8. 涼宮ハルヒと彼

「さて、あなたにお話しするべきことはたくさんあるのですが、何からお話ししましょうか?涼宮ハルヒさん」

「バカキョンが昔言ってたように、有希が宇宙人でみくるちゃんが未来人で古泉くんが超能力者だって話なら、お断りだわ。

 …そんなに簡単に見つかっちゃ、面白くないじゃない」


 団長机に座ってちょっとした仏頂面をしているハルヒは、そう言った。なるほど、アヒル口ねえ…。そんな表情でもかわいいのだから、なかなかのものだと思う。


「ククク。しかし、あなたはこのところ不思議探しにそれほどこだわらなくなっていますよね。昔よりも、確実に」

「…言われてみればそうね。SOS団のみんなといると、なんだか落ち着くのよ。それに、みんながどんな人であったとしても、何となくそれとは関係なく、SOS団のみんなで遊ぶのは楽しいのよね」

「それは何故でしょう?あなたは本来、ただの人間には興味がなかったはずです。

 ところが、偶然続きでずっと前の席にいるというだけのクラスメイト、元々文芸部にいただけの万能無口キャラ、『萌え』はしても『普通』であるはずのマスコットキャラ、そしてもはや謎などはなさそうな、ちょっと人脈が広いだけの転校生…あなた視点では、あなたのかつての願望が色あせて、どこか普通の人たちで満足しているように思われるのです。

 本来のあなたなら、出来レースでしかない、元々ゲームだと分かり切っている、不思議などあるはずがない推理ゲーム如きで満足できるはずはない。

 どうも、それこそかつてキョン君が言っていた『お遊びクラブ』、あなたが最も忌避していた存在に、今のSOS団は成り下がってしまっている。

 少なくとも、メンバー全員がただの人間だと思っているあなたの視点からはそうなります。おかしいとは思いませんか?

 そして、それを何故か、改めて考えたことはないのですか?」

「言われてみれば…確かに奇妙ね。それにしても、あんたやたらとあたしたちに詳しいみたいだけど、誰から聞いたの?キョン?」

「半分正解、とでも言っておきましょうか。

 …私は、異世界人なのですよ。そして私達の世界では、あなた方のことはキョン君の視点を通じて色々と伝わってきている。しかし、正確には、あなた方の世界を作り出しているのは、キョン君ではない」

「はあ?…なるほど、なんだか不思議そうな話ね。でも、そうすると、あんたはやっぱりキョンが宇宙人だとか言い出しかねない勢いだわね。あのバカキョンが宇宙人な訳ないでしょ。宇宙旅行できる宇宙人なら、もっと頭がいいはずよ。有希みたいに」

「ククク。キョン君は、客観的に見れば間違いなく普通の人間です。但しあなた自身にとっては、そこらの宇宙人などよりもよほど特別な人のはず」

「…そうね。あれが夢でないのだとしたら、キョンは私の唇を人生で初めて奪ったことになるのよね。なんであのバカに唇を許したのかしら。あの時はどうかしていたんだわ。あの時は、キョンがいるなら元の世界も捨てたものじゃないわ、なんて思ったんだもの。あんなに面白そうな巨人がいたのに」

「理由は、あなた自身が一番よくお分かりのはずです。あなたは、キョン君のことが大好きなんですよ」


 ハルヒは赤面した。まあ、そっち方面で普通の少女らしさが見られるのはご愛嬌だろう。


「…バカなことは言わないで!恋愛感情は精神病の一種、一時の気の迷いなのよ。認められる訳はないわ。少なくとも、あたしがそんな気持ちを、よりにもよってあのキョンに抱くなんて」


 まるで自分自身に言い聞かせるかのような言い方もどこか可愛いと思った。


 放課後の部室には、私とハルヒの他に、長門有希もいた。結局彼女は今日も来ることとしたらしい。文芸部部長として、やはり私に興味があったのだろう。


 私は長門の方に向いて、言った。


「長門有希なら、彼女の発言が本当だか、生物学的にモニターした結果から理解できるのではありませんか?」

「理解できなくはない。但しあなたには教えない」

「何故?」

「…涼宮ハルヒがそれを望まないと判断したから」

「ほう。それでは、今度喜緑江美里にでも問い合わせましょう。あるいは、周防九曜でもいいかもしれませんね」

「ちょっと、あんた?なんでそこで喜緑さんやその周防何とかが出てくるのよ?」

「まあ、その事も含め、ハルヒさんにはお話しするべきことはまだまだたくさんあります。

 時に、せっかくなのでお見せいただけますか?キョン君が大好きらしい、あなたのポニーテールを」

「良いけど、今回だけよ。…あれは、キョンにもあの後二回しか見せてないんだからね。一回はやっぱり何かそんな気分じゃなくて、隠そうとしたつもりなんだけど。

 それと、十二月はバカキョンがあたしに知らせずに勝手に目覚めたからお預けにしておいたのよ。あたしの寝顔を見たんだから、それだけで十分サービスになったはずだしね」


 言いながら、彼女はヘアバンドの位置を変えて髪を結わえる。そのポニーテールは、似合わなくはなかったが…。


「なるほどね。確かにありだと思いますが、私はあなたのポニーテールを見ると、複雑な思いを抱かせられる別の子を思い出しますので、これまた複雑な気分にさせられます。

 やはり普段の髪型のハルヒさんの方が、あなたらしいように思いますね」

「当然よ。あたしが選んだ髪型なんだから。まあ、キョンの趣味も分からなくはないけど。でもポニーテールは、みくるちゃんには間違いなく似合わないわね。有希は髪が伸びた姿が想像できないからそもそも結べないし、キョンにはおあいにく様といったところかしら」


 言いながら、ハルヒは髪を元に戻す。


「さて、十二月の話が出たので、まずはこれから去年の十二月十八日の早朝に参りましょうか。ちょっと見て欲しいものがあるのですよ」

「…何でもアリなのね」

「ええ。渡橋ヤスミさんがかつて指摘した通りです。ククク」


 涼宮ハルヒは、半信半疑の目をしていた。

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