20. 陰謀の裏側

「何を、だ」

「ホワイトデーにやるべきだった、バレンタインのお返しよお返し。あんた、あたしがJ・Jのことで頭がいっぱいになっているように見えたのをいいことに、お返しをサボったでしょ。本当なら延滞料込みで千倍返しと言いたいところだけど、まあ、あたしが欲しいものをちゃんと伝えなかったのも悪かったと思うし、仕方ないから百倍返しぐらいで我慢してあげるわ。

 何か用意しなさい」

「くっ…」

「そういえば、僕も忘れていました。涼宮さんたちに何か用意した方がよろしいでしょうか?」

「あたしの分については、古泉くんは別にいいわ。みくるちゃんや有希がどう思っているかは分からないけど」

「ふぇっ?わ、わたしは、大丈夫ですぅ」

「……いらない」

「という訳で、キョン、あんたが全員分用意しなさい。本命なんだから、もちろんあたしの分はみくるちゃんたちの分よりも豪華にすること。いいわね?」

「あのな、ハルヒ。お返しなら、あの時俺にくれたチョコはお前の分も含めて全部義理だったんだろ?お返し扱いなら、お前の分だけ豪華にする理由はないぞ」

「あんた、もしかして分かっててわざと言ってるの?」

「は?」

「ああ、もう、あたしの口から説明するのも癪だから、有希、バカキョンにも分かるように解説してあげなさい。有希なら分かってるんでしょ?」

「……了解した。

 涼宮ハルヒのあなたへの恋愛感情は、遅くともあなたと涼宮ハルヒがこの世界に復帰した時点で確実に涼宮ハルヒ自身によって自覚されている。

 15498回の夏休み中、盆踊りに行ったパターンは15496回存在し、このうち涼宮ハルヒがあなたにたこ焼きを差し出したパターンは、たこ焼きを買った15402回中15394回である。なお古泉一樹に差し出したパターンは0回である。これは、通俗的な用語を使用すると涼宮ハルヒによるあなたへの特別な好意の表現だと言える。

 また、2月14日に涼宮ハルヒがあなたに渡したチョコレートケーキは、古泉一樹に渡したチョコレートケーキよりも約52%体積が大きい。これは涼宮ハルヒが意図的にあなたのチョコレートケーキを古泉一樹のチョコレートケーキより大きく作ったものである。

 対して朝比奈みくると私が作ったチョコレートケーキは、あなたに渡したものと古泉一樹に渡したものとの体積の差は誤差の範囲内にとどまり、いずれも涼宮ハルヒがあなたに渡したチョコレートケーキの約89%の体積である。涼宮ハルヒは、あなたと古泉一樹以外にはチョコレートケーキを含むチョコレート類を渡していない。

 これらのことから、涼宮ハルヒがあなたに渡したチョコレートケーキは、通俗的な用語を使用すると本命に該当するものであったという結論が導かれる」

「なるほど。僕があなた方から頂いた分は本当にすべて義理だったのに対し、彼は涼宮さんからは本命を受け取っていたということになる訳ですね」

「そう」

「なるほどな。ってことは、長門も本命は誰にも渡していないんだな?朝比奈さんには前に訊いたことなんだが」

「そう。私の役割はあなたと涼宮ハルヒの観測と保全。任意の人物との恋愛関係への移行は、私が私の役目を果たすことに支障を発生させる可能性が高く、推奨されない」

「推奨しないのは、お前の親玉か?」

「情報統合思念体には有機生命体の恋愛感情の概念を理解する能力はない。あまりに原始的なエラーだから。判断したのは、……私自身」

「お前はそれでいいのか?」

「いい」

「でも、今の言い方だと、有希にも好きな人はいるのね?誰なのかしら?」

「その相手をSOS団の団員に知られうる形で明らかにすることは、私の役割を超えた干渉行為に該当するため、情報統合思念体が許可しない」


 ハルヒは、一瞬考え込むような表情になったが、


「……そう。大体答えは想像ついたわ。まあ、いいわ。みくるちゃんも、未来に帰ることを理由に答えを伏せてはいても、同じ人のことが好きなのよね?」

「ふぇっ!?…そ、それは、禁則事項です」


 という返事を聞くと、朝比奈みくるをじっと睨み、


「みくるちゃん、あたし知ってるのよ。みくるちゃんは、時々その言葉を悪用しているわよね。

 今のは本当の禁則なのかしら?それとも、言いたくないから禁則事項ということにしてごまかしているだけなのかしら?」


 と言った。

 普段の朝比奈みくるであればひるみそうなものだが、今回は彼女も一歩も引かず、


「涼宮さん、これは本当に禁則なんです。わたしがこの時間平面上で好きな人のことを話すと、未来に悪影響が出る可能性があるから…」

「つまり、キーパーソンなのね。まあ、いいわ」


 あっさり納得したハルヒを見て、みくるはあからさまにホッとした。

 ハルヒは、そんなみくるから、キョンの方に向きなおって言った。


「キョン、あんたって、やっぱり…。流石に、あたしが団員その一として見込んだことはあるわね」

「何でそうなるんだよ」

「こういうことでしょう。お二方が好きな人について話せないのは、話すと涼宮さんを動揺させる相手だからだと涼宮さんは考えた。長門さんのお話ではっきりしましたが、僕ではやっぱり役不足です。もちろん、他の男性でも。そう考えると、導かれる結論はたった一つじゃないですか」

「古泉、お前なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「色々はっきり分かって、すっきりしましたからね」

「……」

「話を戻すけど、そういうことだから、早いとこお返しはよろしくね。そうね、あたしは…」


 ハルヒは、キョンの耳元で何やらささやいた。


「…分かったよ。そのくらいなら、何とか買えそうだな」

「みくるちゃんや有希も、今のうちに希望のプレゼントがあれば話してしまいなさい」

「わたしは、これまでに試したことがないお茶がいいかな」

「……チョコレート」

「期限は次の14日よ。今度こそ忘れないでよね。キョン、分かった?」

「ああ」

「それじゃ」


 と言ったハルヒは、


「今日の本題に移るわ。この異世界人の彼が元の世界に残してきた子についてよ。あんた、これだけ待ったんだから流石に腹はくくっているわよね?」


 と私の方を見つめた。

 彼女の聡明さと元気さを感じさせる澄んだ瞳は、流石に言ったことを忘れてはいないようだった。

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