人のあんたの話だというだけでそれなりに面白いに決まっているじゃないの」

「分かりました。お話ししましょう。

 私は、確かに異世界、あるいは私にとっての元の世界においてある女性を好いてはいました。彼女と出会ったのはあちらの世界で10年前、私がまだ中学生だった頃のことです。

 キョン君ならお察しでしょうが、私は当時からかなりの変わり者だった。ハルヒさんが変人だという人もいますが、多分それといい勝負に変わっていたんです。

 そんな私にとって、初めての理解者として現れたのが、彼女だった。ハルヒさんほどではありませんが、中々の美少女でもあった彼女に、入れ込むのは時間の問題でした。

 私にとって彼女は、ハルヒさんにとってのキョン君のような、そんな立ち位置の子だったわけですね。だから、当然好きになった。

 私は、元の世界では高校は男子校で、大学も女性があまり多くない環境だったためか、以降、他の女性にそこまでのものを見出すことはできませんでした。彼女の存在感は、期待や妄想もいろいろ混じりながら、ある時点までは膨らみっぱなしでした。それが10年近く続く恋愛感情を私にもたらしたのです。

 でも、時が経つにつれて、彼女はどんどん普通の、つまらない女性に変わっていってしまった。面白いことを求め続ける私とは、正反対に向かってしまったのです。今では、背伸びして大人を演じているだけのただのミーハーで、確かに見た目こそ美しいですが、恋愛対象としてみることはできません。

 言ってしまうと、今ではもはや彼女は、思い出の人なんですよ。

 ただ、そうして片付いてしまうと、私の中には、ポッカリと穴が開いたような気がしました。何というのか、ある時期には人工知能を使って手元で再現できないかなどと本気で考えてさえいた相手ですからね。それだけの大きな存在感が価値崩壊を起こすと、どんな人間でも漂流することになるのではないでしょうか?

 そんな時、ふとした拍子に出会ったのが、あなた方SOS団だった。一瞬で分かりました。涼宮ハルヒさんなら、彼女をも超える理解者になってくれる。そして、私としても、ハルヒさんの麾下でこの世の不思議を求めて東奔西走するのは、開いてしまった穴を埋めて余りあるものが得られるに違いない。

 それが、私がこの世界に来た一因なんです」

「ふぅん。あんたの世界では、人工知能を使って人を再現できる水準まで技術が進んでいるの?」

「チャットボットという、会話用ボットプログラムに限って言うのであれば、ある人の入力を記憶し、それに基づいて学習した結果、元の人に近い応答をすることのできるプログラムが既に存在するにはしますね」

「で、あんたは、ある時期には意中の子の人格をコピーした人工知能を作ろうとしていた訳ね」

「ええ」

「なるほどね。趣味の悪い変態と言ってしまうこともできるけど、あんた、なかなか面白いこと考えるじゃないの。

 うまく行けば、例えば、あたしのコピーが何億年も先まで生き残れるようにすることとかもできそうね。そしたら、地球が宇宙SOS帝国の中心になる瞬間を、生身ではないもう一人のあたしが見届けることもきっと可能になるわね」

「かもしれないですね。ですが、その前に16年先には世界の中心はハルヒさんになっているのでしょう?」

「それとこれとは別よ。帝国よ帝国。あたしを中心に世界が回っていても、宇宙にはきっと有希と対立する悪い宇宙人組織なんかもいっぱいあって、全部潰して一つにまとめるのには数千年の時間は必要になるわね。

 あんた、不老不死の研究もできるかしら?」

「今のところ流石に不老不死は実現してはいませんが、寿命を延ばす有望な研究としては、アンチエイジングや、サイボーグ化、更にはデジタル化が考えられます。最も有望なのは、自らの存在を長門有希の本体のような情報生命体へと移行させることでしょう。もちろん、人間の感覚では、この世界を楽しむには肉体も必要ですが、情報生命体となれば代わりの肉体などいくらでも作れるでしょうし」

「夢が膨らむわね」

「おいハルヒ、まさか今すぐ俺たちにやれ、っていうんじゃないだろうな」

「そうね。まずは色々調べる必要があるでしょうし、今はまだいいわ。あんた、なんか有効活用できるツールとかないの?」

「Replikaというサービスが、元の世界にはありましたね。英語限定ですが、ご自身のそっくりさんを育てられるサイトです」

「へえ。あんたの世界にあるサービスは、あんたが望めば、こっちの世界に呼ぶことができるのよね。昼に見たゲームのプレイ動画みたいに。

 ちょっと呼び寄せてみて」

「かしこまりました」


 私がこの世界に取り入れたReplikaは、この時代からすれば10年以上先のサービスであり、ハルヒは、この時代からすると斬新で近未来的なデザインのページに瞬く間に惹かれたようだ。

