13. 涼宮ハルヒとジョン・スミス

 駅を出ると、待っていたのはキョンだった。


「なあ、お前、ハルヒに何か吹き込んだか?」

「と言いますと?」

「朝比奈さんによると、今朝未明、強力な時空震の発生が観測されたことを未来から知らされたらしくてな。にもかかわらず、その時空震は未来には影響がないという奇妙なものだったらしい。そんなことするのはハルヒぐらいしかいないだろ。長門がまた暴走したとしても、前回みたいに俺に選択権を委ねないのは考えにくい。言っちゃ悪いが、俺は長門からそれなりには信頼されているつもりだしな。

 だが、いつものハルヒの仕業と違って、今回は俺にも朝比奈さんにも古泉にも、何かが行われたという自覚がない。しかも、何が変わったか、未来サイドもよく分からないらしいんだ。長門に聞いても『教えない』としか言わないし。

 つまり、改変されたという前提に立つと、その改変は、今までの痕跡バレバレだったものと違って、かなり完璧に近いことになる。必然的に最後の頼みはお前ということになるのだが、何か知らないか?」

「仮にハルヒさんが何かしたとして、それをあなたが知らされないのは、彼女がそれを望んでいないからではないでしょうか。そうであるならば、長門有希と同じく、私も何かを知っていたとしても教えることはできません。知らなかったら、教えることは何もないという意味で、やっぱり教えられませんけどね」

「ハルヒが、俺や朝比奈さんや古泉を蚊帳の外に置いたということか?あの時ですら俺は少なくとも一緒だったのに?」

「彼女が仮に自覚的に力を使う場合、あなたに反論権を与えないためにあなたを蚊帳の外にすることはあり得るでしょうね。無自覚の場合は判断の迷い故か、むしろ必ずあなたには知らされるでしょうが…。

 真相を知りたいなら、ダメもとで周防九曜や喜緑江美里にでもあたってみてはいかがですか?彼女たちならハルヒさんの意志に関係なく知っていることを教えてくれるかもしれませんよ」

「それはそうかもしれんが、やめておく。九曜はハルヒを殺そうとした信用できない奴だし、喜緑さんも何考えているかよく分からないからな。

 ひとまずお前の反応で、どうやら本当にハルヒが何かやったらしいことだけは分かった。だが、俺にそれが分からないということは、今回の選択権は、変化の中身を知っているお前にあるってことなんだろ?未来に影響がない以上未来人は動かないし、『機関』にしても修正すべき内容が把握できなければ変化してしまった現状を維持するしかないだろうし、長門は言われれば動くだろうが、基本的に観測と保全が目的だから、その邪魔にならない限り積極的には動くまい。少なくともSOS団や俺の家族、クラスメートは無事のようだから、俺としても、気にはなっても今のところは動く理由はない。ということになるからな。

 世界の命運、お前の双肩に預けたぜ」

「まさかキョン君に丸投げされるとは思っていませんでしたよ。しかし、私はこのままでいいと思いますけどね」

「…俺は、どんな変化があったか知らないけど、どんな変化があったにしても元の世界の方が良いと思っている。敢えて言うが、元の世界は無条件に最高だった。やっぱりお前には任せられねえな」

