19. キョンの返答

 部室までの競争は、長門有希が「高校生の限界を超えない範囲で」能力向上させるのと同じ要領で能力をアップさせた私が、僅差で勝利した。


「はぁ、やるじゃない。流石にキョンを引っ張っての競走はハンデがあり過ぎたわ。でも、あんた、体力ないんじゃなかったの?」

「ええ、ですからちょっと自分の能力をいじっておきました。これは私の本来の運動能力を超えています。とはいえ、ワープはしていないのでルール違反ではない。勝ちは勝ちです」

「ほんと、異世界人は何でもアリなのね。でも、たまにはあたしにも勝たせなさいよ。もちろん真剣勝負で」

「言われずとも、ハルヒさんほど多才な人なら、私に勝てる機会はいくらでもあるかと」

「おだてても何も出ないわよ。それよりも、全員集まってるかしら」


 朝比奈みくるは既にメイド服に着替えていて、古泉一樹のお茶を運んでいた。キョンを待っていたからか、古泉一樹は詰将棋の本と睨めっこしていた。長門有希は、いつも通り、どこかの国のSFらしきハードカバーを原書で読んでいた。


「全員いるわね。それじゃあ、今日はまず、三つ重大発表をするわ。

 一つ目。こっちの彼を、新たに入団させることに決めたわ。ヤスミちゃん以来の新入団員、それも今回はモグリではない正規の北高生で、しかも異世界人なのよ。こんなに素晴らしいことはないわね!という訳で、みんなもこれから仲良くしてあげてね!

 二つ目。ヒラ団員はキョンだけでいいし、彼はあたしに色々面白いものを見せてくれたから、その功績を讃えて、SOS団支部統括部長に任命するわ。ちなみに今存在するSOS団の支部はコンピ研よ。この腕章、ありがたく受け取りなさい」


 そう言って、彼女は団長机から取り出した腕章に、「支部統括部長」と書き込んだものを渡した。


「いくら何でも入団即昇進は早すぎでは?」

「いいのよ。あんたはそれだけ面白かったってことなんだから。それに、SOS団は実力至上主義だし、何の問題もないわ」

「それでは、喜んで」

「ったく、ハルヒよ、お前は意地でも俺だけをヒラ団員にしておきたいようだな」

「そんなことはないわ。あんたも頑張れば昇進させてあげるわよ」

「どうだかな」


 そこで、古泉が入ってきた。


「失礼ですが、僕に言わせれば、一周年記念サプライズは彼が中心になって企画したものですし、彼の昇進に十分だったようにも思えますが?」

「ダメよ。あんな風にあたしのベッドにまで夜這いしてきたんだから、あの件はサプライズの功績と不法侵入の罪でトントン。昇進には値しないわ。でもね」

「でも?」


 大きく息を吸ったハルヒは、本日一番の笑顔でこう言った。


「そのキョンのことが三つ目の発表につながるのよ。今日からキョンは、団長命令であたしと付き合うことになったから。別に隠すことでもないし、みんなにも報告するわ」

「おいハルヒ」

「何よ」

「俺が答えを出していないうちに既成事実を作ろうとするな」

「じゃあ、言い換えるわ。遅くとも三日後からは、あたしたち、付き合うことに決まったから」

「さすがにこんな重要な問題ぐらいは、俺にも選択権は残して欲しいものだがな」

「何よ?あんた、まさか断る気?あたしに恥だけかかせて逃げるつもり?」

「あのな、それは今すぐここで、みんなの前で返事しろと言ってるようなもんじゃないか」

「いいじゃないの。善は急げ、っていうじゃない」

「…」


 返事をせずに黙っているキョンを他の団員全員が見つめている中で、最初に口を開いたのは意外にも長門だった。


「重要な選択」

「え?」

「涼宮ハルヒによるあなたへの恋愛感情の告白行為は、予定外の存在の干渉によって93日9時間23分19秒だけ繰り上げられた。ただ、私の予測でも涼宮ハルヒがあなたとの関係の恋愛関係への移行を希望することは時間の問題だった。

 情報統合思念体も、私という個体も、あなたと涼宮ハルヒが恋愛関係へ移行することが望ましいと判断している。

 ……でも、決めるのはあなた」

「そうですね。僕としても、涼宮さんがそれをお望みである以上、あなたはお付き合いするべきかと考えます。そうすれば、『機関』の仕事も減ることでしょうし。ですが、涼宮さんはあなたが無理をするくらいなら付き合わない方がマシだとも思っているようです。ですから、やはり決めるのはあなた自身ということになりますね」

「お前らなあ、自分たちの都合で望ましい選択肢とか言ってるんじゃねぇよ。少しは俺の都合も考えろよな。

 それで…、この際だからお聞きしましょう。朝比奈さんはどうお考えなんですか?」

「えっと…、禁則事項です。ですが、わたし個人としては、キョン君にも涼宮さんにも幸せになって欲しいとは思っています」

「つまり、やっぱり付き合って欲しいということですか?」

「禁則事項です」

「ちょっとあんた、みくるちゃんにはやっぱりしつこいのね。抵抗できない子を狙うなんて、最低よ」

「そんなんじゃねえ。ハルヒ、まあ、もう少し待ってくれ」

「まあ、いいわ」


 色々聞かされたキョンは、私のことを見て、言った。


「長門が予定外の干渉とか言っていたが、ハルヒに告らせるように仕向けたのはお前の差し金だな?」

「ククク。どうして私なのでしょう?長門有希や朝比奈みくるならまあないでしょうが、あるいは古泉一樹かもしれませんよ?彼も、結構露骨にキョン君とハルヒさんの関係を接近させたがっていたのはよくご存じのはず」

