3. 長門有希と彼

 どうもこの地方では「高層マンション」扱いされるらしい、そこまで高くはないマンションの708号室のインターホンを鳴らした。


「私です。約束通り、来ましたよ」

『…』


 開いたドアをくぐりながら、本当に彼女は寡黙らしいと実体験してみて改めて思いつつ、エレベーターに向かった。エレベーターは、マンションの外見と比較するとやや古びている印象を受けた。


 ドアホンを鳴らすと、やはり無言で扉を開いた。


 708号室は、音に聞きし通り、ミニマリズムを極めた比較的シンプルな部屋であった。


 その中央に置かれたちゃぶ台に、私は長門と向き合って座った。


「さて、あなたから見た私は、恐らくハルヒさんに近い何かを感じさせたのではありませんか?」

「そう。あなたの異時間同位体はある時点以前からは存在しない。つまりあなたは無から創造された情報フレア」

「そして、ハルヒさんが発信源ではないこともあなたは知っているはずですね?」

「そう。あなたの発信源はあなた自身。涼宮ハルヒではない」

「情報統合思念体としては、妥当な解釈は異世界人、というところでしょう?」

「そう。真に無からの創造ではない場合は、あなたは時空連続体集合外部より集合内部に追加された異常新規構成情報。但し真に無から創造されている場合はあなたは涼宮ハルヒと同等又はそれ以上の能力を持つ」

「とすると、涼宮ハルヒさんとキョン君の保全を任務の一つとしているあなたにとっては、私は脅威なのでしょうか?」

「あなたから涼宮ハルヒへの敵意は検出不能。むしろ好意的。故に涼宮ハルヒに関する限りにおいて、あなたの脅威は無視できるレベル。但し…」

「但し?」


 彼女は、一呼吸おいてから続けた。


「…SOS団にとっては無視できないレベル」

「では、あなたは私が文芸部とSOS団に入ることはどう思います?」

「無視できないレベルの脅威。但し問題ない」

「ほう?」

「私があなたを暴走させないから」


 彼女は、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース、すなわちロボット端末にふさわしい無表情を浮かべていた。だが、よく見ると瞳に微かに意思の光が宿っているように見えた。


「では、仮に入ることをやめにしたらどう思います?」

「……入部・入団しなかった場合よりも涼宮ハルヒ並びにSOS団にとって大きな脅威になり得る。

 文芸部入部を取りやめた場合の脅威レベルは32倍に、SOS団入部を取りやめた場合の脅威レベルは118倍に、両方への参加を取りやめた場合の脅威レベルは23095倍に増加する。故にあなたは文芸部とSOS団に共に加入することが推奨される。

 私という個体もあなたが文芸部に入ることを望んでいる」

「SOS団については、あなた自身は私に入って欲しいのかな?確率的帰結を脇に置いたとして、の話ですが」

「……涼宮ハルヒの望みがそうであるならば」


 まるで古泉のような曖昧なかわし方だと思った私は、やや苦笑気味に、私にとってのメインの案件へと話を切り替えた。


「分かりました。ところで、私にはもう一つ話したい件がありまして。

 学籍のことなのですが、朝倉涼子をカナダに飛ばしたことにしたのと逆の要領で、うまくでっち上げてくれますか?」

「了解した」

「具体的な希望としては、ハルヒさんやキョン君と同じ二年五組、席はハルヒさんの隣になるようにしていただきたいのですが」

「……了解した」

「助かります。ご存知のように、私自身で手を打つことも可能ではあるのですが、あまりやり過ぎてハルヒさんと対立したくはありませんからね」

「そう」


 話が終わった以上、更に長居する理由はなかったので、私は立ち上がった。


「では、また明日。私にはまだ会うべき人がいますので」

「そう」


 私は廊下を歩きつつ、ふと思ったことを口にしてみた。


「…ところで、私は既にあなたの観測対象に入っているのかな?」

「情報統合思念体の主流派は、涼宮ハルヒの観測と保全を最優先としている。但し涼宮ハルヒに類似した能力を有するあなたの観測も既に検討されている。

 だがその主となる端末が私になる可能性は低い。

 何故なら私は最優先観測対象たる涼宮ハルヒを最も精密に観測できる位置に存在するインターフェースだから」

「そしたら、喜緑江美里当たりが本命になるでしょうね。その結果、彼女が生徒会長と一緒に部室にやってくる頻度が高まる…なんて、露骨なことはしなくてもあなたたちなら何とでもできるのでしょうけど」

「必ずしもそうではない。情報統合思念体の能力は有限だから」

「ククク。それだけ聞ければ十分です」

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