「そうですか」

「…くそぅ、こうなったらやっぱりあいつらに頼るしかないのか?それとも、あの切り札を使うか?」

「お好きにどうぞ」

「お前にとっては、本当にどっちでもいいんだな」

「ええ、楽しく過ごすハルヒさんの下で、退屈さえしなければね」

「同じ人間のはずなのに、俺とお前は宇宙人並みに思考がかみ合わないことだけはよく分かったぜ。ハルヒの方がまだ理解できる」

「そうですか」

「ああ。あいつはお前ほどにぶっ飛んではいない」

「…今のところは、仰る通りですね」


 そこへ割り込む、麗しの声。


「キョン、あんたもようやく団員の自覚ができたのね。自ら進んで『謎の転校生』に話しかけるなんて、いい感じの進歩だわ」

「そうか?」

「そうよ。いつも少なくとも表向きは何もやる気なさげな表情してるじゃない…。でもね」


 ハルヒが言い淀む。


「でも、なんだ?」

「あんた、あたしの知らないところでは誰よりもSOS団らしい活動していたのよね。やっと分かったわ。だから…次の三回の不思議探しでは、罰金は免除してあげる」

「最初から俺が遅れる前提かよ」

「あんた以外の誰が遅れるの?」

「一回はお前が遅れたくせに財布忘れたとか言って、俺持ちになったことなかったか?」

「…あんた、そんなことよく覚えているわね。まあ、いいわ。あの時あたしに話してくれたこと、今度はじっくり聞かせてもらうから」

「俺の話なんて、信じる気はないんじゃなかったのか?」

「彼から聞いたことを考えると、少しは信じる気になったわ」

「そうかい。で、罰金免除って、お前がおごってくれるのか?」

「そんな訳ないでしょ。もちろん、割り勘よ。それともあんた、あたしのヒモにでもなるつもりだったの?」

「な訳ねえよ」

「そうよね。あんたはそんなにやわじゃないわよね」


 ハルヒのキョンに向ける視線には、いつもの刺すような強さはなく、優しさを含んでいた。


「なあ、なんで今日に限って俺をそんな風に見つめるんだ?お前らしくないぞ」

「…決まってるでしょ?団員があたしの知らない悩みを抱えているのを感じたら、その心配をしてあげるのは団長として当然の仕事だからよ。

 あたしの知らないところで出会った不思議についても、今度洗いざらい話してもらうからね!」

「ああ、それについてでしたら、今度キョン君視点で伝わっている私の世界の情報をお見せしましょうか?ハルヒさん」

「いいわね。最初に目を通しておけば、キョンが嘘を吐いたらすぐにバレるし」

「了解です」

「それはいいんだけど…。ねえ、ところでキョンってやっぱりジョン・スミスなの?」


 ハルヒの口をついた質問に、キョンの表情がこわばる。


「唐突ですね。どうしてそうお考えなのですか?」

「ジョン・スミスも、そのお姉さんも、当時の北高にはいなかった。

 ジョンの居眠り病のお姉さんは、あんな可愛い顔なのはみくるちゃんくらいしかいないし、みくるちゃんは未来人で時間旅行できるっていうじゃない?そうすると、やっぱりあれはみくるちゃんで確定。

 問題なのはジョンの方なんだけど、あたしキョンってどこかジョンに似ているって最初に会った時から思っていたのよね。ジョンは古泉くんほど落ち着いていなかったし、谷口みたいにアホという訳でもなかったし、当てはまりそうなのはキョンしかいないのよ。あの頃調べたんだけど、あたしが中学生だった頃の北高には、ジョンの該当者はいなかったから、考えられるのはあの当時を基準とした未来人だったってことくらいなの。キョンも時間旅行したことがあるようだし、ジョンがあの時点から見た未来から来たキョンだったと考えると全て筋が通るのよ」

「なるほど」

「それも、あの雰囲気は間違いなく、高1の7月ごろのキョンね。もしかしたらちょうど七夕の日だったりして。髪の長さや日焼けの仕方、話した内容からしても、間違いなくそうだとしか思えないわ。あたしが会ったことあるかと聞いた時、つまり去年4月時点のキョンは、まさか未来の自分が過去のあたしに会っているとは知らなかったから、ウソは言ってなかった。でも、それで早合点していたあたしもあたしよね」

「…ハルヒ」

「何よ」

「一人で盛り上がっているようだが、俺はそのジョン・スミスとやらには心当たりがないぞ。本当にそんな『実在しない』北高生なんかいたのか?」


 全否定されたハルヒは一瞬傷付いた表情を浮かべたが、それを隠すかのようにムッとした顔を作って、


「いたわよ!彼はね、あたしの考えを最初に理解してくれた人だった。彼と会ったおかげで、あたしは希望を失わずにここまでいられたのよ。…でも、本当は最初に理解してくれたのは、4月のあんただったのかもしれないわね。あれが7月のあんただったとすると…。とにかく、あんたに彼の存在を否定したりなんかさせないんだから!」


と叫んだ。


 既に教室についていたので、周囲の白い視線が感じられたが、私達は誰もそんなことを気にしていない。キョンは応じる。


「なあ、ハルヒ」

「何よ」

「例えばだ、お前の希望通り未来人に出会えたとして、そいつからお前にこれから起こることを全て知らされたとしたら、楽しいか?」

「…そうね、何もかも知らされたら面白くなくなるわね。でも、少なくとも、あたしはそこから外れようと頑張るから、その試みは面白いかも」

「だが、意図的に外れようとしても外れられなかったらつらいだろう。そういうことで、正解を明かすのは機が熟してからにしたい問題もあるんだ。俺は、確かにジョン・スミスの正体は知っているが、今はまだ言えない。これで手を打ってくれるか?」


 ハルヒは、戸惑いつつも、私の方に顔を向けて言った。


「あんたが話さなくても、彼から聞くことはできるのよ。今吐いちゃいなさいよ」

「そうですね。お話しした方が良いでしょう。どうやら、おかげさまで閉鎖空間が発生したようですし」


 私がそういうと、二人はほぼ同時に私に質問してきた。


「何で、お前が?」

「閉鎖空間?」

「異世界人は何でもアリですから、閉鎖空間を感知したり、これに侵入したりすることも当然できます。

 ハルヒさんにはお話していませんでしたね。閉鎖空間とは、ある人物がストレスを抱えたときに、無意識的に世界をリセットしようとして生み出す、隔離された、一種の世界のコピーです。放置していると、そちらの世界がこちらの世界と入れ替わると、古泉一樹などは考えているようですよ」


 ハルヒの瞳に、動揺の色が走る。


「もしかして、あたしが…」

「そうです。しかし、あなた以外にも発生させることのできる人物は存在します」

「それで、古泉くんはその空間で超能力を発揮できるのね?まずは、団長として状況を把握しないと。今すぐあたしとキョンを連れて行ってくれる?」


 私は、二人の手を握って、言った。


「了解しました。お二人とも、私の手を離さないでくださいね」

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