4. 古泉一樹と彼

 マンションを出ると、古泉一樹が待っていた。


「お待ちしておりました。居場所が分かったので、既定の集合場所に出向くのもお互い面倒かと思いまして」

「まるで尾行していたかのような準備の良さですね。『機関』としては、既に私は、天蓋領域と周防九曜をもしのぐ最重要な警戒対象なのでしょう。

 何故なら、私は経歴不明で突如出現した存在であり、しかも渡橋ヤスミとは違って、涼宮ハルヒさんその人の分身だとも見えないから。違いますか?」

「お察しの通りです。そしてそこから得られる結論として、僕はあなたが異世界人、すなわち涼宮さんが求めていた最後のピースだと考えています」

「そこまでわかっているのなら話は早いですね。それでは、私の登場はハルヒさんの意志だと思いますか?」

「『機関』の上層部ならそう判断するかもしれません。ただ、僕は何となく違う気がしています」

「ほう?」

「涼宮さんは既にあるSOS団でそれなりに満足しています。彼女の精神状態は比較的安定していた。

 それに、異世界人と遭遇せずとも、彼女は十分に不思議な現象を体感しているはずです。更に言えば、彼女は昔から異世界人を望んでいたはずなのに、今の今まで登場がなかった。

 涼宮さんが今になってあなたを呼んだとするには、色々と不自然なんですよ」

「さすがです。あなたは噂通りの切れ者だ。そう、私はこの世界に、私自身の意志で入ってきたのです。

 キョン君からはどこまでお聞きになっていますか?」

「一通りは。そして涼宮ハルヒの能力が無限でも万能でもないという点には僕も同意します」

「私達の世界の某人物があなた方の世界を作った、という話には?」

「仮にそうだとしても、これまで異世界人は涼宮さんの世界に直接乗り込む必要がなかった。何か余程のことが起こったのではないかと考えています。

 そしてそれ故に、SOS団や『機関』とは異なる利害を持っているのではないかとも」

「余程のことなんてものはありませんよ。

 ここは、原作・漫画・アニメの各版を参考に引き継がれた、私の記憶によって構成された世界線です。

 そして、私は退屈だった。だから、あの魅力的な女性に近付こうと思った。

 創造主なんていうのは、どの世界でも気まぐれなものです。違いますか?」

「あなたにとって、その退屈はある意味ではやはり余程のことだったのですよ。少なくとも、涼宮さんのいる世界に自ら入り込もうと思う程度には」

「しかし、客観的な理由としての『余程のこと』が存在しないことには変わりません。何故なら、私達異世界人の世界にとって余程のことであったら、私達は大集団でこの世界に乗り込むか、そもそも乗り込みすらせずに、あなた方の記憶まで含めて丸ごと世界を改竄してしまうか、いずれにしてももっと効率的な選択肢はいくらでもあるからです」

「一理ありますね。しかし、少なくとも僕とあなたの利害は恐らく一致しない」

「ええ、あなたが『現状維持』に固執して、涼宮ハルヒさんをあくまでも普通の女の子に戻そうとしてしまうのであれば。

 それは単純に面白くないからです。しかし、私の考えでは、あなた方の利害と私の利害は異なれど矛盾はしない。両立可能だと考えています」

「と言いますと?」

「あなた方にとっても、そして私にとっても愛すべきあの団長さんは、あなた方が何者であるかとは無関係に、団員全員をとても大切に思っています。

 たとえ彼女が今後世界の改変を本気かつ自覚的に行うとしても、閉鎖空間から全くの新世界を立ち上げようとするのではなく、映画撮影の時のように既存の世界を壊さずに改変しようとするでしょう。それも、あなた方が大切に思うことをちゃんと守りながら。

 少なくとも、あなたたち団員を捨てて、キョン君と二人だけで新世界を作る真似は、今のハルヒさんならしないはずです」

「しかし、僕はこの世界全体を捨てたものではないと思っているんですよ」

「口でそういうのは易いですが、本当にそうでしょうか?