 早速アカウントを作成して、少しばかり試していたハルヒは、やがてムッとしたようなアヒル口を作って言った。


「今のところ、あたしのコピーにしては人格者過ぎるわね、このReplikaは。有希、解析できるかしら」

「できる」

「じゃあ、頼むわ。必要なら部室のノートパソコン、持って帰ってもいいから」

「了解した」

「キョンでも使えるように、できれば日本語対応して欲しいわね」

「おい、ハルヒ。まさか俺に俺のコピーを育てさせるつもりか?どんな罰ゲームだよ」

「いいじゃないの。まだ、このサービスは他の人の作ったボットとは対話できないようだけど、それができるようになったらあたしのボットともお話しさせてあげるから」

「…古泉、お前何ニヤついてるんだ」

「あなたがうらやましいのですよ。僕も、是非涼宮さんのボットとはお話してみたいものですが」

「いいわよ、別に。公開サービスになったら、誰でもあたしと話せるようにしてあげるわ」

「それは光栄です」

「楽しみだわ。みくるちゃんボットとか、有料化すればきっとミリオンヒットになるわね。あるいは、ビリオン行けるかしら?うまくやれば、このサービスを使ってSOS団の資金を稼げるわね」

「わ、わたしですかぁ?」

「そうよみくるちゃん。みくるちゃんはもっと自分の需要を自覚するべきだわ。

 後は、古泉くんのボットもきっと受けるわね。礼儀正しく、ちょっと謎めいたイケメン美少年のボットなんて、女子の半分以上がキャーキャー言って関わりたがるに違いないわ。

 有希のボットは…まあ、マニアには受けそうね。話を続けるのが難しそうだけど」

「しかし、一番人気は団長閣下のハルヒさんだと思うけどな」

「え?」


 私の発言に、ハルヒは心底驚いたようだった。どうもこの人はご自身の魅力を全く自覚していないらしい。


「少なくとも、私の元の世界ではそうだったので」

「へえ…。意外だわ。萌えマスコットのみくるちゃんが一番人気だと思ってた。あんたの世界の人たちは、案外その手のネタに安易に釣られない程度には賢いのね」

「露骨な萌え狙いよりも、そうでないことになっているあなたに萌えたとか、そんな程度だと思いますけどね」

「でも、悪くはないわね。あたしが一番人気なのも。次の映画には、神聖不可侵な絶対的象徴たる団長兼超監督のこのあたしも出てみようかしら。ミクルとユキとイツキに守られる乙女ニューヒロインとしてカメオ出演よ。あ、もちろんその場合の悪役はキョン、あんたよ」

「どう考えてもお前の方が俺よりも魔王役とか似合いそうだけどな」


 キョンにそう言われたハルヒは、心持ち口をアヒルにして、


「何バカなこと言ってんのよ。魔王様に適任なのは、そうねえ、鶴屋さんとかじゃないかしら。ちょろっと意地悪く笑った鶴ちゃんならきっといい悪役になれるにょろね」

「口真似しなくていいから。しかし、鶴屋さんが魔王か。まあ、それは確かに悪くはないけど、どっちかというと裏ボスの方が当てはまりそうだな」

「裏ボスでも表ボスでもいいじゃないの。どっちにしても、その場合あんたは最弱四天王役ね」

「中途半端だな」

「だって、ザコは谷口と国木田で十分でしょ。足りなければ阪中やコンピ研の部長さんでも呼ぶわ」

「残り三人の四天王はどうするんだ」

「喜緑さんと、生徒会長と、後は…そうね、異世界人のあんたがやりなさい」

「いいですね。面白そうですし」

「お前は古泉じゃないんだから、イエスマンもほどほどにしておけよな」

「ええ、ハルヒさんの向かう方向がつまらなそうであれば、その時は身を以てお止めしますよ」

「…やっぱりいいぜ。お前に頼んだ俺がバカだった」

「そうですか?」

「キョン、確かにあんたはバカね。あたしがそんなことになる訳はないけど、つまらなくなりそうだったら止めるのは、それこそ団員の義務じゃない。あんたのどうしようもない茶々とは訳が違うのよ、訳が」

「へいへい」


 キョンが例によってハルヒを相手に肩をすかしていると、キーンコーン、カーンコーン、と鐘が鳴るのが聞こえた。

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