16. 涼宮ハルヒの本音

 昼休みになった。約束通り、部室に向かうと、ハルヒはすでにそこにいた。


「約束通り、来ました」

「いいけど、あんた、今朝あんなことがあってもまだあたしに話すことが残っているのかしら?」

「そうですね。朝は予想外に、今日話す予定だったことのいくつかを話してしまいましたが、折角です。私達の世界に伝わっているキョン君視点の物語を全てお渡ししましょう」

「いいわ。そのお礼じゃないけど、あんたには、あたしの弁当を分けてあげる。あんた、異世界から来た都合で、どうせこっちでは寂しく一人暮らしすることにしているんでしょ?料理ができるようにも見えないし、あたし、今日は特別に作ってきてあげたわ。

 あたしは異世界人には優しくすることに決めているからね。さあ、ビタミンAからZまでたっぷり入ったあたしのランチコース、とくと堪能しなさい」


 私が出した原作や漫画やアニメのDVD、更にキョンには見せていなかったゲーム作品などと引き換えに、ハルヒは私に手作り弁当を渡してきた。味音痴らしいハルヒのお母さんの弁当がどうなのかは分からないが、少なくとも我らが万能人の団長閣下お手製の弁当は、世界の高級レストランに出しても通用する品質であり、私は思わず舌鼓を打った。


 アニメではあたしが超監督なのね、京アニも分かってるじゃないの、でも、あたしはこんなにキョンとデレデレではないわ、あとゲーム版は全然ダメね、ネットのプレイ集とかネタバレとかを見る限り、あんたの世界の変態たちがあたしを思い通りにしたくて描いた妄想ばっかりじゃない、などと言って面白そうにPC画面を見ている彼女に、私は言った。


「お弁当はおいしいですね。当然なのかもしれませんが、流石です。私の渡したものは、お気に召して頂けましたか?」

「そうね。あたしが直接作った訳じゃないのがちょっと気に入らないけど、キョンの視点で描かれているにしてはよくできていると思うわ。後で家に持って帰って、もっとじっくり目を通そうと思う。でもね」

「でも?」

「全体的に、あたしがキョンにこんなにベタ惚れしているかのように描かれているのはちょっと気に入らないわ。こうして改めてキョンの聞いた話をトレースすると、やっぱりではあるんだけど、古泉くんまであたしがキョンのこと好きだと思い込んでいる節があるようだし」

「…違うのですか?」

「あんたもあたしがキョンのこと好きだと思っているのね。まあ、あんたの場合は、元の世界でこういう描写に触れてきたんだったら、仕方ないとも思うけど。

 そりゃあ、キョンはあのジョンなんだし、嫌いになれるわけはないわ。でも、あたしがヒラ団員に恋している姿見せたら、SOS団はきっと持たないわよ。あたし、知ってるんだから。みくるちゃんも有希も、本当はキョンのことが好きなんだってことぐらい。それなのにあたし一人が取るわけには行かないじゃないの。あたしは恋愛感情は精神病の一種だと思ってるし、みくるちゃんや有希の恋路を邪魔したりなんかしたら、団長失格ものだわ」

「あなたは世界の中心にいるべき存在なのですよ。それでも、そんな風に身を引いて、本当にいいのですか?」

「…あんたも鈍感ね」

「というと?」

「あたしはね、あのキョンにもお弁当を手作りしたことなんてないのよ。あたしは、…あんたでもいいかも、って思っているのよ。言わなくても分かりなさいよ」


 赤面したハルヒを見て、嬉しく思いつつも、私は一度引いた返しをする。


「お気持ちは嬉しいですが、本当でしょうか?」

「…そりゃあ、キョンはジョンだし、あたしの唇を奪った初めての人だし、あたしのことをよく分かってくれるわ。でも、キョンがあたしを好いてくれるとは思わない。だって、あたしいつもキョンのことばかりヒラとして雑用させたり、反論権を奪ったりして、ひどい扱いをしているから。言っとくけど、あのチョコだって、ほんとに義理だったんだからね!」

「本当に?」

「…いいのよ、あたしは。

 キョンとは、SOS団の仲間でいられれば、それでいい。あたしじゃ、キョンを幸せにはできないわ。あたし、知ってるのよ。キョンがみくるちゃんの画像を隠しフォルダに保存して、それを見ていつも鼻の下を伸ばしていることぐらい。キョンが本当に好きなのは、みくるちゃんなのよ。それか有希。有希とも、昨日見た件のせいもあるのかもしれないけど、クリスマスの頃からやたらと親密にしているし。

 あたしじゃ、キョンには釣り合わないわ」

「天下の団長さんに釣り合わない男なんて、キョン君も余程の大物なんですね」

「そりゃあそうよ、あたしが誰よりも先にSOS団の団員に選んだ団員一号なんだから。だからこそ、あたしはキョンとは一緒になったらだめだと思うの」


 寂しげな笑みを浮かべて、うつむくハルヒ。


「…あまりあたしを苛立たせないで。またあんなあたしを生み出したくはないのよ。古泉くんに、そんな苦労は掛けさせたくないの。あんたはどうなのよ?あたしじゃダメなの?」

「…甘ったれるな」


 考える前に、声が出ていた。


「え?」


 驚いて顔を上げるハルヒに、私は続けた。


「ハルヒさん、あなたは自分の本音に忠実に生きて、世界の中心で燦然と輝いてこそだろう。釣り合わないとか言い訳して、本音を隠そうとするあなたなんか、あなたらしくない。

 私は、確かにハルヒさんのことが好きです。愛している。それこそが、私がこの世界に来た大きな理由だと言ってもいい。

 だからこそ、ハルヒさん、あなたがそんな風に我慢する姿など、私は見たくない。あなたは、自分自身に忠実であっていい。確かに朝比奈みくるや長門有希も魅力的な女性だから、キョン君がぶれる可能性は否定できないだろう。でも、たった一人になれる自信がないなら…」

「自信がないなら?」

「ポリアモリーと多重婚を認めればいいだけだ。あなたは、キョン君にとって、仮にたった一人でないとしても、愛すべき一人には確実に入っている。それは断言していい。もっと、自分に自信を持ってください」

「そっか、あたしなら、いざとなれば世界をハーレムや逆ハーレムが可能な形に作り替えることもできるのよね。そしたら、確かにいくらキョンでも団長のあたしを外すほど見る目がないとは思えないわ。ありがと。そうと決まったら、早速行ってくるわ。でも…」

「でも?」

「あんたも、本当は元の世界に、あたしよりも好きになれる人がいたんじゃないかしら?あんたももっと素直になること。いいわね?」

「…それについては、そうだな、後で話すよ。今は、ハルヒさん一筋さ」

「分かった、ウソは言ってなさそうね。後でじっくり聞いてあげるから、今はあたしの一世一代の奇行をそこで待って応援していなさい」

「おう」

「じゃ、行ってくるから」


 すっかり元気を取り戻したハルヒは、元の輝くばかりの笑顔を浮かべ、飛び出していった。

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