「古泉はないな。ハルヒの宣言を聞いた時のあいつの驚いた顔を見なかったのか?それに、副団長兼イエスマンの古泉は、俺をけしかけはしても、団長閣下のハルヒをけしかける真似はしねえ。あいつは自分では『役不足』だと思ってるようだしな」

「そうですか。まあ、確かに私はハルヒさんとこの件でお話はしましたが、結論から言うと、元々その気のあったハルヒさんをちょっと後押ししただけです。全ては、ハルヒさんご自身の決断ですよ」

「そうよ。罰ゲームじゃないんだから、本当にその気になるぐらいあたしの気を迷わせる奴にしか、あたしはあんなことは言わないわよ」

「そうか…」


 再び考え込んで、まるで意地でもハルヒのペースに載せられたくないとでも思っていそうなキョンを見て、ハルヒは言った。


「あんた、いつまでも悩んでるけど、やっぱりあたしよりもみくるちゃんや有希の方が良いって訳?

 みくるちゃんは文句なしにSOS団のマスコットであたしよりも胸も大きくてこんなにかわいいし、有希は万能キャラで素直な子だから、二人ともあたしなんかよりも魅力的だって思ってるんでしょ?」

「……」

「キョン、あたしもね、あんたに無理強いするつもりはないのよ。

 その気だったらクラスのど真ん中で告ってる。谷口あたりがいつものアホっぷりを発揮して広めてくれたら、SOS団内で話し合うよりもあっという間に既成事実を作って広められるだろうしね。でも、あんたにそんな気がないとしたら無理はしてもらいたくない。そんなのは、お互いつまらないじゃない。

 だから、あたしよりも他の2人がいいっていうなら、嘘はつかなくてもいいのよ」

「んーとだな、俺の中の常識的な部分に言わせれば、確かにお前の言う通り、朝比奈さんや長門の方が魅力的だ。朝比奈さんにはいつも癒されているし、長門にはもう何回命を救ってもらったか分からないからな。

 それに比べれば、お前は俺の扱いが基本的に雑だ。いつも雑用として酷使するし、毎週全員分のお茶代をおごらされるし、挙句の果てには新入団員を先に昇進させて万年雑用扱いだもんな」

「っ。そりゃあ、そうよね…」


 ハルヒは、傷付いた表情を浮かべて、うつむく。そんなハルヒに、キョンは優しく声をかける。


「でもな」

「でも?」

「俺はSOS団に入ってしまった時点で、そんな常識を優先することをやめたんだ。確かに俺の中の常識に言わせれば、お前は俺の出会った中でトンデモ度ナンバーワンの超変人だ。

 だけど、そのおかげで、色々振り回されながらも、他の人には決してできない経験を色々と積むことができた。宇宙人の作った特殊空間で殺されかけたり、未来人と一緒に過去に向かって中学時代のお前に会ったり、空飛ぶ超能力者と光る青い巨人を見たり、いつの間にか分裂させられた自分自身が統合する瞬間の何とも言えない感覚を味わったり、15000回以上も夏休みを繰り返したり。学校としては、こういう経験こそ間違いなく総合学習としてカウントするべきだろう。そうすれば、俺の赤点スレスレの成績なんて、総合的に見たら一瞬に学年トップクラスに変わるに違いない。それくらい密度の濃い経験をさせてもらっている。

 お前は俺の扱いが雑だと言いはしたが、お前が三日間つきっきりで見舞ってくれたこともしっかり覚えている。表面的な扱いが雑でも、本当に雑にするべきじゃないところではしっかり認めてくれているのだって、俺は分かっちゃいるさ。

 それに、お前のその無限のバイタリティーと接していると、疲れるようで、その実なんか元気になれるしな。

 だから、この一年ちょっとで色んな常識を失ってしまった部分の俺に身を任せれば、迷わず言える。

 俺も、お前のことが、好きだ」

「あっ…」


 さっと頬を染めたハルヒは、何故か怒ったように顔を背け、


「最後の部分がよく聞こえなかったわ。もう一度、もっと大きな声で言いなさい」


 と言った。

 キョンは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて、


「ハルヒ、俺もお前のことが好きだ。だから、俺は付き合うぞ。お前と、地獄の果てだろうと異世界だろうと宇宙空間の中だろうと。いつまでも、どこまでも」


 と、いつになく真剣な表情でハルヒを見つめて言った。


 ハルヒは、驚いたのか、一瞬目を見開いたが、


「70点ね。まあ、あんたの返事としてはよくできてると思うわ」


 といって、キョンにいつもの笑顔を振り向けた。


「それじゃ、あんた、まずはちゃんとやってよね」

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