9. 涼宮ハルヒと消失
「TPDDなんて方法よりもエレガントに移動するとしましょう。
時間平面理論に従うなら、わざわざ時間平面を突き破らずとも、目的地点の時間平面への迂回ルートを取ることができる。今の時間平面を抜け出し、目的地点まで高次元の別ルートを取る道があるはずです。
ですよね?長門有希」
「そう。よりノイズの少ない、洗練された方法。但しもっと洗練された方法も存在する」
「という訳です。それでは参りましょう。長門有希もご一緒に」
「ちょ、ちょっと?」
「ハルヒさん、ちょっとばかり乗り物酔いのような気分がするかもしれませんが、しばらく目をつぶっていてください」
実は時間旅行は私自身初めてなのだが、世界間を旅した時もそこまでひどくは酔わなかったので大丈夫だろうと楽観視して、私はハルヒと長門の手を取った。
「離さないでくださいね。どこか変な場所に置いてけぼりにするわけにもいきませんし。まあ、ハルヒさんならそんな変ちくりんな場所からでも無事に戻ってこられそうですが」
「バカ言わないでよね」
「ククク。まあ、大丈夫です。あなたのことは責任を持って私が送り迎えしますから」
そんなことを話しながら、現在の時間平面から飛躍し、目的地を目指す。
時間旅行は、確かにドロドロとした感覚がして、乗り物に弱い人なら酔いそうなほどだが、やはり世界をまたぐことに比べれば遥かにマシであった。
「…着きました。十二月十八日早朝、これから、ちょっとした見物と、ハルヒさんにとってはややショッキングなものが見られることでしょう。覚悟はいいですか?」
「平気よ。あたしはいつだって世界の不思議に出会う覚悟はできているんだからね。それにしても寒いわね」
「それが今日は冬だといういい証拠になります。まあ、そんなに長居はしませんから我慢していただければ。そろそろ始まりますよ」
やってきた人影を見て、ハルヒは、戸惑ったように言う。
「…有希?あれ?こっちにもいるわよね。有希が二人?」
「そう。あれは私の異時間同位体」
「本当に時間旅行しているのね。何だかおもしろいわ」
「…ここから先は、ハルヒさんにとっては必ずしもそうでもないかもしれませんが」
「随分近いけど、あたしたちにはまるで気付いていないのね」
「不可視化処理済みですので」
「へえ。360度スクリーンみたいね。でも、肌に触れる空気の感覚まで含めるともっとリアルだわ」
そんなことを言っているうちに、十二月十八日の長門有希が手を挙げ、何やらゆらゆらと動かす。
その動きが終わると、眼鏡をかけた長門有希が、ハッとしたかのようにキョロ付き始める。
「あれ?有希?さっきまでは眼鏡は掛けてなかったと思うけど…」
「彼女は、世界を作り替えたのですよ。ただ、どちらの世界がよりよいか、キョン君に選択権を委ねた。そして、彼はそれを望まなかった。それが、今のハルヒさんのいる理由です」
「もしかして、この時私は消されていたの?」
「いえ、正確には共学の進学校になった光陽園の生徒に変更されただけです。生きてはいるのですが、キョン君とは別の学校に飛ばされていた。
代わりにキョン君の後ろの席に着いたのは、あの朝倉涼子だったのですよ」
「カナダからのとんぼ返りにしては妙ね。早すぎる。確かに、何やら人知を超えた力を有希が秘めているらしいことは分かったわ」
などと話しているうちに、キョンと大人の朝比奈みくるが眼鏡バージョンの長門に近付いていた。
「ちょっと、あのみくるちゃんのお姉さんみたいなのは誰よ?なんでキョンと一緒なの?」
「あれは朝比奈みくる本人の、もっと未来の姿です。キョン君一人では時間旅行はできなかったので、元に戻すために付き添うことは必要なことだったのですよ」
「罰金ものね。こんなに面白いことがあったのに団長のあたしから隠すなんて、許せないわ。キョンだけじゃないわ。みくるちゃんも、有希も、後でじっくり話を聞く必要がありそうだわね」
「まあ、その判断は最後まで見てからでも遅くはないでしょう。あるいは彼なりに、あなたに心配をかけたくなかったのかもしれませんし」
「ふうん…」
考え込むハルヒをよそに、キョンは何やら眼鏡の長門と話していたが、
「すまん」
と言って彼女にピストルのようなものを向けた。眼鏡の長門は、恐怖におびえていた。
ハルヒは目ざとく気付いたらしく、キョンに怒鳴りつける。もちろん本人には届かないのだが、そんなことお構いなしなのは、さすが団長閣下というべきところだろう。
「はあ?ちょっとキョン、なんで有希にそんな物騒なもの向けてるのよ?可哀想に、有希ったら怯えているじゃないの」
「世界を元に戻すために必要だったんですよ。そうですね?長門有希」
「そう。あれは改変された私の異時間同位体を元に戻すための修正プログラム」
「ふうん。それにしても、もっとマシな形にできなかった訳?あんな物騒なものを向けられたら、そりゃあ有希じゃなくても怖いわよ」
「ククク。ハルヒさんが恐れそうなものなんて、世界中探してもそれほどなさそうですが」
「ふん、あたしだって怖いものはあるわよ」
「まんじゅうですか?」
「バカ」
しかしキョンがためらっているうちに、さっと人影が走る。
気付いた大人の朝比奈みくるが注意を呼び掛けるが、間に合わない。
「キョン君!危な…」
そして朝比奈みくるの悲鳴が響く。