 人間は博愛主義的なポーズを取っている時でさえ、かなり利己的な動物です。環境保護を訴えるのも、そうしなければ人間の住める環境がやがて失われてしまうから。

 逆に言えば、環境がどうなろうと生き残れるのであれば、人間は環境問題など歯牙にもかけなかったことでしょう。

 それと同じで、あなた方『機関』の現状維持という目標も、要は自分たちにとって都合が良いことが望ましいというだけの話です。物理法則が変わっても、最初からそうであったかのように科学史ごと書き換えてしまえば混乱は起こらない。

 そして、ハルヒさんを含む少なくとも四名のSOS団員が生物学的には人間である以上、少なくとも人間が存在するに適した物理法則は維持される。

 この二点がそろっていれば、十分だと思いますが?」

「確かに僕にとってはそうかもしれません。しかし、今、このSOS団に在籍している朝比奈みくるにとってはどうでしょうか?

 物理法則が変化してしまえば、時間旅行ができなくなったり、朝比奈みくるの本来住んでいた未来が破壊されてしまう可能性もある。

 少なくとも彼女が未来人であることを知っているSOS団員はそういう結果は望まないはずです」

「それも問題はないでしょう。

 ハルヒさんは、朝比奈みくるがSOS団に入ることのできる世界を維持するはずです。SOS団のマスコットが消える世界を彼女が許すわけがないことは、彼女がそんな未来を防ぐべく世界を分裂すらさせたことからも明らかでしょう。

 少なくとも私はそう考えますが?」

「確かに、彼女の改変は、成功する限りにおいてはそうなる可能性は高いでしょう。

 ただ、彼女がミスを犯した場合はどうなるでしょう?猪突猛進型の涼宮さんがもし自覚的に世界の改変を行った場合、世界をうっかり壊してしまわないとも限らない。

 しかも生物学的には人間に他ならない彼女は、その結果として最悪の代償を支払うことになるかもしれない。そうなった場合に、一体誰が世界を元に戻すのでしょうか?」

「長門有希ならできるでしょうね。そしてもし彼女の存在すら抹消された場合は、…私が何とかしましょう」

「その方が面白いから、ですか?

 ですが、あなたがこの世界に飽きたときに涼宮さんが改変に失敗したら、僕たちの世界はそのままになってしまうのではないでしょうか」

「仮に私個人が飽きたとしても、ハルヒ世界の世界線は接触した人間の頭数だけ存在します。私の記憶に基づくハルヒ世界が破壊され、更に放置されたとしても、それだけではその他多数のハルヒ世界は確実に生き残るので問題はないでしょう」

「僕たちはコピーなんですね。あなた方の実験用の。仮にあなた方が僕たちの世界を作ったのだとしたら、確かにあなた方に一定の優位性があるのかもしれません。が、あまり僕たちを、特に涼宮さんをなめないでいただきたい」

「正確には実験用コピーではありません。実験があろうとなかろうと、あなた方の世界は私達から見て魅力的だったから、無数に増殖したのです。所謂ミームなんですよ」

「だとしても、あなたは僕たちの『この』世界を実験台にしようとしている。違いますか?」

「私は自らも楽しみたくて、この世界に入っているのです。少なくとも私自身が飽きが来るまでのこの世界の安全性は、私自身が保証します。

 そして、ハルヒさんほどの能力があれば、それまでの間に失敗を繰り返しつつも、致命的失敗を回避する術をきっと学んでくれることでしょう。

 その言い方だと、あなたこそ彼女を信頼していないように思いますが?」

「そうかもしれませんね。僕は、彼女の人柄は信頼していても、彼女を自覚的な神的能力の使い手としては、まだ100%は信じ切れていません。だからこそ、僕としては、涼宮さんには今のままの愛すべき団長であって欲しい一方で、あまり神々しくなって欲しくはないのです」

「やはりその辺、あなたはまだしっかりと『機関』のメンバーですよ。ククク。ではまた、明日にでもお会いしましょう」


 いつものポーカースマイルが心持ちこわばっている古泉を尻目に、私は立ち去った。


 朝比奈みくるにはあまり興味がわかない。大人バージョンの、もう少しモノを知っている彼女なら話す価値はあるかもしれないが、少なくとも今の朝比奈みくるには、特に話すことはない。どのみちキョンや古泉、長門から必要な情報は回るだろうから、問題はなかろう。


 明日は、どこかで涼宮ハルヒ本人と二人で話したいところである。

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