第二幕 涼宮ハルヒの創造

12. 涼宮ハルヒの覚醒

 翌朝。


 自らの世界改変能力によって生み出した朝のコース料理を食べ終え、家を出ると、ハルヒが、自らの思う通りに世界を作り替えることに成功したことが頭の中に入ってきた。古泉お得意の、分かってしまうんだから仕方がない、というやつだ。


 山手線のとある駅から徒歩五分の位置に移し替えられた都立北高校は、元々の北高が備えていた坂道が取っ払われ、学校のプロフィールも作り替えられていた。


 校舎の全体的なイメージは前の県立北高とさほど変わらないが、9組は理数科から芸術コースに変更され、普通科である1~8組は、東大合格者数3桁に迫らんばかりで、単純な合格者数で安定して勝てる学校は開成ぐらいしかないという、共学としては日本一の超進学校に生まれ変わっていた。更に、10組として全科目英語で教育される国際コースが新設され、そこには各国からの留学生と少しばかりの帰国子女が席を並べていた。


 山手線に乗って最寄り駅に向かう途中、別の車両から移ってきて私の隣の席に座ったハルヒは、耳打ちした。


「あたしの思い通りに行っていれば、古泉くんやみくるちゃん、キョンは、何が起こったか一切知らないはずよ。

 知っているのはあたしとあんたと、有希だけ。頭のいい人や面白いことをしている人を集めれば不思議も集まりやすいと思ったから、開成と桜蔭と芸大附属を足して3で割ったような学校に変更したうえで、インターナショナルスクールもつけてみたわ。やっぱり、世界を知っている子がいれば、日本人の知らないその国の不思議なんかも伝わってくるかもしれないし」

「キョン君は大変でしょうね。普通の県立でも赤点スレスレだったのに、超がつくほどの進学校となると…」

「そこは大丈夫。キョンの学力は、この学校の赤点スレスレの水準になるように変更しておいたから」


 ハルヒは満面の笑みを浮かべて言った。


「どうせやるなら、もう少し上げてもよかったのでは?」

「それじゃ意味ないのよ。あたしの力に頼ってトップの学力を身に着けても仕方がないじゃない。それに、あたしもキョンに教えていて楽しかったし、教えることがなくなっては寂しいものね。

 キョンは、どこの学校でも赤点スレスレくらいがちょうどいいのよ。SOS団唯一のヒラ団員なんだからね」

「言いたいことは分かります。ククク」


 確かに、頭の良すぎるキョンなど、想像するだけで不気味と言えば不気味だ。ハルヒもその辺は分かっているのだろう。


「…でも、流石に宇宙人コースなどは設けなかったのですね」

「当たり前でしょ。あたしの思い通りにホイホイ転がり込んでくる不思議なんて、あたし自身にとっては不思議でも何でもないじゃない。仮に不思議だとしても、面白くないわ。少なくともあたしが自覚的に行う変更は、あたしが求める不思議そのものを直接的に呼び寄せてはいけないのよ」

「ほう」

「…あたしが無自覚で呼び寄せる分には、あるいはバタフライ効果みたいに、まわりまわってあたしに不思議が巡ってくる分には、いいんだけど」

「なるほど。つまり、不思議に関しては、自ら創るのではなく、あくまで探す側にいたい訳ですね」

「そうよ」

「わかりました。

 ですが、一つだけ覚えておいてください。あなたは常識もある程度知ってはいるようですが、常識に囚われてはいけません。

 世界を大いに盛り上げるためには、常識から離れることも時には重要なのです。スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグなど、この世界を別の方向から盛り上げてきたシリコンバレーの人々は、しばしば常識から自由です。

 ハルヒさんも、世界創造も含めた多方面の能力があるのですから、常識に囚われた『ただの人間』にはならないように、ゆめゆめ注意してくださいね」


 ハルヒはきょとんとしていたが、すぐに太陽のようなまぶしい笑みを浮かべて言った。


「当然よ。あたしを縛る常識があるなら、その常識はあたし自身の手で破らなければならないものだわ。あたしは神聖不可侵なSOS団長で、あたしがルールなんだから」

「その辺、お分かりになっているのなら助かります」

「でも…、改めてそう言ってくれてありがと」

「というと?」

「あたしね、ちゃんと知ってるのよ。特に古泉くんが、あたしを、今の状況で満足できる普通の子にしたがっていること。普通の楽しみで満足する普通の女の子に戻したがっていること。

 古泉くんに悪気がないのは知っているけど、何となくそれでもいいのかなと思ってしまう自分が、本当はどこかで嫌だったのよね。

 だから、あんたにそう言ってもらえて、吹っ切れたわ。あたしは、もっと、もっと、世界を大いに盛り上げるためにやるべきことをやって見せるわ」

「さすがです」

「そろそろ着くわね。勘違いしたキョンに色々言われるのも嫌だし、ここからは別々に行きましょ」

「分かりました。それでは、昼休みに、また部室で」


 席を立ち、異なるドアから降りて私達は一旦別れた。

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