脇を見ると、ハルヒも蒼ざめている。
「朝倉…。そんな、どうしてキョンを?」
「この世界では、病的なまでに長門有希を守ろうとしていたからです。しかし、今ハルヒさんがいる世界で、キョン君が生き残っているということが、彼は何とか助かるという根拠になるでしょう。大丈夫です。彼は死にはしませんから」
「…あんた、結果が分かっていたとしても、少しは心配しなさいよ。これから団員になるつもりだったら、なおさらのことよ。全てを知っていそうな大人のみくるちゃんも心配しているじゃない」
「まあ、見ていてください」
いつしか私の腕を掴んでいるハルヒを見て、可愛らしいと思いつつ私は続きを待っていた。
「トドメを刺すわ。死ねばいいのよ」
朝倉がキョンにトドメを刺そうとする。が、いつしかやってきていた三人目の長門が、朝倉の振りかざした刃を素手で受け止める。
「え?また有希?ってかなんでナイフを素手で掴んでいるのよ。いくら何でも危なっかしいわ」
「あれも長門有希の異時間同位体ですよ。しかし、今回はそれだけではありません。ご覧ください」
「みくるちゃんにもう一人のキョンも?…何か、この時間帯にすごいことがあったのね」
「ええ。これは余程のことだったんですよ」
そうこうしているうちに、倒れた過去の自分自身に語り掛けるキョンの声が響く。
「すまねえな、訳あって助けることはできなかったんだ。だが気にするな。俺も痛かったさ…」
その様子を見ながら、ハルヒはポツリと言う。
「大人になっても、みくるちゃんはみくるちゃんなのね。何だか安心したわ。あんな風にグラマラスすぎるのはちょっと妬ましいぐらいだけど、こうして二人揃ってキョンの心配しているところは、みくるちゃんらしいわ」
わざと軽めの口調にしようとしているのとは裏腹に、ハルヒは明らかに血まみれで倒れている方のキョンのことを心配していた。
「…本当に大丈夫なのよね。何かの手違いでキョンがあのままになったら、許さないんだから」
「ご安心ください」
光の粒となって消えていった朝倉涼子を尻目に、三人目の長門は、倒れたキョンに手を当てて傷を癒し、未だ覚悟の決まらぬもう一人のキョンからピストルを奪い、眼鏡の長門に向けた。
ピストルを向けられて、腰を抜かしていた眼鏡の長門がすくりと立ち上がって、眼鏡をはずした。
「…あの有希、元に戻ったみたいね。あれ、みくるちゃんは眠っちゃったの?どういうこと?」
「高校生の朝比奈みくるは、大人の朝比奈みくるの存在に気付いてはいけないんですよ。大人の朝比奈みくる曰く、高校時代に大人の自分は見ていないから、だとか」
「はあ?でも、その割には二人で仲良くキョンを揺さぶっていたじゃないの」
「後ろ姿だったり、冷静さを失っていたりすれば朝比奈みくるの性格上、大人の女性の正体に気付くことはないと思われたのでしょう。気付かないというだけで、ニアミスまではセーフだった。しかし、一段落して彼女が落ち着いて来たら気付かれてしまうから、大人の朝比奈みくるが高校生の自身を眠らせた、というところでしょうね」
「それにしても、手が触れただけでキョンの傷が癒えるなんて、本当に何やらすごい力を持っているのね。決まりだわ、『長門ユキの逆襲 Episode00』では、有希にはいい魔法使いになってもらうわよ。いいわね、有希?」
「いい」
「ところで、有希」
「何」
「キョンの傷を癒せたなら、どうして三日間も意識不明にしておく必要があったのかしら?しかも階段から転落したことにして?あたし、あの時はそれなりに…、いや、結構本気で心配したんだよ?」
「肉体機能の回復程精神機能の回復は早くないから」
「つまり精神的な休憩が必要だったということですね」
「そう」
「ふうん。有希でもさすがにそこまで万能ではないのね。まあ、精神をいじられたキョンなんて見たくもないから、それでよかったと思うけど。階段から落ちたことにしたのは辻褄合わせなのね」
「そう」
「それにしても、あたしの知らないところでキョンがこんな風に頑張っていたとは、知らなかったわ。キョンが朝倉に刺されたことを誰もあたしに話そうとしなかったのは、あたしに心配かけたくなかったからなのね。
ただバカみたいに転んだだけだと思ってたから、…いや、誰かに突き飛ばされたにしても、ただ突き飛ばされるがままになっていただけだと思っていたのよね。
三日間の罰金はやり過ぎたわ。次の三回のSOS団の集まりでは、キョンが最後だったら割り勘にしてあげるか。トナカイ芸は結局ダダ滑りだったから罰金には入らないけど」
「いっそのこと、キョン君より後に行って、団長閣下直々のおごりにしてみてはいかがです?」
「それはやめとくわ。いくら何でも甘やかしすぎだと思うもの…って、あれ?そうなると、辻褄合わせのためであれ、キョンを階段から突き落としたのは…有希なのね?」
「…そろそろ時空の再改変、つまり元の時間軸に戻す作業が始まります。問題の階段付近に移動すれば、正解はハルヒさんご自身の手で確認できるのではありませんか?」
複雑な面持ちのハルヒに、私はそう言った。何故なら、この部分は私達の世界では古泉の推測が残されているだけで、直接的な正解は伝わっていないからだ。
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