6. 谷口と彼

 昼休みになった。残念ながらこの学校は坂の上で、コンビニは坂下にしかない。この辺は後でハルヒを言いくるめて直してもらおうか、などと考えつつ、購買部に向かった。

 弁当?異世界から来た私には、少なくともこの世界で生きている親はいない。元の世界については、この世界を楽しむにあたって必要のないことなので忘れた。

 いずれにせよ、弁当を自ら作るのも面倒だったが、さすがに涼宮ハルヒを追って学食に行くのもちょっとしつこいように思われたので、今日は購買部でパンを買って済ませることにしたのだ。

 明日以降はコンビニの場所を把握するか、学食にするかもしれないが、今日のところはこれでよかった。

 

 教室の偵察も兼ねて、購買で買ったパンを手に戻ると、キョンはいつも通り谷口や国木田と共に食事しているようだった。


 谷口が私の机に寄りかかっていたので、話しかける。


「失礼、ここは私の席なのでいいですか?」

「おう、すまなかったな。ところでお前さあ、涼宮に興味があるみたいだけど、あいつはやめておけ。中学からずっと変人で名が通っているし、今ではお守り役はキョンの仕事と相場が決まっているからな。

 あいつの愉快な仲間たちの中では、俺のオススメは朝比奈さんだな。去年どっかに転校しちまった朝倉涼子といい勝負、AA+はある。Aマイナーの長門も捨てがたいけどな」

「随分とよくお話になりますね。しかし、私は今のところ恋愛についてはあれこれとは考えていません。当然、ハルヒさんとキョン君の恋路を邪魔しようとも思っていませんよ。ククク。

 ただ、SOS団の三名の中では、やはり一番魅力的なのは他ならぬ団長閣下、涼宮ハルヒさんでしょうね。

 ああいう女性に振り回されるのは、それだけで面白そうじゃないですか。もともと私がこの高校に転校することに決めたのも、SOS団が理由ですしね」

「お、おう…。変人だと分かっていてなお惹かれるなら、お前も相当な変わり者なんだな。お前もあれか、宇宙人にしか興味ないとかか?」

「ククク。そこまで極端ではないかもしれません。が、どうもあなたには興味は持てませんね。私も、どこか普通から外れた面白い人でなければ、あまり興味が持てないのですよ」


 やはり本物のアホだったし。


「…そうかい」

「ええ。ところで、こちらは確か国木田君、でしたっけ?」

「そうだけど、君に名乗ったことあったっけなあ。もしかしてキョンから聞いたの?」

「まあ、そんなところです」

「何となくだけど、涼宮さんは変わったところはあっても、そんなに悪い人じゃないと思うよ。SOS団のイベントに何度か呼ばれたけど、なんだかんだで楽しかったしね。谷口もああいいつつ、やっぱりSOS団のことを嫌ってはいないと思う」

「おうよ、入りたくはねえけどよ。キョンみたいに雑用で走らされるのはごめんだからな。たまに参加するぐらいの距離感が俺にはちょうどいいんだぜ」

「しかし、SOS団、世界を大いに盛り上げるという割には、活動としてやっていることがしょぼいですよね。ことに、メンバーに二人も万能プレイヤーがいることを考えれば。私はもっと盛り上がることをやって欲しいと思っているんですよ」

「…あんまり派手になり過ぎたら俺らはついていけねえしごめんだぜ。それに、ここは開成でも灘でも芸大附属でもない、普通の県立高校だからな。キョンみたいなやつでもなんとかついていける程度のことしか出来ねえんだろ。

 涼宮はどうやらSOS団からキョンを外す気はなさそうだしな」

「…つまり、キョン君が結果として足を引っ張っている、と?」

「SOS団の数少ない常識人、と言って欲しいものだな」


 割り込んできたキョンの言い回しを面白く感じながら、返す。


「ククク。常識的過ぎてはつまらないんですよね。

 特に、ハルヒさんが常識に近いどこかで落ち着いて、ひたすらに年中行事への参加を繰り返すだけの、エネルギッシュ過ぎる普通のお遊びクラブになってしまっては…」

「やっぱお前、相当変わってるな。あんまり近づきすぎるなよ。涼宮並の変人が移るから」

「ククク。私もあなたのナンパ癖とモテないのにモテるアピールする癖は移して欲しくありませんから、お互い適度な距離を保つこととしましょう。人間の性格は雀の踊りほど固定的ではなく、どんなに成長しても周囲の人間の影響を受け続けますからね」


 実際、アホの谷口とはあまりお付き合いしたくないものだ。明日からはやはり学食でいいか。ハルヒと話すかは別としても、この空間はつまらな過ぎる。


「キョン、お前こいつに俺のことどんなふうに吹き込んだんだよ」

「俺は何も言ってねえよ」

「じゃあなんでこいつは俺のことにもこんなに詳しいんだよ」

「さあな。宇宙人ではないだろうし」

「当たり前だ。国木田はどう思う?」

「涼宮さんから聞いたのかもね」

「それはねえな。あいつはキョンと、古泉だったっけ、あのいけ好かない優男以外の男は路傍の石程度にしか思ってねえだろうし」

「じゃあ見た目だけで洞察したのかもね。シャーロック・ホームズみたいに」

「まあ、コカイン漬け名探偵なら、涼宮の近くにのこのこ事件を求めに行ってもおかしくないかもな」


 そんな下らない雑談には興味がなかったので、とりあえず屋上にでも行ってみることとした。


 そこには、先客がいた。

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